第20話 野営そして夜番

 いやあ、ほんと良くわかんねえ世界ですわここ。


 ミー君が三半規管を癒やしたり、尻を癒やしたりしながら女神の尊厳を無事に守り抜き、なんとか今夜の野営地点に到着した我々なんですけれども。


 さあ、野営だとなりましてね? テント設営じゃーとなるわけじゃん。


 ギルドから貸して貰ったテントさあ、どんなにしょぼい奴かと思ったら、俺がよく使うドーム型テントとそう変わんないんだもん。びっくりしちゃったわ。


 設営に戸惑うかと思ったけど、実家のような安心感でちゃっちゃか設営で来ちまいましてね、商人のおっさんからも『流石冒険者、手際が良いねえ』なんて言われちまったよ。


 そんなわけで、現在キャンプ地で夕飯を食ってるわけですが……流石にこればっかりはね。


 街の食事は結構豊かだけれども、野営となればそうも行かない。

 大体の冒険者達はお約束どおり、飲み物に干し肉、それとやや硬めのパンを背嚢に入れて依頼に出かけるわけですよ。


 俺はそれが嫌なので、日帰りの依頼の時はお弁当を作っていくんですけどね、泊りがけとなるとそうはいかねえわけで。


 さらに俺達は狩りができるわけじゃあないので、現地でウサギさんを狩って食事の足しに――なんて事はできないでしょ? 


 となれば、他の冒険者に習ってお約束セットをザックに突っ込んで来るしかなかったわけですよ。


 ラノベの異世界主人公共は当然の顔をしてアイテムボックスからほっかほかの調理済みご飯を出したりしますけどね、この世界うちは貧乏ですからねえ。そんなまねは夢のまた夢。


 なのでそこらで見つけた山菜と買っておいた干し肉でそれなりのスープを作り、やや堅くなり始めたパンを浸しての憧れの冒険者飯という感じです。


「わりいな、兄ちゃん達。俺まで貰っちまってさ」

「いやいや、良いんですよ。二人だと余っちまいますからね」


 今回の依頼には少し大きめの鍋を持ってきている。何でって野営した際に朝食に食べる分まで作っておきたかったからだ。


 そうなると多少の余裕があるくらいは作れてしまうわけで、おっさんを差し置いて二人だけで暖かいスープを飲むってのも申し訳ないから飯に誘ったってわけだ。


「ほいじゃ、俺からはこれを出そう。ほれ、二人も食べな」

「わあ! ありがとう! 見てよナツくん! チーズだよ!」

「おお、ありがたい! へへ、いただきますぜ、旦那」

「ナツくん三下っぽい……」


 うっせ。だってみろよミー君、このチーズ……たき火で炙るとトロットロになるんだぜ? こいつをこうして……パンに乗せると……


「うっまあ!」

「あ! 私もやる!」

「流石冒険者だな。チーズの美味い食い方を心得てやがる」


 3人でたき火を囲み摂る夕食はなかなかに楽しくて。一応は周囲の警戒をしているフリをしながらのんびりとした時間を過ごさせて頂いた。


 そして就寝時間。


「ミー君よ。我々は一応チーズおじの護衛と言う事になっているのは覚えているね?」

「ナツくん……そのあだ名はやめてあげようよ……勿論護衛については覚えているよ」

 

「護衛と言う事は一緒に寝てはいけないという事だ」

「え、あ、そ、そっか。同じテントで二人肌を寄せ合って眠るんだ……」

「話を聞いてるのかな? 一緒に寝れねえつったろ!?」

「あれれ?」


 駄目なミー君だな。勝手に想像して勝手に顔を赤くして……辞めろ辞めろ!

 俺まで顔が熱くなる!


「あれれじゃなくて。ミー君の結界で護りは万全とはいえ、チーズおじはそんな事知らない訳じゃん。だから形だけでもミー君と俺交代で眠って見張りをしなきゃないんだよ」


「ああ、なるほどね。そう言うことか。じゃあ、どっちが先に寝る? じゃんけんで決めよっか?」


 じゃんけんか……まあ、それも悪くは無いが、順番についてはもう決めているんだ。


「いや、ミー君が先に寝るんだ」

「え? いいの? 私が先で。なんだか悪いなあ」


「いや、正直に言うと実は先に寝る方が辛いんだよ。ミー君はさ、寝てる途中で起こされて朝まで起きてなきゃ良いのと、寝るのが遅くなるけど朝までぐっすり。どっちがいい?」

