第11話 パァっといこうじゃないか
ドキドキの面談が終わり、何事もなく開放された我々はギルドから出て……はいかず、そのまま1階の酒場で料理が出てくるのを待っていた。
何処か少し良いお店でお疲れ会しようぜ! なんて盛り上がったんだけど、冷静に考えてみれば俺たちはこの街に来たばかり。
何故か妙に張り切ってしまって、目覚めてすぐに冒険者登録をして依頼を受けてしまうという謎の展開の速さを見せてしまったため、まだ街の何処に何があるかわからない。
それでいてもうすっかり夕方になってしまっているわけで、今から街をウロウロしていい店を探すってのはちょっと嫌だよねーってことで、結果的にギルドの酒場で打ち上げってことになってしまったわけだ。
おっきたきた来ましたよ。酒場のお姉さんが料理と飲み物を運んで参りました。
「はいよ、トントの蒸し焼きにジャガバター、川エビの素揚げにビールだよ」
ドスンドスンと料理が置かれていく。トントの言うのがわからなかったため、お姉さんに聞いたのだが、説明から判断するにイノシシの様な魔獣らしい。それの肉を分厚く切ったものがジュウジュウと音を立てながら湯気あげ脂を滴らせていて……ああ、もうたまらない。
ジャガバターや川エビの素揚げはメニューでその名前を見た時に吹き出しそうになったけれど、ミー君が言っていた『似たような世界には似たような生態系が芽生える』とかなんとかっていうアレと、言語翻訳さんのこじつけに拠るものなんだろう。
ジャガバターのジャガ部分は鮮やかな桜色をしていて、俺が知るじゃがいもとは少し違うし、川エビだって期待していた細かいエビではなく、手のひらサイズのゴロンゴロンとしたエビがプリプリと皿の上でアピールをしている始末。
これはこれでめちゃくちゃそそるから良いんだが!
「うむ、ミー君。俺はもう我慢ができないよ」
「何言ってるのさ、ナツくん。私なんてさっきからずっとだよ」
「そうだな! よし、はじめるか! おつかれー!」
「わーい おつかれー!」
ガコンとジョッキを打ち合い、まずはビールを喉に流しこ……くっは、キンッキンに冷えてやがる!
メニューを見た時に『ビール』と言う文字列を見つけ、思わず注文をしてしまったが、まさかキンキンに冷やして出てくるとは。
この手の世界ではビールではなくてエールが主流だったり、ビールがあっても何故か西洋の様式にならって室温のまま出される事が多いのだが……ありがてえ……!
ぬるいビールの旨さというのもわからんでもないが、やはり飯と一緒に流し込む時にはキリリと冷やして飲みたいからな! いやほんとこの世界ってテンプレチート仕様は無いくせに、食周りは恵まれているなあ。
「くはー! 生きてるって感じねえ!」
「ああ、こんな美味いビールを飲めるなんて思わなかったぞ」
チリチリと炭酸が喉を食道を胃袋を刺激する。ああ、今行くぞ、今食ってやるからな!トントとやら!
肉にフォークを入れると、まるでハンバーグのようにスッと切れ、その断面からはじゅわりじゅわりと黄金色の肉汁が溢れ出してくる。
それをすかさず口に放り込むと、熱々で甘々の脂が舌先で弾け、肉を噛みしめるとさらにじゅわりじゅわりと其れが溢れて……ああやべえ、美味い。
シンプルに塩と胡椒で味付けされているだけなのに、これが素材の旨さというものなのか。ふと対面をみればミー君が泣きながら食べている。
「こんなに美味しいおにくがあっていいの?」
「ミー君の実家がある所にはもっと美味いものが溢れてそうなもんだがね」
なんたってミー君はこれでも女神様だからな。彼女の実家、神界ともなれば人が想像できないほどに美味いものがありそうなものだが。
「うーん、それがね。あそこの住人たちは基本的にシンプルなものしか生み出さないからさ、食にしてもなんというか、エナジーバー的な栄養を取れれば良いや感あふれる物を食べてるんだよ」
「マジかよ。でもさ、食の神とか居るんじゃないの?」
「そりゃ確かに存在するし、振る舞ったりするみたいだけどさ、考えてみてよナツくん。例えば君の住む街に料理がすっごい得意な人が住んでいます。そしてその人は作った料理を誰かにご馳走するのが大好きですが、別にお店を開いているわけでは有りませんし、ナツくんはその人と話したことすらありません」
「ああ……」
