第15話 逆転ホムーランのために

「というわけでやってきました街外れの一軒家!」

「なになにそのノリ! 何か始まるの?」


 ああ、始まるぞ、ミー君! 君の仕事がな!


 さて、マミさんから依頼を押しつけられた翌日、我々お掃除隊は現場にやって参りました。


 頑固な汚れだーみたいな事を言っていたから、どんだけ汚い建物なのだろうかと思ったが、以外とそこまで汚くは無い。


 確かに、白く塗られた壁は薄汚れているし、庇にはもさもさっと蜘蛛の巣が張っている。かつては綺麗なお花が咲いていたであろうお庭は怪しげに荒れ果てていて、まあ確かにお掃除サービスを呼びたくなるのかも知れないなとは思った。


 でも、そこまででは無い。であれば、中が、室内こそが酷いのであろうと、ドキドキしながら預かった鍵を差し込み開いてみれば……。


「うーん? 埃っぽいけどそこまで酷くは無いよな?」

「なんだか空気が籠もってて息苦しいけどそんくらいだよね」


 ですよね。


 しかし、マミさんは言っていた。どんなに綺麗に掃除をしても落ちない頑固な汚れであると。今まで掃除に来た奴が雑な仕事をしていたのでは思ったが、ここは異世界だ。通常の掃除では綺麗にならない頑固すぎる汚れが存在していたとしてもおかしくは無い。


 良くわからんが、魔術的な汚れとかそう言う……。


「つーわけで、ミー君! 張り切ってどうぞ!」

「うん! いっくよー! きれいになーれっ!」


 気の抜けたミー君のかけ声。だが、張り切って【浄化】を使ったミー君は自らの身体まで発光していて妙に神々しい。 


 なんだか前に使ったときよりもパワーアップしている気がするな。もしかしてスキルレベル的な物が上がったのか? 


 スキルの概念はまだ未実装だとか言ってたけど、これはこれで別枠として上がったとかそういう……くっそ、ミー君が眩しくて目を開けてられねえ。


 余りにも光りすぎるもんだから、なんだか俺まで浄化されてしまいそうだ。


「み、ミー君。そのまま家中をぐるぐる歩き回った方が良いんじゃ無いか?」

「ん? なんで? あ、ああ大丈夫だよ。この【浄化】は床や壁なんか貫通しちゃうし。屋根裏の汚れも一網打尽だよ」


 なんて迷惑な。隣の部屋に追いやって眩しさから逃れる事すらできねえのかよ。


 ……? 


 壁を貫通? あ、やべ……もしかして……。


 輝きまくるシャイニングミー君を放置して、手探りでなんとか家の外に出る。少し離れたところで振り返り、ゆっくりと慎重に目を開くと……


「家が……光っている……」


 煌々と輝く家、なんて神々しい家なのだろうか……って違うわ! むしろ怪しいわ! 通りがかった人達がなんだなんだと集まってきてるじゃねえか!


「あ、何でも無いですよー。ちょっと魔導具的なアレでこう掃除してるだけなんでー。いやあ、うちのミー君がすいませんね! お騒がせしちゃって!」


 思わず飛び出た雑な言い訳だったが、なんとか信じてもらえたようで。


「ああ、あの家の掃除か。良くわからんがこれならいけるのかもしれんな」

「マジかよ!? あんたマジであの依頼受けたのか? 見た目に反して結構やるんだな?」

「そういやこいつ、例の池を綺麗にしたルーキーじゃねえか」

「あー……噂に聞いて嘘だろって思ったが、あの良くわからんやべえ光を見ると信じざる得ねえな」

「何をやってるかわかんねえが、家が光るほどピカピカに掃除してんだろ? やるじゃねえか! ルーキー!」


 あの怪しげな光を掃除に結び付けられる思考はいった俺が言うのもなんだけど理解できなかったが、何故か納得してもらえたので良いことにしよう。


 暫くすると、ゆっくりと光が止み、ミー君がひょこっと玄関から顔を出した。


「ナツくーん終わったよー。見てよ! もう家中ピッカピカだよ!」


 褒めてほしそうな顔で手招きをするミー君。中に入ればなるほどこいつはピカピカだ。


「よしよし、ミー君よくやったな」


 ワシワシと頭を撫でてやると『犬みたいに撫でるな!』と文句を言われた。

 失礼だな。俺は猫を撫でるように撫でてやったんだぞ。


「しかしほんと綺麗になったな。気のせいか、来たときより室内が明るくなっているしさ」

「そうなんだよ。多分窓が綺麗になったから光がきちんと入るようになったのかも知れないね」


 さて。これで依頼は終わっちまったが、まだまだ時間はある。どうせ俺達の家になるんだ。ひとつ暇つぶしに内覧と行こうじゃ無いか。


 平屋のこの家は入って直ぐのところに広いリビングが有り、その奥にキッチンがある。


 キッチンにはなにやら良くわからない大きな道具が置いて……というか、壁と一体化している。何かと思ったが、壁から出っ張っている部分に鍋が乗っているあたりIH的な魔導具では無かろうか。


 廊下を進むとトイレがあり、その隣にはなんと浴場が備え付けられていた。誰かの家に行くというイベントがまだ発生していないので、これが普通なのかどうかはわからないけれど、これはすげー嬉しいですね。たまの風呂代も馬鹿にならねえからなあ。


