第10話 報告されました

◇◆マミ◆◇

 

「どうだった?」


 彼らが下に降りて少しすると、ギルドマスターのティールさんが取調室に入ってきた。


 あいも変わらず可愛らしい顔をしているけれど、中身は化け物なのだから恐ろしい。最も、口調も行動も男らしい人なので、見た目に騙されちょっかいを掛ける冒険者はあんまり居ないけどね。


「正直に言ってしまえばよくわからないですね」


「そう来たか。せめてもう少し詳しく話してくれよ」


「ううん、そうですね……」

  

 ティールさんからそう言われ、困ってしまったので、とりあえず今朝のことから思い出しながら説明をすることに。ええとええと……


 ……

 …


 受付に若い男女がやってきて声をかけてきた。見た目はお世辞にも冒険者とは言ええるものではなかったため、護衛依頼の申請にやってきた商人夫婦だろうとそのように対応をした。


 女性は良くある旅人のような服装だったし、男性の方は少し風変わりではあるけれど、質が良さそうな服を着ている。おそらくはそこそこ稼ぎがある商人夫婦じゃないかなと。


 しかし、そうではなくて冒険者登録に来たのだと言われてしまった。


 ええ? こんな時期に? 失礼ながら訝しんでしまう。


 大体の冒険者は登録許可が出る12歳から、遅くとも成人する15歳頃までには登録を済ませ、上を目指して活動をするのが普通だ。


 男性は恐らく……20を少し過ぎた頃合いだろうか。確かに彼らくらいの年齢から冒険者を志す者は少ないけれど居る。


 けれど、それくらいの年齢で冒険者になろうと考えるのはなにか事情がある人達。


 それまでやっていた仕事がうまく行かなくなっての転職だったり、何か急ぎの金策だったりと、何にしても大きな声で言いたくはない事情があることが多い。


 さらに彼は一緒に居た女性と二人で一緒に登録をするという。二人の関係はわからないけれど、彼に手を引かれてやってきて、そのまま寄り添うようにしている女性を見ていればなんとなく、そういう関係なのだろうと察せられた。


 大方二人は駆け落ちでもしてきたのだろう。なんて羨ましい話! 私にもそんな情熱的な相手が現れてくれたら嬉しいのだけれども。


 しかし、この二人あまりにも世の中のことを知らなすぎる。


 ギルドランクを知らない人なんて始めてみたかもしれない。冒険者と関係のない人達であっても、高ランク冒険者たちを英雄視して彼らが街に訪れた時はそれはそれは盛り上がるというのに。


 登録が終わった彼らは依頼ボードの方に向かっていった。何か依頼が残っていたかしらね……と、やりかけだった仕事に取り掛かろうと手にした書類に彼らの名前を見つけた。


 その書類は『ゴブリン集落掃討』と言う、複数のパーティで受託するギルドからの緊急依頼で、受託した5つのパーティーによって無事達成された物の報告書だった。


 その中に存在する彼らの名前は勿論冒険者パーティとしてではなく、ゴブリンに捕らえられていた被害者として書かれていたわけで……。


 ゴブリンに捕らえられるくらいだから、彼らは普通の旅人で間違いないだろうな。ゴブリン程度であれば、多少武器に覚えがある者であれば返り討ちにすることが出来るし、私だってギルド職員向けの研修を受けた際に小規模な集落をを2つほど潰したことがあるもの。

 

 そんな彼らが冒険者登録かあ……大丈夫かな。まだ若いから少しは伸びしろがあるんだろうけど……なんてぼんやりと考えながら依頼板の前で依頼書とにらめっこをしている彼らの様子を見守っていると、なんだかしょんぼりとしている。


 ああ、そうか。今日は低ランク依頼があんまりない日だったものね。彼らが受けられのはカッパーランクまでを対象とした物で、かつ街の中だけで完結をする雑務だけ。


 雑務はあまり人気がない依頼だけれども、装備品を修理している間の小遣い稼ぎやなんかで受ける人も少なからずいる。


 一応、そういった依頼はウッドランクのために残してやるというのが暗黙の了解なのだけれども、ウッドランクルーキーが現れるのは新たに12歳を迎えた子たちが登録する新年からの数日間や成人式が行われる3月頃くらいのもの。


