第18話 依頼はいつも都合良くやってくる
装備品購入まであっという間だぜ! 等と言ったな? ありゃ嘘だ。いや、無理でした! イキりましたすいません!
いやあ、鑑定ほんとマジでしんどいっすわ。もう嫌っすわ。
似たような草をいちいち一つ一つ凝視しながら採取するんだぞ。しんどくないわけがないよね。そんなの1日目にわかってたことだよね。
それでも以前よりは収入が増えたんですよ。じゃあ貯金がガンガン増えて装備なんてあっという間に買えるじゃんって思うじゃん? 思うじゃん?
それがさあ、そうでもないんだなこれが。その理由は我々の1日を見ればなんとなく察して貰えることだろう。
朝5時半頃、俺起床。適当に朝食とお弁当を作る。
寝室にご飯の香りが届く頃、ミー君がだらだらと起きてくるのでもったりと朝食。
それでもなんとか7時頃にはギルドに到着。
わやわやと集まる冒険者達の波に揉まれつつ、何時ものように薬草採取の依頼を剥ぎ取り、1時間ほど歩いていつもの森へ。
お昼くらいまで適当に頑張り、俺が作ったお弁当を食べて1時間ほど休憩。
休憩後は2時間ほどまた採取を頑張り、30分ほど選別作業をした後、また1時間かけて街に戻る。
ギルドに納品し、お金を貰ったら食事の買い出しをしてお家へ。
交代でお風呂につかり、疲れを癒やした後はもうすっげ疲れて何もしたく無い感じになるので、夕食など作る気力がある筈も無く。
仕方なく外食に向かう。
ギルドの酒場か、混んでたら適当な酒場に入ってミー君と共にだらだらと飲みながら夕食。
ってな感じなんだけど、どうですか? 何が悪いかわかりますか? 俺はわかるんだけどミー君にはわかんねえらしいんですわ。
『ねえね、どうしてお金が貯まるペースが遅いのかな? これだけ稼いでいるのにさ』
なんて真面目な顔で聞いてくるんだぜ? それ聞いたときは流石に唖然としたね。
でまあ、何が悪いって、夕食を家で食わず、毎日毎日お外に飲みに出ちゃうのが悪いんだよな。ミー君も俺も酒に弱くは無いからさ、結構飲んじゃうんだよね。
宿代という枷から解き放たれた我々は自重という大切な事を忘れてしまった。
ビールは一人5杯は行っちゃうし、料理もお高めのリブッカステーキやらヒッグホッグバーグやら行っちゃうわけ。するとどうだ二人で大銅貨3枚は軽くいっちゃうわけよ。
これって結局一人分の宿賃相当じゃん? 良心的なギルドの酒場でこれなんだぜ。もっと良いお店で飲み食いしたら一体どうなっちまうんだ。
自炊に使う食費が平均すると1日大銅貨1枚。朝とお弁当の分だけだから安いもんだ。そんで
依頼で稼げるのが大体大銅貨5枚から8枚程度だ。差し引きすれば、まあなんとか黒字なんだけどさ……装備品って高いのよね。
しょぼいショートソードでも銀貨8枚くらい。皮の胸当てが銀貨7枚くらい。鎖帷子なんて大銀貨6枚もするんだぞ。
リャンリャン草1束で大銅貨2枚じゃん。ショートソードを買おうとすれば、大銅貨換算で80枚。1日の貯金が平均すると大銅貨2枚くらいだろ? ショートソードを手に入れようとすれば、毎日薬草採取をコツコツ頑張って40日かかる計算だ。
で、当然防具だって買う必要があるじゃん。皮の胸当て二人分が大銅貨換算で140枚じゃん。武器と併せて220枚。
なんてこった! 順調に稼いで4ヶ月近くもかかっちまう!
我々、これから4ヶ月間ずっと採取依頼生活ッ!
そんなの辛すぎるだろ? それで何とかしようと思ったんだけど、節約するためには夕食も家で食べなければいけない。
何故か? 何故そこまで外食を避けねばならぬのか?
それは我々が飲兵衛だからである!
この街にはさあ、食堂ってものはないんだよ。
外食しようと思ったらさ、日本で言うところの居酒屋に大人も子供も行って飯を食う感じになるんだ。
でさあ、そんな店には美味しいビールがあるだろう?