 そして廊下の突き当りには左右にそれぞれ部屋があり、開けてみればどちらも同じ様な広さだったので、正式に家を貰ったらそれぞれ俺とミー君の私室にすることにした。


 気が早いミー君は『じゃ、私こっち側ね!』と、大喜びで右の部屋に飛び込み、室内にそのまま残されていた家具を弄っては何やらきゃあきゃあと喜んでいた。


 ミー君が選んだ部屋はなんだろうなこれ。立派な棚が置いてあって、かつてはここにいろいろなものが飾られてあったのではなかろうか。コレクションルームとかいうやつ。


 中身はそっくり無くなっているため、寂しいもんだが……あ、ミー君がどんぐりを並べ始めたぞ……。


 空っぽの棚が寂しかったのかも知れないが、どんぐりは無かろうよ……と、暫く温かい目でそれを見守っていると……。


 カチリと。


 ミー君が手をついた棚から音がした。


 間もなく、ゴゴゴっと音を立てて動く棚。ぼろぼろと溢れるどんぐり。ミー君はわあわあと慌てながらそれを拾い集めているが、そうじゃないだろ……今はそれどころじゃないだろう?


「みたまえミー君。隠し扉だ」

「ほえ?」


 ようやく事に気づいたミー君が目をまん丸くして驚く。


「わあ! みてよナツくん! 隠し扉だよ!」

「今俺がそういっただろ……」


 しかし隠し扉とはわかってるなあ。浪漫だよな。しかも棚に仕掛けを仕込むだなんてやるじゃないか。


 ミー君と二人、せーので扉を開けてみれば、そこに現れたのは地下への階段。


「ミー君、弱めに浄化を使いながら先に降りてくれないか」

「え? さっきも言ったけど貫通するから地下の隠し部屋も綺麗になってるはずだよ?」

「いや、暗いからね。足元を照らしてほしかったんだよ」

「私を照明代わりに使おうとしてる!?」

  


文句を言いながらも照らしてくれるから好きだぜミー君。


 階段はそこまで長くはなく、一般的な一階分ほど降りた所で再び扉が。


 狭いので、流石に二人で一緒にとは行かず、先に歩いていたミー君に開ける権利を与えた。


「わーい! ありがとう、ナツくん!」

「いいってことよ」


 決して罠か何かがあるのを警戒して先に行かせたわけじゃないぞ。ミー君が先に入りたそうな顔をしていたからだぞ。本当だぞ。


「んー? ここはなんだろう? 書斎だったのかなあ?」


 どれどれと俺も中に入れば、なるほど確かにだ。


 こぶりな部屋には本棚が有り、よくわからん本が並んでいる。机の上には紙が散らばっていて、何かの研究をしていたようだが、読んだ所で良くわからなかった。


 字は読めるんだけど、専門用語が多すぎてわけがわからんのだよ。ブルール因子をフェノール派の様式に沿ってマグワール術式を使用するとうんたらかんたら。


 わっかんねえわ。だって【言語翻訳】つっても読めて聞けて喋れるだけだもの……読めたついでにノリで内容を理解出来るのは他所の異世界主人公だけですよ。


 しっかし、理解はできんが浪漫はたっぷりと感じるな。地下に作られた自分だけの書斎って熱いよね。特に何かを研究するわけじゃないけど、憧れちゃうよねー。


「ねえねえ! 見てよナツくん! ほら! でっかい宝石!」

「おっ すっげえ! なんだよこれ。この間のスライムコアくらいあるじゃん」

 

 ミー君が嬉しげに持ってきたのは赤黒く輝く大きな宝石。結構ずしりとくるそれは、椅子の上に置かれていたボロ布に包まれていたのだという。


「これって私が貰って良いのかな!?」

「ううん……家はくれるって言ってたけど、中身はわからんな。マミさんが良いって言ったらミー君にやろう」

「そっかあ……マミさん良いっていってくれたらいいなー」


 ……

 …


 一通り探索をしたり、だらだらとしたり、庭でお弁当を食べたりしていると4時間程経っていた。


 念の為に一通り家を見て回ったが、さすがミー君。汚れの落とし残し等なく、隅々までピッカピカだった。


 これにてミッション完了である。我々は依頼を切り上げ、報告に向かうのであった。



「というわけで、もうびっくりするほどピッカピカにしてきましたよ」


「……あ、はい。まずはお疲れさまでした。そ、それで何かこう、変わったことは有りませんでしたか?」


「変わったこと……? あー、そうだ。ミー君、あれを」


 話を振られたミー君はハッとした顔をした後、恐る恐るといった具合に宝石をゴトリと置いた。


「あっ……わかりました。こちら、お預かりしてもよろしいでしょうか?」


 まだ何も話していないのに何がわかったのだろう? そう突っ込みたかったけれど、何かこう、強い眼差しを向けられてしまって『はい』としか言えなかった。


 宝石を受け取ったマミさんは以前と同じくドリンクチケットを渡してくれ、また上でお話をするので呼びに来るまで待っていてくれと言い残して慌てるように居なくなってしまった。


「宝石もってかれちゃったねー……」


 さみしげに言いながらジュースをすするミー君。


「何か調査するんだろ。預かるって言ってたから、返してくれるかもしれんな」

「だったらいいなあ。大きくてキラキラしててひと目見て気に入っちゃったんだよね」

「お前さんはカラスかなにかかな?」


 足を蹴られた。いてえ。


 しかし……この流れはちょっとアレですな……また何かこう、知らない間に何かをちょいちょいとやらかしてしまっていたのでは……。

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