 そろそろ夏になろうとしているこの時期に登録をするものは居ないと言ってもいいくらい。なので誰も遠慮せずに好きなように依頼を受けてしまっているわけで。


 明日になればルーキーの噂が流れるだろうから、彼らもなんとか依頼を受けられるだろうけど、初日から依頼が有りませんというのは気の毒だ……うん、そうだ丁度今日剥がしてしまった依頼がある。幸いキャンセル処理はまだだ。


 この依頼……一度受託はされたんだけど、現地を見た冒険者がキャンセルしちゃって、さらにそこから噂が広まってだーれも受けなくなっちゃったのよねえ。


 依頼者さんにとっても、ギルドにとっても助かるし、何より依頼を受けたい彼らにとっても良い助けになるはず。


 少々大変な依頼だから誰も受けたがらなかったけれど、街中だし、危ないような依頼ではないし任せてしまおう。


……

 …


「とりあえず、彼らに依頼を任せたのはこの様な経緯ですね」


「精霊術師リヒト・ノートルマンの池か。依頼者であるシュリさんが精霊や妖精たちの休憩所として亡き夫と共に作った思い出深い池。それがある朝起きたら突如酷く汚染されていたという少々不思議な案件だったな」


「はい。ギルドからも一度調査に向かったはずなのですが、たしかに池はヘドロにまみれ、腐敗臭が漂うひどい有様であると……ただ、アレがいるというような報告はありませんでしたが」


「私も報告書には目を通したが、それを見た限りではそう危険性があるようには見えなかった。だからこそ、申し訳ないとは思いつつも一度キャンセル扱いにしてくれと君に頼んだんだ」


「はい。もう半年以上貼られていましたからね。規則上仕方が有りませんし、少ししてから再依頼をしてもらうつもりでしたから」


「しかし、そうはならずに依頼は達成された。しかも驚くべき結果をおまけにつけてだ」


「ですね。本当にびっくりしましたし、同時にあの報告書を書いた職員をぶん殴ってやりたくなりましたよ! 私も一度近くを通りましたけどね、確かにあの池は尋常じゃ無い匂いがしていました。だからでしょうね、中にも入らず、適当な報告を上げてヴェノムスライムを見逃すような真似を……!」


「まあまあ。マミ君落ち着け。それで依頼はどのように達成されたんだ?」


「はあはあ……すいません。ええと、それでですね……」


 ……

 …

夕方になり、ギルドが帰還した冒険者達で賑わい始めた頃……なんとも言いがたい香りが鼻に飛び込んだ。なんだろう、この悪臭は。なんだか嗅いだ覚えがあるなと思ったところで冒険者達がざわめき始める。


 また喧嘩でも始めるつもりなのだろうか。やるならギルドの外でやって欲しいと、もしそうなら仲裁しようと思ってホールに行ってみれば……ああ、貴方たちでしたか……。


 困った顔をした冒険者や、懐かしそうにうんうんと頷く冒険者達の生暖かい眼差しに突き刺され、動けなくなっているナツくんとミューラさんの姿があった。


 ああ、そうか彼らに説明をするのを忘れてしまっていたんだ……。酷く汚れた場合は必ずお風呂に入ってから報告に来ること、これは強制では無いけれど暗黙の了解として冒険者達はキチンと守っていることだ。


 しかも、汚れることが確定しているような依頼を受けた冒険者にはあらかじめ入浴チケットが配布されることになっている。この騒動はそれを忘れた私の落ち度だ。平謝りをしてチケットを渡し、お風呂屋さんに行くよう促した。


 なんだか良くわからない顔をしていたけれど、きっと察してくれるはず。というか、ナツくん達はあれだけの香りに包まれて平気なのだろうか……。


 異臭騒ぎはそれなりに問題だったけれど、彼らが立ち去ってから間もなく沈静化した。

  

 真に問題だったのはその後。公衆浴場で綺麗になって戻ってきた彼らから渡された報告書。


 踊るような文字で『待った甲斐がありました。たった1日で、しかも想像以上の結果に満足しています。個人的に割増報酬を支払いました。本当にありがとうございます』と、書いてあったのはびっくりしたけどまだ良かった。