「ううん……朝までぐっすりがいい……あ! ナツくんずるいよ! じゃんけんにしようよ!」


 まあ、そうなるわな。だがなミー君。こればっかりは譲れねーんだ。


「俺だってさ、ミー君にたっぷりと眠って貰いたいよ。けどさミー君。俺が先に寝たとしよう。ミー君は俺を起こせるかい?」

「何言ってるの。簡単だよ。ナツくーん交代だよーって起こせば良いじゃん」


「俺は思うんだ。俺が眠って暫く経った後、一人になったミー君がどうなるか……きっと暖かな焚き火にやられて穏やかに寝落ちしてしまうと思うんだよ……」

「……否定できない」


 正直な話、ミー君を後半担当にするのも不安と言えば不安なのだが、夜更かしさせるより早寝をさせて早起きをさせた方が寝落ちの心配が減ると踏んだのだ。


 というわけでミー君にはとっとと眠って貰い、俺はのんびり焚き火の前で見張り番だ。


 つっても形だけのもんだからのんきな物で。


 現在の時刻は20時を少し回ったところ。朝6時には起きて支度をすることを考えれば、1時頃にミー君を起こして交代することになる。


 ミー君は『こんなに早い時間から寝れないよう』とぼやいていたが、テントに入って間もなくスウスウと寝息が聞こえてきたのだから笑える。


 パチパチと爆ぜる焚き火。それをのんびりと見つめる旅の夜……とてもロマンが有るが、そんなの直ぐに飽きてしまうわけで。


「あぶねえ……ミー君を先に寝かせてよかったな。地味に疲れてるせいか寝落ちしかけたぞ……」


 退屈だと眠くなるわけで。

 なんだかせっかくの夜にアレだなあとは思うけれど、背に腹は代えられない。

 釣りキャンの時と同様にスマホを取り出し、読書タイムと行こうじゃないか。


 ……

 …


 うっかりスマホに突っ込んでおいたラノベに手を付けたらあっという間に交代の時間になってしまった。おかしいな……もっとこう、星空を眺めながらコーヒー飲んだりしようと思ったのに。


 ペラりとテントをめくってみれば、幸せそうな顔をしてミー君が寝入っていた。

 腹を出して寝る愛猫を思い出し、なんだか起こすのが気の毒に思えてくるが、俺だって寝なけりゃ明日持たねえからな。


 心を鬼にして起こすこととする。


「ミー君。これ、ミー君。聞こえますか、ミー君。貴方に声で話しかけていますよ」

「ううん……お漬物は取り放題って嘘じゃ無いかあ……ナツくんのばかあ……危うく警察沙汰だよお……」


 こいつはどんな夢を見てるんだ? 


「ほれほれ。良いから起きなよミー君。交代の時間だよ」


 ゆさゆさと揺らし続けること5分。ようやくミー君が起きてくれた。

 何やらまだ寝ぼけ眼でむにゃむにゃとしていたが、無理やり寝袋から引きずり出したところ、ようやく目が覚めたのかゆっくりと起き上がった。


「どうしてこんな酷いことするの……?」


 あれ、まだ寝ぼけてんのかこいつ。

 トロンとした顔で怠げに抗議をしてやがる。


「どうしてって、交代で見張りするって言っただろ……。こっから先はミー君の番だよ。ほらほら、6時まできっちり見張りをしな。俺のスマホ貸してやっからさ」

「あ、そうだった……って、スマホ貸してくれるの!? やったー」


 現金な奴だ。少し嫌そうな顔をしていたくせに、スマホを貸すと言った途端これだ。昼に読んでたラノベの続きが気になるとかで意気揚々と、焚き火の方に歩いて行ったぞ。


 まあ……ただ焚き火の前でスマホ弄ってりゃいいだけの簡単なお仕事だからな……。ミー君でも大丈夫だろ……多分。


 それでは……おやすみーだ。


 ……

 …


 パチっと目が覚めた。


 周囲はまだ薄暗く、しんっと静まり返っていることから予定より早く目が覚めたことを察した。


 護衛対象のチーおじより先に起きるのは悪いことじゃあ無いから別に良いけど、なんだか少し損した気分だわ。


 寝袋から這い出ると、初夏とは言え若干肌寒い。嫌でも頭がシャッキリするなこれ。


「ふああ……おはよう、ミー君。一応聞くが何事も無かった……かい、って」


 頭をかきながら焚き火の前に行くと、スマホを片手に寝落ちしているミー君の姿が!


 スマホを取り戻し、何を見てたのだと開いてみれば……ああ、なるほど……ラノベがちょっと話が難しい貴族共の会話シーンになって……ミー君の頭ではついて行けずに眠くなってしまったのか……なんてこった。


 焚き火の前で寝落ちしている見張り。


 こんな所をチーおじに見られるとちょっと不味い。


「ほら、ミー君。朝だよ、おきな」

「ううん……ええ? すき焼き丼は終わりぃ? しょんなあ……」


 なんでこいつはいちいち夢の中で牛丼屋に居るんだよ。


「ミー君……起きろ。朝だぞ。飯の支度するから起きて手伝って……ほら」

「うう……ご飯……?」


 もう少しで起きそうだぞと、焚き火に鍋をかけスープを温める。間もなく胃袋をくすぐる香りが周囲に漂いはじめると、思った通りミー君はパチリと目を開いた。


「あれ、朝だ。おかしいな……さっきまで暗かったのに……」

「おかしいのはミー君だけどな。まあいいや、おはようミー君」


「うん、おはようナツくん。良い朝だね!」

「そりゃミー君はたっぷり寝ただろうからな!」


 やがてチーおじも目を覚まし、挨拶もそこそこに朝食の時間となった。

 今日はこのままガムリ村まで向かうとのことで、着くのは夕方くらいだろうと言う。


 村に寄るって言うんなら、流石にそこで泊まりたいなあとぼんやり考えていると、それを察したのか、チーおじからも折角だから1泊してから湖に行くと良いと勧められた。


 小さな村で、宿屋はないけれど、二人で大銅貨4枚も払えば誰かの家に泊めて貰える筈だと言う。


 チーおじは村長の家に泊まりながら一週間ほど村で商売をし、依頼を終えた俺達と共にメルフまで戻ることになっている。


 護衛依頼は往復分なので、メルフに戻ってからようやくチーおじの分の依頼も達成という事になる。


 馬車に乗せて貰う代金代わりに受けた依頼だとばかり思っていたが、これはこれで一応往復分で銀貨2枚の報酬が発生するらしい。


『相場より安い報酬でわりい』なんて、チーおじから謝られたが、お金を貰って乗せて貰ってるような物なのだから文句はないし、むしろありがたい話だよ。


 さあ、あと数時間……馬車の旅を楽しむとしますかね。

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