今日は自重しようと思ってもさ、取り敢えずビールを頼んじゃうじゃん。
1杯ビールを飲んじまったらもう止まらねえ。
キィンと冷えたビールが喉を降りた瞬間、俺の頭から『節約』の文字がデリートされちまうんだ。
本来ならば、ミー君のストッパーにならねばいけない俺も一緒になってホイホイとおかわりを頼んでしまう。
そんでもってアルコールで気分が良くなりゃ……
そんな生活を続けていたら、貯まる金も貯まらねえ! というわけで、おうちで食べるようにしてそれを避けよう、そう考えたんだ。
が、そう上手くはいかねえんだな。
疲れすぎて夕食を作る気力が出ねえんだよ……。
俺は毎日、朝食とお弁当の支度のためにミー君よりも早く起きている。
そんでもって、依頼では採集活動で体を動かす他に、鑑定で目と頭をフル動員してるわけ。
そりゃ夕方にはヘロヘロにならねーわけねーよな。
こんな俺に対してミー君は夕方も妙に元気なんだ。
納品して風呂から上がったらもう、ニッコニコの笑顔で『今日は何食べようか』と楽しそうにしているんだ。
そんなに元気ならミー君が飯を作ればいいじゃないか、そう思うだろうな。
けどな、あいつは飯を作れないんだ。
メシマズとかそう言うレベルじゃ無くて、包丁を握ったことすら無い、いや……つまみ食い以外で鍋に触ったことがないレベルのお話だ。
ならば調理を教えてやれば良いと思うかも知れないが……、依頼で日銭を稼ぐ必要がある我々にはそんな暇はないのだ。
そんなわけで俺は疲労、ミー君は未経験っつう理由から……現状夕食は仕方なく外食にしているわけで……。
つっても、自炊して節約できるようにしてもやっぱりこのままじゃきっついよなあ。多分1日の貯金額が大銅貨2枚から5枚に増えるとかそんなレベルだと思う。
4ヶ月が2ヶ月になるだけ……。
駄目だ駄目だ! 一度こう、ぱあっと稼いで装備を充実させてさっさと上の段階に行かないとダメだ。
このままだと冒険者じゃ無く、薬草採取屋さんになってしまうわ。
とは言え、我々には現状薬草採取をすることしか出来ない。割の良い雑用でもありゃそっちやってもいいんだけどなあ……はあ、ため息しか出ねえ。
「こんにちはナツくん、ミューラさん。なんだかお疲れのようですね?」
依頼ボードにとぼとぼと向かう途中、声をかけられた。誰かってそりゃああれだ。こんなタイミングで、妙に嬉しそうな声で話しかけてくるのはマミさんしかいねえ。
「まあ、疲れていると言えばそうですね。家を貰ったおかげでなんとか生活はできているんですけどね? 装備を調える金がなかなか貯まらないもんで、まだまだ薬草屋さんを卒業出来そうに無いんですわ」
「掃除屋のお二人のおかげでリャンリャン草の納品が増えて喜んでいる人がたくさん居ますからねー。掃除屋の活躍は皆さん認めてますよ」
「そこを認められても……掃除屋とか薬草屋とか……俺達冒険者なんだけどなあ」
疲れた顔でぼやくと、マミさんが待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべる。来たよ。何時ものアレだ。クエスト発生イベントの顔だぜ。
「そんな貴方たちに良い依頼があります」
「……一応聞いておこうかな」
「これは良い目を持っているナツくんとミューラさん向けなんですけど、特殊な薬草の採取をですね……」
「あ、じゃあ俺達依頼があるので、また後でー」
「話は最後まで聞いて下さい。ね?」
いっでえ!?
思わず帰ろうとしたら肩をがっつり掴まれてしまった。
……何このウサギさん。めっちゃ力強いんですけど?
「こほん。採取場所はこの街から北にある『マヌル湖』そこに生えている水草『キイロゼリ』をなるべくたくさん、最低でも20束の納品というのが今回の依頼です」
「20束て。めちゃくちゃ多いですね。水草でしょう? それの品質が落ちないうちに20束集めるのって結構大変そうじゃないっすか……」
「その点については大丈夫です。キイロゼリは乾燥させた物の納品になりますので、採取後現地で乾燥して頂く事になるんですが、品質に関しては乾燥させれば落ちなくなりますので大丈夫です。
それと、キイロゼリ自体元々大きな植物ではないのもあって、乾燥させると手のひらの半分くらいまで縮むので、たいした荷物になりませんよ」
「へえ、それならなんとかなるかな……」
「乾燥の手間もありますので、20束の納品で大銀貨3枚。1束増えるごとに銀貨1枚を追加させて頂きます」
「「おほー!」」
「ねね、ナツくん! これはやるしか無いよ。稼ぎイベントだよこれは!」
「ウム! 薬草取るだけでこれは破格だ! 大銀貨だぞ、大銀貨! 100日分の稼ぎだ!」
やばいなこれは。今になってミー君のLUKが生きてきたんじゃ無いの? このタイミングでこの依頼。装備を調えろと言わんばかりじゃ無いか。
「ただ……その、現地まで馬車で二日かかりますし、採取や乾燥で日数がかかりますので、道中や現地で野営して頂く感じになるのですが、道具はお持ちですか?」
道具……ああ、キャンプ道具か。惜しかったな。車毎召喚されてたら中に積んでたテントやシュラフも持ち込めてたんだが、今あるのはコッヘルや調味料、ナイフなんかの小物だけだわ。
でも、異世界的に野営と言えばたき火を囲んで寝る感じなんだろ? じゃあ今の装備で十分かな?
