第16話 知らぬ所でひっそりと
◆◇????◇◆
もう直ぐだ。もう直ぐアレが目覚める頃だ。
我がこの世界を支配する第一歩としては小さい街だが、贅沢は言えないな。
街の連中に感づかれなかったのは僥倖だった。まさかこの我が不死の身体となり、この場で邪術の研究をしていたとは気づくまいよ。
我はあの日確かに生を終え、埋葬されたのだからな。
我が身に燻る命の火が残り僅かであることはわかっていた。だから悔しかった。渇望する知識欲をまだ満たし切れていない。まだまだ識りたいことが、試したいことが海の水ほどにもあるというのに。
日々弱りゆく我が身。脆く簡単に弱ってしまう人の身体を呪ったものだ。
しかし、そうやって日々、我が身を、そしてこのような理を作った世界を呪っていたのが良かったのだろうな。
あの日、我はまるで眠りから覚醒するかのように蘇生した……いや、生きているとは言えぬか、この身体では。
最早我は人では無い。アンデッド……魔物になってしまった。
人で送る人生に未練が無いわけではないが、寿命で死ぬことは無く研究を続けられるこの身体。そして、人の身であった頃では考えられない程に身体から溢れ出る膨大な魔力。
代わりに人として大切な気持ちを無くしてしまったような気もするが、最早其れはどうでも良い。今はただひたすらに知を追求し、知識の泉にこの乾いた身体を沈めていたい。
アンデッドになったおかげで人間を同胞として考えられなくなった。それがきっと我が身から失われた『何か』なのかもしれないが、今の私にとってありがたい話だ。
生前であれば気が咎めて出来なかった実験が今では何の気兼ねも無く実行できるのだからな。
生前は流石に手を出せなかった邪術の研究を始め、その手始めに我が家にレイスを召喚し、家の守りとした。
ギルドの連中め、我が地中で眠っている間に我の大事なコレクションをそっくり回収しよったからな、腹立たしい。
幸い地下の研究室には気づかなかったようだが……あの仕掛け、棚に魔力を流すという仕掛けは見抜けなかったようだな。
しかし、守りとしてレイスを召喚したのは早まったかも知れないな。ギルドの連中め、レイスを討伐させようと冒険者をしばしば寄越しよって。騒がしくて仕方がないわ。
奴らとて知らないわけではあるまいよ。アンデッドであるレイスを真に滅ぼせる攻撃方法はあるにはあるが、こんな田舎町で、しかもレイス如きに使うのが現実的ではないことを。
かつて、古の時代にはセーショクシャと言う職業があり、アンデッドを斃す魔術を使えたという話だが、現代ではその詳しい情報は全て失われている。
現代人がレイスに出来ることと言えば、光で追い払うことくらいのものだ。しかし、いくら追い払ったところで我はいくつでもこの場に再召喚することが出来る。
何度でも、何度でもな。
しかし、楽しみでならない。忌々しきリヒト・ノートルマン……! 彼奴め、我のシュリをかすめ取っただけに飽き足らず、精霊術士として成功しよってからに。
我とて後少しであったのに。あの日……あの魔術実験に失敗してさえ居なければ……あそこで命を散らしていなければ……。
まあ、過去の話はいい。どうせ奴ももう終わりだ。
まさかよかれと思って作った精霊の池が仇なすことになるとは思うまい。ヴェノムスライムを奴の池に召喚してやった。
リヒト・ノートルマンの事だ。直ぐに気づいたに違いない。クク……見つけた時に一体どんな顔をしたのだろうな。
召喚場所に奴の家を指定する術式に少々手間取ったが、今の我には屁でも無い。
彼の池で魔力を蓄えたヴェノムスライムに手を出せる冒険者はこの街にはいないはずだ。あと何日かしたら眠りから目覚め、蓄えた力で街を蹂躙することであろう。
ククク……リヒト・ノートルマンの沈痛な顔が目に浮かぶようだ。
だが、安心しろ、リヒトよ。シュリだけは傷付けないよう、枷はつけておく。安心して何もわからないまま無残に飲み込まれて逝くが……む? なんだ?
何か上が騒がしいな? また冒険者共が派遣されてきたのか? 暫く来ていなかったから静かで良かったのに……
……あれれ? なんだろうなこの感覚。我、アンデッド的に凄く嫌な感じがする。
ていうか、その、なんだこれ。壁が光ってないか? なんだこの光は。我に覚えは……あっつ! なな、なんだこの光。触るとめっちゃ熱い! うっわー、左手の先消えてるし……なにこれ? アンデッド的に触っちゃいけない光なの?
やばいなこれ。
我、しばらくの間椅子の上で小さくなってよ。ここならあの光もとどかな……あっづう!
ええ……? 何この光。どんどん迫ってくるんですけど……あれれ? もしかしてこれ、我かなり不味い状況?
