第19話 尻が

「痛い痛い! ナツくんたすけて! お尻が割れちゃう!」

「尻なんて元々割れてるだろ……」

「見たの!? ナナナ、ナツくんのえっち!」

「何言ってんだ!?」

 

 まあわかる。尻がね、痛いもんね。


 現在我々はガタゴトガタゴトと馬車に揺られ、マヌル湖最寄りのガムリ村に向かっているわけだが……いやあ、揺れますね! 馬車。


 めっちゃ揺れるし、シートかてえっつうか、ただの板だし! 荷台だからね! クッションなんて気が利いた物はありませんからね! 


 ノーガードでお尻滅多打ちですわ。


「ねえねえ、ナツくん。寝袋をさ、お尻に敷いたらいいんじゃない?」

「だめだ。私物だったらとっくにそうしてたが、流石に借り物にそんな真似はいけません!」

「そんなー」


「ははは。あんたら馬車慣れしてねえんだな。いやまあ、慣れたところで痛えのには代わりはねえんだけどな」


 御者のおっさん……もとい、護衛対象である商人のおっさんが笑いながらどうでも良いことを言う。


 慣れたら馬車はそう言うものだと割り切って文句を言わなくなるとかそう言うことなんだろうけど……これに慣れたくねえな。


 今後、あちこち馬車で出かける機会もあるだろうし、尻を守る物を何か考えないといけないなあ。


 そうやって尻を痛めながら1時間が経過した。


 最初のうちは冒険者らしく、一応は周囲を警戒して魔物なり野党なり現れないか目を光らせていたんだが、考えてみればミー君が結界を張ってるのだからいらん努力でありました。


 そんなわけで今はただただ暇な車内ニートと化しているわたくしナツくんです! ……一応は護衛として乗り込んでいる訳なので、フリだけはしてますがね。


 そして俺以上に暇を持て余すミー君がここに一人。


 暇だよ暇だよと、余りにもうるさいので、俺のスマホを貸して中に入れてた漫画を読ませてやることにした。


 釣りキャンの寝付けない夜のために、yamazonでがっつり電子書籍を買って入れてあるからな。そのための大容量ストレージ512GB! そのためのクソデカ端末! 


 クソ高かったこのスマホは普段は使いにくくて仕方が無いが、読書や動画視

聴、マップなんかでは大いに便利なんだぜ……今は読書くらいにしか使えねーけど!


「あーいいなあ。ナツくんのこれ一番高い奴じゃん。ねね、私のと交換しない?」

「だめだ! ミー君のは2年落ちくらいのモデルじゃねえかよ」

「ケチー!」


 つうか、神様仕様に魔改造されてそうなスマホとか恐ろしくて手にしたくねえっつうの。うっかり落としたら神の力か何かで地面砕いたりしそうだしさ……いや流石に無いか。


 ミー君はどうやら冒険者達がダンジョンで飯を食う漫画を読み始めたようで、時折『ねえね、この間食べたオーク美味しかったよね。今度はもっと変わった魔物食べてみようね。スライムゼリーとか美味しいかも!』なんて恐ろしい話題を振ってくる。


 この世界のオークはイノシシが立って歩いているような豚さんタイプのオークだから肉は食用として重宝されている。


 が、スライム食いたいってよく言えるよな。この間知らずに戦ったヴェノムスライムの事、覚えてないのだろうか? あのくっさいくっさいスライムをさあ。

 

 ……まあ、ミー君だからな……忘れてても驚かないが。


 それに最近知ったが、この世界のトイレにはスライムが棲んでいるらしい。なんだっけ、クリーナーとか呼ばれて敵性スライムと区別されてるらしいが。


 俺の中でスライムと言えばヘドロの王様的なあいつと、トイレの清掃員的なクリーナーなんだよな。そんなもん食べようと言われても答えは断じてノゥだ

ぜ!


 そしてスマホを貸してからもう直ぐ1時間が経とうとする頃、突如ミー君が

ゆるゆると顔を上げた。


 その顔色は真っ青で、酷く沈痛な表情を浮かべている。まさか女神パワー的な何かでこの先襲い来るやっばいやっばい危機を感じ取ってしまったのだろうか?


 野党が300人くらい群れをなしてやってくるとか……ミー君の結界でも護りきれないブラックドラゴンとかキングキメラアントとかそういうのが飛んでくるとかさ。

 

「ナツくん……」

「どうしたミー君。敵か!?」

「ううん……あの……ね……ぎぼぢばるい……」


 ……どうやらずっと下を見て漫画を読んでいたミー君は馬車に酔い、マーライオンにジョブチェンジしかけているようだ。


「おいおい……マジか。大丈夫か? 耐えられそうか?」

「うー……いつでもいけるよ、なつくん……」


 いけちゃダメだよ! ミー君! 顔色は青を通り越して白くなりかけている。このままでは荷台に煌めく虹が作られてしまう! 


 その時! 我々の元に救世主が!


「ああ、なんだい。酔っちまったのか? あと少しだけ我慢してくれ。丁度もう直ぐ休憩所に着くかんな」


 御者のおっさん! ありがとう! その言葉にどれほどミー君が勇気付けられることか!


「聞いたかミー君。もう少しの我慢だ。守りたいんだろ!? 尊厳……って奴をさ!」

「う、うん……なつくん……うっぷ……が、がんばる……よほっ!? ……ふう…ふう……」


 いけるのかいけないのか怪しいが、ギリギリの所でこらえてるらしいのはうかがえた。


 ザックの中にビニール袋が入っているので、いざって時はそれを出すのもやぶさかでは無いが……この世界では貴重な物だからな。

 申し訳ないが、なるべくならこういう事で消費したくはないんだよ……がんばってくれミー君! 