「はい。この鞄に鍋や調味料なんかが入ってますよ」
「ええと、鍋はいいんですが、テントや寝袋等、野営道具はありますか?」
「え、あ、ないです」
テントあるの!? 寝袋も? そんな便利な物があって良いの? つうか、そういうのがある世界で地べたで寝てたらおかしな人だよね? うっわ、どうしよ。美味しい依頼なのに受けにくくなってしまった。
「でしたらば、ギルドから貸与させて頂きます。3人用テント1つと、寝袋を二つ。
馬車に関してはマヌル湖付近のガムリ村までの護衛として無料で乗り込めるよう手配しておきますので、お金の心配は要りません」
「何から何までありがとうございます。しかし、護衛と言われても我々に戦闘力は期待できませんよ」
「え? ああ……、なるほど……そう言えば武器が無いので戦えないと言ってましたね。それでも冒険者が同行していると言うだけで違いますので大丈夫ですよ」
違うって何が違うんだ? 襲われにくくなるとかってお話かな? 俺が言いたいのは襲われてもなんも出来ないよって話なんだけどな……まあミー君が居るからその心配は無いだろうけどさ。
まあ、いいさ。報酬は美味いし、何より湖での依頼だ。受けないわけには行かないよな。
だって湖っていったらアレだよ。釣りだよ釣り! そもそも俺は釣りにでかけるところをさらわれたんだぞ! この近所に良い釣り場は無かったし、ようやく釣りが出来るってもんよ。
そんなわけで、我々は依頼でマヌル湖に向かうこととなった。帰りの馬車の都合で現地に一週間滞在することになるらしいが、むしろありがたい話だ。
休暇に湖に遊びに行くくらいのノリでのんびり働いてこよう。
◆◇マミ◇◆
「どうだ? 彼らは受託したか?」
「はい、ティールさん。以外とあっさり受託して貰えました」
今回の依頼は彼らのために特別に用意したものだ。
一応は薬師ギルドからの依頼という事になっているが、これはわざわざ私が薬師ギルドに行き、高い報酬を払ってまで欲しい薬草は無いかと無理に出して貰った依頼。
勿論、報酬が良いだけ合ってなかなか難易度が高い依頼。
キイロゼリは良く似たキイロイナと見分けるのが非常に難しい。
わざわざ時間をかけてマヌル湖まで行って不確実な仕事をしたがる冒険者はまず居ないため、キイロゼリの採取依頼は多くの場合塩漬けされてしまう。
このため、最近では薬師ギルドも依頼を出すのを諦め、渋々ながら無理に時間を作って誰かしら採取に送り出しているらしい。
そういう経緯があるため、私が薬師ギルドに行き『高額の報酬を払ってまで欲しい薬草はないか』と尋ねた際、多くの薬師達から『キイロゼリ』の名が上がり、満場一致でその依頼が出されたのだが……。
「わざわざ来てくれたってことは、確実に受けてもらえるんだろうけれど、大丈夫かい? キイロゼリは我々でも6割がいいとこだよ?」
と、暗に『20束も揃えられないのでは』と心配されてしまったが、そこは笑顔で『お任せ下さい』と返しておいた。
我ながら何と無責任な事を言ってしまったかなと思ったが、リャンリャン草を確実に採取する彼らなら達成できることは間違いないだろう。
マヌル湖までは結構距離があるため流石に徒歩で向かわせるわけには行かない。
なので丁度あった護衛依頼とセットにしたけれど、武器が無いのにいいのか? なんて……確かにその武器を買うためにせっせと依頼を受けているらしいのは知っている。
けれど、本当はこの辺の魔物相手に武器なんて必要が無いほど強いのでしょう? これまでの彼らを顧みると、この街に彼ら以上に強い冒険者はいないように思える。
しかし、彼らは武器が無いのを理由に討伐依頼を受けようとはしない。
明らかにゴールドランクに軽く上がれる力を持ちながら、装備を買えないと言う理由で討伐依頼を受けず、カッパーランクのまま薬草採取をしているだけというのは見ているこちらがモヤモヤする。
ティールさんもそれは同意見で、今回の依頼を斡旋することになったのだ。
頼みますよナツくん、ミューラさん。我々のモヤモヤ……早く解消して下さいね!
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