……ああ、これ、あれだわ! 間違いない! とうとう術を蘇らせた者が現れたのか! 凄いぞ! これこそは正にセーショクシャが使うジョウカとかいうアンデッド殺しのまじゅ……
……
◇◆ナツ◆◇
「……というわけで、こちら、リッチの魔石なのですが……」
「ねえねえ、ナツくん。リッチな魔石だって! やっぱゴージャスな石だったね!」
「馬鹿だなミー君は。そうじゃなくて、骸骨の魔物的なアレの名前だよ!」
疲れたような、それでいてやっぱりなというような妙に納得した顔をして俺たちを迎えに来たマミさんに連れられ、この間と同じく上の部屋でお話をしているわけなのだが、なんと例の宝石はリッチの魔石だという。
……おかしいな? 俺たちはお掃除にいったのであって、魔物の討伐をした覚えは無いのに。多分前の家主が研究用に持ってた奴なんだろうな……やっべえ、これは回収される流れなのでは。
「ええと、あのお家、何か妙な事はありませんでしたか?」
「妙な事……? いえ、特には。なあ、ミー君」
「うーん? 強いて言えば室内が暗いなーって思ったけど、掃除したら明るくなったよね」
「……なるほど。掃除ですか。であれば、このリッチも掃除の成果と言うわけですね?」
リッチの魔石を見つけた切っ掛けは……まあ、掃除した家を暇つぶしにうろちょろして見つけたわけだから、掃除の成果といえばそうなのかな? じゃなかったら隠し部屋に気づけなかったしな。
「まあ、そうですかね? 掃除をしたおかげで隠し部屋を見つけられましたし、その魔石もそこで手に入れた物ですから……ね……」
忘れてましたと隠し部屋について説明をすると、マミさんは驚き、苦笑いをし、ため息をつくと大忙しだ。
「なるほど……研究室にそのリッチは居たわけですか」
「居たっていうか……まあ、魔石がゴロッとあったくらいの話なんですけどね」
「うんうん。お掃除のついでに拾えてラッキーみたいな……あ! その、魔石はその……私たちが貰っても……?」
やるなミー君。凄まじく妙なタイミングで魔石のおねだりをしよった。もっとこう、言いやすいタイミングってあったでしょう?
話が一段落ついて報酬の話しになった時とかさあ……。
みろよ、マミさんもちょっとびっくりして変な顔になってるじゃん。
「そ、うですね。はい、それは勿論です。家の権利については現在現地で行われているギルド員の確認が終わってからになりますが、その魔石につきましてはあなた方の正当な拾得物として扱われますので、今現在はまだギルド所有の建物ではありますが、我々が所有権を主張することはありません」
「よかったー。ありがとう、マミさん」
「いえ……お礼を言いたいのはこちらの方なのですが……」
なんだか良くわからんが良かったな、ミー君。マミさんもすいませんね、うちの子が変で!
そして暫くの間、お茶をご馳走になりながら依頼の報告をしていたのだが、部屋のドアがノックされ会話が中断された。
応対に向かったマミさんは何か書類を持っていて……。
「確認が終わりました。おめでとうございます。確認が終わり、依頼の達成が認められました。これをもちまして、あの物件はあなた方の所有物となります」
机に滑らされた書類は所有権の手続きをする書類のようで、サインをするように言われた。
「じゃあ、俺が代表してサインしとくな」
「うん。お願いするよ、ナツくん」
さらりさらりと書類にペンを走らせる。ナツっと。
「はい、確かに。本当に依頼、お疲れ様でした。今後も末永く冒険者としてご活躍いただけると嬉しく思います」
「そ、そうですか? へへ、まあ、こんな掃除屋でよければ……なあ?」
「うんうん。これからも何かあったら私たち掃除屋に任せてよ!」
「あ、こら! そんな安請け合いをして……へへ、じゃあ、今日の所はこれで!」
こうして我々は新たな拠点を手に入れることになった……のだが、最後にあったあの要らんやりとりのせいで、我々のパーティー名が『掃除屋』として登録されてしまっていた。
いやいや! 俺達そういう意味で言ったんじゃ無いからね!
