第7話 はじめての感謝

 開始からかれこれ3時間。


 結構頑張ったと思うのだが、池は依然として汚さを保っている。


 なんだろうな? 確かにヘドロは着々と池の外に積み上がってきてるんだよ。けれど、掬ったそばからどんどんおかわりが湧き出してるんじゃねえかって疑うレベルで一向に底が見える様子が無いんだ。


 幸いなことに体が匂いに慣れてしまったため、作業中常時虹を錬成するような事にはならなかったのだが、なるほどこれは腰に来る。シュリさんも匙を投げてやりたがらないわけだ。


 それに敵はヘドロだけではない。かつて植物だったのであろう残骸やよくわからないものが泥の上に茂っていたり中に潜んでいたりして、それを撤去する作業も地味に堪える。


 ミー君は何か吹っ切れたのか「わーい! 今度は骨が出てきたよー」と、トレジャー感覚で楽しんでいるようだが……謎の骨を発掘して喜ぶって。ミー君は猫じゃなくて犬だったのかな?


 そんな具合に頑張り続け、開始から5時間が経過し、16時を過ぎた頃にようやくヘドロが姿を――消した。


 と言いますかね、妙に重たいヘドロが有りましてね? どうやらそれは大きな塊になっているようだったので、仕方がないなとミー君を呼んで二人でスコップをゴスゴスと突き刺してなんとか砕くことが出来たんですけどね?


「あ、みてみてナツくん。変な玉があるよ」


 なんて、大物ヘドロのかけらを撤去する際に何か見つけたらしいミー君が言うんですよ。


 変な玉と聞いて、少々動揺しましたが、池に沈む秘宝かも知れません。マジカヨマジカヨと、ミー君を池の外に呼び出して見せて貰おうとしたのですが……。


「わ~~! ナツくーん! たすけて! 玉からブヨブヨが出てくるよー!」


 ヘドロと同じ色をしたブヨブヨが玉を中心に現れ、ミー君の手を包み始めたんですわ。あ、これってもしかしたらアレかなあと思った俺は、直ぐにミー君の手からそいつをたたき落としましてね。


「ソォイ!」


 と、スコップで一撃。そいつはスコーンとあっさり真っ二つに割れまして。

 その瞬間ですよ。湧き出していたブヨブヨが嘘のようにさらさらと溶けて流れていってしまったんですよ。不思議ですよねー。


「ナ、ナツくん……なんだったのかな……」


「多分だけど、今壊したのってスライム的なアレのコアだったんじゃない? というか、俺たちが強いヘドロだと思ってスコップで突きまくったのがこの池をこんな状態にしたスライムだったんじゃあないかな……」


「あ、ああー……言われてみれば、そんな気がするね」


 というかだな、気づいたら池の周りに積み上げていたヘドロがはじめから何もなかったかのように無くなっているんだよね……汚れた水もろとも。


 もしかして池に貯まっていたのは全部スライムだったのでは?


 スライム? が消えた池はそらもう綺麗なもんで。


 既にゴミはせっせと取り出した後ですし、ピッカピカの底はたわしでこする必要もなさそうだったんで、ミー君水道からじゃんじゃんと水を流して池に水を貯めているところですわ。


 ゆっくりとではあるけれど、ぐんぐんと貯まっていく水を見ているうち、ちょっぴり不安になっちまって『こんだけ水を出してリソースとやらは大丈夫?』 と、一応ミー君に聞いてみたけれど、リソースはあくまでもそれを使える仕組みを作り出すのに必要な物であり、一度アンロックすればそれを消費せずに使えるのだと得意げな顔で言われた。


 つまりはミー君はその無駄に有り余るMPを使って無尽蔵に水を出せる歩く水源地というわけだ。


 というわけで、最大出力で思う存分お池に水を張ってもらった。多少しんどそうな顔でもするかと思ったけど、ニコニコと嬉しそうにやってる……半分冗談で有り余るMPとか言っちゃったけど、マジで有り余ってんだな。


 ……

 …


「あら? あらあら!? どうしたのかしら。池がすっかり綺麗になっているわ。それにヘドロがどこにもないようだけれども?」


 終わりましたよ、と声をかけたら、なんだか疑うような顔でついてきたシュリさんが驚きの声を上げている。気持ちはわかる。ヘドロの除去が終わったとしても中の清掃にまだまだ時間がかかるはずだし、池に水を貯めるのだってかなりの時間が必要なはずだからな。


「それがですな。池のヘドロはどうやらこいつが原因だったようで……」


 と、ソフトボールサイズの砕けたスライムコアをシュリさんに見せると目をひん剥いてびっくりしてた。そらもう、溢れるんじゃないかってくらいに。


「これはもしかして……ス、スライムコア? あら、あらあら……こんなに大きなコアを持つスライムが入り込んでいたのね……なるほど池があんなになっちゃうわけだわ……というか、あなた達、よく無事だったわねえ……」


 なにやらスライムの消化液で火傷してないのかだの、毒で気分は悪くなってないかだのやたらと心配そうに聞いてくる。


 そう言われればそうなんだが、アレかな? ミー君からなにか女神の出汁でも出て中和されてたとかそういうやつかな?