 問題はその後。


『池にスライムが居たらしく、どうやら今回の騒動はそれが原因のようでした。重ねてギルドに依頼を出して本当に良かったと思います。夫が居ない今、私一人ではアレをどうにか出来るとは思えませんので』


  スライム? あんな町中にスライムが? いえ、それがアクアスライムの事ならば、浄化槽に入れて便利に使っているわけだから、別に変な話では無い。


 街に居る無害なアクアスライムは、何かの時に紛らわしいのであだ名である『クリーナー』と呼ばれている。


 しかし、わざわざ『スライム』と書いているあたり、彼女が元冒険者であることを踏まえても魔物としてのスライムが入り込んでいたと言う事で間違いないはずだ。


 思わず『スライムが居た?』と、声を上げてしまった所で、思い出したかのようにナツ君が其れのコアを取り出し、ドスンとカウンターに乗せた。


 通常のスライムが持つコアはせいぜいイチゴくらいの大きさだ。なのに、ナツ君が置いたコアは小ぶりのメロンくらいは軽くある。


 スライムのコアは魔獣における魔石と同等の物として評価される。このサイズのコアと同等の魔石を持つ魔獣と言ったらソロであればゴールド、パーティであればシルバー以上推奨の中級クラスの魔物になる。


 そんな物が街に入り込んでいた事自体も問題だけれども、それをルーキー二人が倒したというのも問題だ。もしかすればあの二人は登録をしていなかっただけで、それなりに力を持っているのかもしれない。


 コアのこともあるし、これは一度ギルマスに話を通す必要があるだろう。取り敢えず二人にコアの鑑定をすると告げ、ドリンクチケットを渡して待ってもらうことにした。


……


「それで私の所に来たわけか。あのくらいのコアはそこまで珍しい物ではないはずなのに、お前が血相を変えてやってきたからな。何事かと思ったぞ」


「それはそうですよ。普通の清掃依頼に行ったウッドランクの二人が持ってきて良いものでは有りませんから」


「しかし、まさかヴェノムスライムとはな。大方魔力溜まりに作られたあの池を狙って来たのだろうが……どこから入ったのかその侵入経路を考えなければいけないと思うと頭が痛くなるな」

 

「それでナツくん……討伐した冒険者は『弱ったスライムが池で体を休めていたのだろう。だから自分達でも簡単に討伐できたのだ』と言っていましたが……」


「それもおかしな話だな。弱った個体が回復のために魔力溜まりを狙うのはわかる。あの池はなかなかに魅力的な場所だからな。

 しかし、依頼者の話からすれば、アレがあそこに居付いたのは少なくとも半年は前の事だ」


「とっくに回復していて、それどころか長く居座り元の状態よりも強化されていたと言う事ですよね。私もそう考え、彼の話に首をかしげてしまいましたよ」


「うむ。となれば尚更普通の冒険者では手も足もでないだろうよ。おそらくはゴールドランクのパーティでようやく討伐できるかどうかだ。

 まったく、奴らは一体何者なんだ? なにか特別な装備品を使ったのか……と言いたいところだが、依頼者から貸し出されたスコップを使ったのだったな」


「はい。念の為に後で実物を見せてもらう予定ですが、武器になるようなスコップなど聞いたことは有りませんからね……」


「マミが言う通り全く訳がわからない奴らだな」


「でしょう。だから言ったんですよ。よくわからないと」


 見慣れない服装に身を包んだナツくん。冒険者のことやお金の事を知らない二人。冒険者のことはともかくとして、お金の事を知らないなんてありえない。


 例え、私が知らない遠い国から旅をしてきたとしても、そこからこの街に来るまでの間、お金を使わないことなんてありえないのだから。


 二人が悪人ではないのは話していてわかるし、何かを隠しているような後ろめたい態度を感じることもない。だからこそ、あの二人はよくわからないんだよね……。


 私からの報告を受けてギルマスが出した答えは『当分の間様子を見ることにしよう』だった。


 本当にまぐれだったのならばそれでいいし、実際に何らかの強力な力を秘めていたのであれば、人となりを見極めた上で高ランクに上げる事も考えているようだ。


 今の時点では彼らについて何もわからないけれど、なんにせよ、彼らが私達と良い関係になってくれることを祈りましょ。

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