◇◆マミ◇◆
「なるほど、
二人が帰った後、間もなくギルマスのティールさんが部屋に現れた。
「隣室から聞かせて貰っていたが……なるほどリッチが元凶だったか」
「ええ……。リッチはアンデッドを召喚すると言われていますからね。いくらレイスを追い払っても意味が無かったわけですよ」
現地に向かった職員はたいそう驚いたそうだ。
けれど、ギルドが確認に行くと既にレイスが湧いていて、依頼達成にならずということは何度も何度も繰り返されてきたのだ。
今回彼らに依頼を斡旋したのは賭けだった。
ヴェノムスライムの件、それがもし偶然であったのであれば、彼らは中を見た瞬間、逃げ帰ってきていたことだろう。
敢えて
逃げ帰ること無く、しかも現況の討伐までしたというのに涼しい顔をして報告にやってきたのだ。依頼を聞いたときからリッチの存在に勘付き、その危険性から快諾してくれたのではなかろうか。
もういい加減にあの建物は諦めて更地にしてしまおうとも考えた。しかし、レイスが湧く原因を解明しないことにはそれは逆効果。
更地になって光が当たるようになったとしても、地下にリッチが隠れ住んでいたのだ。夜になれば変わらずその場に召喚されていたことだろう。
まして、レイスを縛る建物が無くなってしまえばきっと街に溢れて面倒なことになっていたと思う。
「マミ君から彼らに任せたらどうかと言われたときには驚いたし、半分冗談で達成したらあの家をくれてやれと言ってしまったが……まさかほんとうにくれてやるとはな」
「え! 冗談だったんですか?」
「いやいや。良いんだ。彼らがこの依頼を受けなかったらばとんでもないことになっていたかもしれんからな。リッチ討伐の報酬と考えれば安いもんだ」
「……今度から業務に対して冗談を言うのはやめて下さいね?」
「わかったわかった」
まったく……。このギルマスは冗談なのか本気なのかわからない事を言わないで欲しい。あの物件はギルドでも持て余していたから、まさか冗談とは思わずに手続きしちゃったけど……ま、ギルマスが良いと言ったんだからいいでしょ。
「しかし、どうやってリッチを討伐したんでしょうね?」
「わからんな。リッチは現れたら最後、普通には討伐出来ない災害級の魔物だからな……」
災害級と分類される魔物はいくつかいる。そのどれもが戦闘力から換算された脅威度によって認定されるのだ。
覇王種と分類される大型の特異固体はそのどれもが災害級に分類され、覇王級のアシッドスライムに都市がひとつ飲み込まれてしまったことだってある。
ただし、それらは数でかかればそれでもなんとか討伐可能だ。
問題はリッチ。
リッチは普通の方法では討伐することが出来ない。力で退けることは可能だが、死なず何処かに潜み、アンデッドをひたすらに生み出してしまう。
そしてリッチが現れた地域は長きにわたり、アンデッドに支配されてしまうのだ。
過去に数回、リッチが発生し滅亡の危機が訪れた国家があった。直ぐさま各地のギルドに依頼が回り、とある遺物の捜索と提出が求められたのだ。
その遺物は『セイスイ』と呼ばれるもので、綺麗な瓶に入れられ、密封された液体だ。
リッチは不死なだけであり、ダメージが通らないわけでは無いが、ある程度ダメージを与えると、灰になり、何処かに飛んでいってまた再生してしまう。
その、灰になったタイミングでセイスイをかけると二度と再生しなくなると報告されている。
そのセイスイが作れれば他のアンデッドも倒せるのではと、一度セイスイの調査がされたことがあったが、結果は失敗。どの研究者も『ただの水と変わらぬ』と匙を投げてしまったのだ。
「彼らはセイスイを所持していたのでしょうか」
「どうだろうな。ただ、面白い報告があったぞ」
ティールさんはなんとも言えない、深い深い苦笑いをして良くわからないことを言った。
「いやな、例の物件な、掃除屋が入った後光っていたらしい」
「え? 今なんて?」
「煌々と輝いていた……らしい。それで、ナツ君が『魔導具的な物で掃除している』と、野次馬の冒険者に伝え、何故かペコペコと謝っていたらしいんだ」
「……良くわかりませんが……本当なんでしょうか?」
「なんとも言えないな。アンデッド特攻の手立てを持っているとなれば気になるが……無理に聞いて不興を買うのもな……」
「そうですね……光について尋ねるのは何か機会があればということで」
「うむ。しかし参ったな。ヴェノムスライムとリッチを二人で討伐出来るカッパーランクなんて居るか? 私は聞いたこと無いぞ」
「私も無いですよ……シルバーでも……いえ、ゴールドだってリッチは無理ですね」
「だよな……しかし、彼らが達成しているのは表向きは清掃依頼と採取依頼のみだ。しばらくはカッパーのままで居て貰うしか無いな……」
「はやくわかりやすい功績を作って貰いたい物です」
「全くだ」
自称ルーキーの二人。
確かに彼らはこれまで清掃依頼と薬草採取しか受託していない。その理由がお金が無くて武器が買えないからだと言うのには無理がありすぎて苦笑いをしてしまったけれど。
彼らが何故その力を隠し、ルーキーのように振る舞っているのかはわからない。けれど、この短期間で街を危機から2回も救ってくれた。
だから今は何も言わずに深く深く感謝しておこう。ありがとう、本当にありがとう。
……貴方たちはこの街全員の恩人です。
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