第8話 お風呂は良いねえ

 いやあ、良いですよね公衆浴場。風呂がある世界で本当に良かった。


 しかもアレだぜ? 結構きれいな建物でさ、湯上がりにゆっくりと寛げるスペースや、冷たい飲み物なんかを買える店もあったりしてなんだかスーパー銭湯みたいだったわ。


「ふむふむ。へー、このお風呂って発祥は遺物なんだって。発掘された遺跡から見つかった魔導具を分析した所、水を温め浄化する機能があり……ふむふむ」


 全身から湯気を立ち上らせながら湯上がりミー君がなにやら読み上げている。その手には何やらペラい紙が握られていて、どうやらそれは館内ガイドのようだった。


 結構しっかりした紙だっていうか、印刷技術もあるのか。シュリさんの報告書を見てファンタジー! とか思ってたけど、一度リセットされてしょっぱくなった世界の割には文明レベルはそこまで低くはなさそうだな。


 暑い暑いと館内ガイドをうちわにしてパタパタと仰ぐミー君。そんな真似をするものだから、こちらにふわりと湯上がりのいい香りが漂ってくる。


 それもこれも石鹸やシャンプーがきちんと存在しているおかげだな。俺たちがどれだけ臭かったのか知らないけれど、お湯だけでどうにか出来たとは思えない。


 そしてなにより驚いたのは洗濯サービスだ。


 今俺達が身につけているのは元々着ていた服たちで、汚物まみれになっていたアレだ。しかし、誰しもが顔をしかめるあの悪臭は何処へやら。驚くほど白い!ってほどじゃあないけど、コインランドリーで洗ったような感じになっている。


 ミー君と二人、風呂屋の受付に木札を出すと、それの代わりに何か大きな数字が書いてある『洗濯コイン』とやらを渡されたんだ。これはなんなのだと尋ねると『同じ番号の箱に服を入れた後このコインを入れるのだ』と。


 鎧や武器などは入れるなと注意をされたのでなんとなく察したが、とりあえず言うとおりにして風呂から上がってみてみたらホッカホカに乾いた服が入っていたってわけだ。


 ミー君の見立てによると、ロッカー自体が魔導具になっていて、コインを入れると全自動洗濯機のような挙動をするのではないかとのことだ。


 俺には良くわからんが、そういう術式の痕跡が見られたらしい。係の人が洗うのだろうかと思ったし、着替えを用意して無くて平気なのだろうかと、ミー君と二人心配していたけれど取越苦労だったわ。


 俺は元々着ていた服のままだったし、ミー君も鎧と言えるような装備はしていなかったので、着ていたもの全てそっくり綺麗にすることが出来た。次があるかは考えたくはないけれど、ああいう依頼を受ける際にはなるべく軽装で行くべきだな。


 ……というか、俺も余裕ができたら普通の服を買って着替えないとな。


 俺が着ている服は所謂異世界の服なので、若干浮いているんだよなあ。まあ、地味目の色のカーゴパンツにブルゾンってな服装だから、若干変わった旅人の服感があってそこまで目立っちゃいないがね。


 そんなわけで、すっかりピカピカになった我々は、改めてギルドへと向かった。


 中にはまだ多くの冒険者達が居たけれど、今度は注目を浴びることもなく、特に絡まられる様なイベントも起きないまま俺たちの番に。


「はい次ーって、あら、ナツさんとミューラさんね」


「先程は本当に本当にとんだご迷惑を……」

「臭い思いをさせてごめんなさい……」


 二人でしずしずと謝ると、受付のマミさんは首をブンブンと振ってとんでもないと言った。


「いえいえ、あれは私の落ち度です。清掃系の依頼、特にドブさらいなどをした後は必ず入浴をして全身を清めてから報告に来てもらうようにしているんですが、それを伝え忘れたので仕方がないのですよ」


 そしてあのチケットについても、酷く汚れるような依頼の時はギルドのサービスとしてつけているものなので、本当に気にしなくて良いと言う。


 なんて素晴らしいサービスなのだろうと思ったが、考えても見れば納得だ。ギルドには飲食ができる食堂兼酒場のようなスペースが設けられている。そこに俺たちのような間抜けが異臭を纏って現れてしまったら営業妨害も良いところだ。


 大方、金をケチって風呂に入らないような冒険者を無くすためにギルドが多少の身銭を切って居るのだろうな。よく出来たシステムだわ。


「それでこちらが達成報告書ですね……と……ええ? スライムが居たんですか?」


 報告書をふむふむと読んでいたマミさんが驚いたような声を上げた。そうだ、スライムのコアも売れるか聞かなきゃな。


「ああ、それなんですが……ヘドロかと思ったら妙にデカいスライムだったようで。これコアです。俺とミー君でしっかりと駆除しましたから安心して下さい」


 ドスンと、ソフトボール大の妙に重いコアを受付に置くと、なにやら変な顔をしてそれをじっと見ている。


 ……ああ、ここに魔物素材を置いちゃダメだったか。また常識知らずなことをしてしまった。


「ナツさん、ミューラさん。そのスライムは何色をしていましたか?」


「え? どうだっけナツくん。あれなんていうの? ヘドロ色っていうのかな?」

「それ見たまんまじゃねえか。あれはそうですね。強いて言えば赤黒いというか血合いの色というか……」


「赤黒い……? なるほど……でも、それなら……ううん?」


 なんだかマミさんの様子がおかしいな? 頭を抱えて何かを考えているようにも見えるのだが、何か妙なことを言ったのだろうか。


「ちょっと達成処理のためにコアをお借りしますね。若干調べることがありまして、少し時間がかかりますのでナツさん達は酒場で待っていて下さい」


 と、難しい顔をしたマミさんから木札を2枚渡された。


 この木札はなんなのだと見てみれば、そいつはどうやら食堂で使えるドリンクチケットらしい。


 やったぜ儲かった!


 エールでも飲もうと言うミー君を『それは後のお楽しみにしよう』となだめ、果汁水ジユースで喉を潤す。


 ああ、しっかりと冷えていてうまいなこれ。甘酸っぱいベリーのような味の後にナシの香りが鼻に抜けていく。結構好みの味だわ。


 ミー君と二人、ああでもない、こうでもないとどうでもいい話をし、グラスが空になってわびしい気持ちになり始めた頃、マミさんが俺たちを呼びにやってきた。


「すいません。依頼についてもうちょっと詳しいお話を聞きたいので、ついてきて貰えますか?」


「え? 別にかまいませんが……」

 

 なんだかちょっぴり不安になりつつマミさんの後について階段を上る我々。


 連れて行かれたのはなにやら6畳くらいのやや狭い小部屋で、机と椅子がおいてあり、なんというか生徒指導室や取調室の様な物々しさを感じて軽く動揺してしまった。


「ああ、大丈夫ですよ。何か悪いことをしたからとかそう言うことでは有りませんから。さあさ、お二人さん。椅子にかけてくださいな」


 マミさんはバサリと紙を机に置き、椅子に座るやいなやペンを手に取ってにこやかに微笑んだ。


 ……ああ、この表情。またか。ほんっと嫌な予感しかしねえぞ!

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