 そしておっさんが言うとおり、10分ほど馬車が走ったところで視界が開け、休憩所とやらが姿を現した。


 森の中を通る街道沿いにぽっかりと空いた広場。

 そこには何台か馬車が止まっていて、馬に水を飲ませたり、軽い食事を摂ったりと人々が思い思いに休憩を取っていた。


「うう……なんとか間に合った……よ……」


 フラフラと馬車から降り、地面にへたり込むミー君。

 大丈夫だろうかと少々心配したが、30秒もしないうちにスクッと立ち上がる。


「ううん! やっぱ地面は良いね、ナツくん。降りたら一発で直ったよ!」

「ああ、そう……」


 居るんだよなあ。

 車によって『もうダメだ……』なんて死にそうな顔をしてるっつーのに、じゃあって事で車を止めて下ろしてやると直ぐに元気になる奴。


 まあ、別にいいけどね。こんな人が多いところで虹を作られても困るしさ。


 そして30分ほど休憩を取った後は次の休憩所まで再び馬車の旅が始まったわけですが、流石に今度は懲りて漫画を読まないだろうと思ったら、こいつよりによってラノベを読み始めたようでしてね。


「ねえねえ、ナツくん。リソースがたまったらさ、喋ったり女の子になったりする大きな鳥さん作って良い?」


 なんて聞いてくる。活字は酔いやすいよ? 大丈夫? せめてコミカライズ版を読んだほうがいいんじゃないの? なんて思いつつも、その都度適当に相づちを返していると……。


「なつくん……」

「ミー知ってるか? ラノベは漫画より酔う」

「うう……それ……先に言ってよぉ……」


 馬車が走り始めてからまだ30分程度しか経っていない。

 おっさんが言うには、今日のキャンプ地までは後5時間。


 馬のために途中で何度か小休憩をするらしいが、次の小休止ポイントに着くのは1時間以上経ってから。


 おいおい死んだわミー君。


 こうなったら仕方ねえ……。秘蔵のあれをだしてやるか。


「これを渡しておこう。苦痛に耐えられぬ時使うが良い」

「うう……ありがとう……あああ、きたろう袋……うう、これはこれで尊厳が

……」

「なんでその呼び方知ってんだよ……」


 とは言え、背に腹は代えられなかったようで、ビニール袋をぎゅっと握りしめ、顔を蒼くしたり白くしたりしながらうんうんと唸っていたミー君。


 時折袋に口を近づけては戻し、また近づけるという事を繰り返している辺り、彼女なりに葛藤を繰り返しているのだろう。


 しかし、それも時間の問題だ、間もなく聞きたくは無い効果音が耳に飛び込むことだろうと、俺も覚悟を決めていたのだが……。


 ある瞬間、ミー君の顔色がスッと良くなり、失われていた瞳のハイライトを取り戻し……目をまん丸くして面白いことを言いやがった。


「あはは……まじかー」

「……? どうした? 三半規管がやられすぎて脳も逝ったのか?」

「ち、ちがうよ! ちょ、ちょっと耳貸して!」

「耳にもどされたら嫌だからダメ」

「もどさないよ!」


 内緒話をしたいのはわかるが、揺れる車内でそんな真似したら頭ががっつんごっつんぶつかるってわからないのかね? 全く。

 

 内緒話ならアレを使えば良いだろ? と、思ったところでそれがほんのりと伝わったのか頭に声が響いた。

 

『……ってこうすれば良いんでした』

『そうだな。で、一体どうした? も、もしかしてまさかのお漏らしか…

…?』

『ナツくん! 馬鹿! っていうか馬鹿!』

『ごめんて! 痛えから叩くな! で……どうしたんだ?』

『あのねあのね! 実はずっとお口の中を浄化してたんだけどね!』

『……理由は聞かんが……うん』

『ちっちゃいのがね、たまに喉まで上ってくるからそれを……』

『聞かないっていったよね!?』

『えへへ……それで、もうずっと死ぬ気で浄化を使ってたら……神聖術がレベ

ルアップしたのかな? 派生の回復術がアンロックされたみたいで!』


「へぁ?」

「わ! びっくりした! いきなり変な声出さないでよ!」

「あ……悪い悪い」


 びっくりした。神聖術……現状ミー君しか使えないアレがレベルアップしただって?


 スキルの概念はまだ無いからギフト扱いで良いのかな……? レベルアップするもんなのこれ。


『でね、今までロックされて使えなくなっていた回復術が全部解放されたのがわかったからさ、藁にも縋る思いで【パナシー】状態異常回復を使ってみたら……効いたんだよこれが。ふふ、これで漫画もラノベも読み放題だね!』


『……なんだか……まあ、良かったな。今後も何かと役に立ちそうだし』

『うん!』


 ……こういうのはこう、もっと……ねえ? 


 例えば俺がギャラクシィベアとかそういう恐ろしげな奴にざっくりやられてさ、息も絶え絶えでああもうあかんわ、ってなった時にさ、

『ナツくんっ! ナツくんは私が、私が死なせないー!』

 とか言ってさ? こう、ドラマチックに目覚めるような感じじゃ無いの?


 いやまあ、回復術とは別枠の何かで死んでもリスポンさせて貰えるらしいから、そんな展開にならないのはわかってんだけども……。


 まあ……例え蘇生してもらえるとは言え、死ぬのは嫌だからな。

 ミー君がヒーラーとして覚醒したのは素直に喜んでおこうじゃないか。

 ……色々複雑だがね。

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