「神ってさ、君が思っている以上にたくさん居るんだよ。そんでもって、当然全員が顔見知りって訳じゃないし、上下関係だってしっかりとあるわけだ。
知らない神にご飯作れとは言えないし、知り合いだとしても立場が上の神には頼めないでしょう? だからどうしても美味しいご飯が食べたくなったら自分か、知り合いが管理している世界にこっそり降りて美味しい料理にありついているってわけ」
「ふうん。素晴らしいところなんだろうと思ってたが、そうでもないんだな」
「平和で良いところなんだけど、やっぱ娯楽がね。だからうちのお姉ちゃんやお友達のリパンニェルさんなんかは良く地球にこっそり遊びに行ってるんだよ。ゲーセンとか夏と冬にあるコミなんとかっていうお祭りとか……ずるいよね?」
「……まじかよ……何やってんだ神様達は」
なんだか衝撃の事実を耳にしてしまったりしなかったりしながら俺たちのお疲れ会は穏やかに進んでいく。
結局ビールをそれぞれ3杯も飲んでしまったが、俺もミー君もグダグダと酔っ払ってしまった様子はない。なんだミー君もいける口なんだな。
二人で程ほどに飲み食いをした料金は大銅貨1枚と銅貨8枚。安いんだか高いんだか全くわからんが、手持ちの資金が大して減らなかったのはありがたい。
そして俺たちはギルドの隣りにある宿屋にチェックインしたわけだが……。
「まさかのツイン」
「あばばばばばば」
変な声を上げているのは勿論ミー君だ。
アルコールのせいなのか、思春期的なものなのかはわからないが、顔を酷く赤くして動揺している。
そりゃ俺だって動揺して居るさ。
ミー君だって一応は女性だ。となれば、一人一部屋あてがってくれる物だとばかり思っていたのに、蓋を開けてみればツインルームだ。ダブルじゃなかっただけマシだと思いたいが、家族以外の女性とひとつの部屋で寝るという事態に動揺しないわけが無い。
が、それを表に出してしまえばミー君に何を言われるかわかった物じゃあないので、ここはどうにか平静を保ったフリをしておこう。
「ははーん。ギルドめ、俺とミー君の関係を夫婦か恋人だと思っているな」
「へぁ? ふうふー? こいびとー?」
二人セットで保護されて、二人仲良く冒険者登録をして。
そう言えば二人で旅をしてるとも言った覚えがある。似たような年頃の男女が商人でも冒険者でもないのに仲良く長旅となれば、夫婦や恋人同士、又は兄妹かなにかでなければおかしな話だからな。
「ま、まあなんだ、ミー君。これはこれで良いことにしようじゃないか」
「ええ? いいことをしよう? ちょ、ちょっとまって! お酒の勢いとかそんな」
さらに顔を赤く染め、両手をブンブンと振り回すミー君のそばまでツカツカと歩み寄る。
「ちょっせい!」
「ぎにゃっ」
目覚ましのデコピンを一撃。喰らったミー君はそのまま後ずさり、ベッドに尻もちをついてごろーんと転がった。
「あいたたた……な、なにをするんだい、ナツくん!」
「女神がバグった時はデコピンで治るとワザッポで聞いたからな」
「ひどい! っていうか、それ騙されてる奴だよ!」
ギルドや周りが俺たちの関係を勘違いしている、この状況は非常に都合がいい。
ふたりともフリーだと知れたらば、俺はともかく、黙っていれば可愛らしいミー君は他所の冒険者から声がかかりパーティに誘われてしまう可能性が高い。
そうなると、大なり小なり確実になにか面倒なイベントが発生しちまうわけで。だったら悪い虫がつかないよう、変なフラグがやってこないように二人は夫婦であると言いきっておいたほうが良いのではないか。
略奪しようとする奴が現れ、妙なイベントが発生するかも知れないが、フリーのミー君を連れて行くのと、妻のミー君を連れて行くのとでは世間の目がぜんぜん違う。何かあった時に周りを味方につけやすい設定というのは大事なことだ。
と、言うようなことをミー君に説明をすると、なんだか妙な顔をしていたが、ごにょごにょと小さな声で『うん、それで。夫婦って事で』と、了承してくれた。
ミー君と夫婦設定にすると、俺がこの世界で恋愛イベントを起こすことが難しくなってしまうが、地球に帰ることが確定している俺にそんな無責任な真似はできんからな。非常に残念だけど、鋼の心で耐えることにする……。
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