 暫くあれやこれや質疑応答が続いたが、どうやら我々が五体満足そうだとわかると、ようやく安心したのか『そうだ、報告書を書かないと。ちょっとここで待っていてね』と、シュリさんはお家に引っ込んで行ってしまった。


 綺麗になった池の前に二人で座ってしばしの休憩。


 掃除をして水を張っただけの池は水草も何もないため、単なるプールにしか見えないけれど、気のせいか座って眺めているだけで妙に安らぎを感じる。かつて妖精が集まる池だっただけあって、何か特別な場所だったりするんだろうか。


 そんな事を疲れた身体でぼんやりと考えているとミー君も同じ事を考えていたようで。


「ねえねえナツくん。ここさ、きっと直ぐに妖精の水場になるよ。そしたらさ、また見に来ようねえ」


 と、満足そうな顔で言う。


「そうだな。せっかくこう言う世界に来たんだ。そういういかにもな奴はどんどん見ていきたいな」


 なんだか二人でまったりとし始めたところでシュリさんが戻ってきた。にこやかな彼女の手には蝋かなにかで封がされた巻物が。そういう細かいファンタジー要素、いいよね……。


「とりあえず、これで依頼はおしまいね。ありがとう、本当にありがとう。もう二度とこの池がもとに戻ることはないと思っていたの。そうね、また後で遊びに来てくださいな。次に来る時はもっと素敵なお池に戻っていることでしょうからね」


 にこやかに笑ったシュリさんは、依頼達成の書類と、割増分だと言ってギルドに預けている依頼金とは別に銀貨を6枚程手渡してくれた。


「ええ。今こいつとそんな話をしてたんですよ。シュリさんさえ良かったら妖精が集う池を見に来ようなって」

 

 嬉しそうに頷くシュリさんからそれを受け取ると、なんだか急ぐように『そ、それじゃあね。きっと遊びに来て下さいね』と、そそくさと家に戻ってしまった。


 なんだか唐突に切り上げられたようで不思議に思ったが、よく考えてみりゃあそろそろ夕方だからな。お年寄りの夜は早いのだろうから仕方がない。


 じゃあ、我々もギルドに戻りますかと、思ったところ、ミー君がちょいちょいと俺の袖を引く。なんじゃいなと見てみれば、驚いたような、それでいて嬉しそうな顔をしていた。


「ナ、ナツくん!」


「ん、どした? ミー君」


「あのね、今シュリさんからね、リソース貰っちゃったみたい!」


「え? 今の会話の何処にミー君が信仰されるようなシーンがあったんだ?」


「それがね、ありがとう、ってお礼を言われた瞬間ね、体がぽわわっと暖かくなったんだけど、それって信仰値リソースが私に届いた印なんだよ。

 信仰って神に対する感謝の気持ちもそれに含まれるんだけどさ、この依頼をやったのって私とナツくんでしょ? 二人にお礼を言ったということは、女神である私に感謝の気持ちを伝えたことになるんだよ」

 

「なるほどなあ。そういう事か。っと、その話はまた後だ。とりあえず日が暮れる前に達成報告をしちゃおうぜ。せっかく1日で終わらせられたんだからな」


「それもそうだね」


 ……

 …

   

そして二人仲良くドロッドロに疲れたからでギルドに戻ると……おお、おお! これぞ冒険者ギルドだぜ!


 ガラが悪そうなのや三下くさいの、姉御っぽいのからツンデレっぽいのまで様々な冒険者達がガヤガヤと受付ホールや酒場に溢れている。


 いやあ、これだよこれ。これでこそ異世界だわなあと、ミー君と二人中に入った瞬間、ザワザワとしていた声が静まり返る。そして瞬間、突き刺さる俺達への視線。


 あー来ちゃったかあ……テンプレ展開、噂のルーキー弄りが来ちゃいましたかー。


 やべえな、俺はチートらしいチートを貰っていない異世界転移者の中でも最弱の存在だぞ? 


 雑魚に見える主人公に絡んだ先輩冒険者を返り討ちにしてザマァ展開! みたいなのは望めないんだぞ?


 やっべ、どうしよう土下座の用意でもしておくか? スライディング土下座……まだ出来るかな? てかこの世界にDOGEZAって存在するんだろうか?


 と、身構えていたのだが、どうやら様子がおかしい。皆なにか言いたそうな顔……いや、妙に困った顔でこちらを見ている。


 あれ? 僕たち何かやっちゃいました?


「ええと、ナツさんとミューラさんだったわね……」


 声に振り返ると、昼間と違って随分とフランクな感じでマミさんが言葉を続けた。


「その様子だと多分依頼帰り……ここに来たって事はもしかしてもう達成しちゃったのかしら? それは良いのだけれども……」


 なんだろう、一体何を言われるんだろう。周りの冒険者達もマミさんの次の言葉を固唾を飲んで見守っている。


「あのね、言いにくいんだけど……その、ううん。何も言わずにこれを受け取って。場所はあそこの角を曲がったところだから! 先に説明をしてなかった私が悪いの! ね、だから今はおねがい!」


と、何かを俺に手渡すと、報告より先に別の所に行ってくるように言われてしまった。


 何かこう、追い出されるようにギルドから出されてしまったが、一体なんなんだろう?

 

「ナツくん? 何渡されたの?」

 

「ん? ああ、ええとな……なになに」


 と、二人で受け取った木札を見てみると『無料入浴・洗濯券』と書かれていた。


 ……?


 ……あっ


 そうか……俺たちは……あの池で……。


「あっ……ナ、ナツくうん……つまりさあ、私達……」


「ああ、そうだなミー君。俺たち多分すっげえくっせえんだ」


 コアの破壊で確かにヘドロは消え去った。しかし、その前に俺たちの服や体、池の周辺に染み付いた匂いまでは消え去らなかったらしい。


 俺とミー君は鼻が慣れてしまっていたからそれに気づかなかったけれど、今思えばシュリさんは周囲の匂いに耐えきれず家に引っ込んだのだろうな……。


 依頼達成! めでたしめでたしの流れからくる、お約束展開の「お茶でも飲んでいって」に発展しなかったのは俺たちもあまりにも臭すぎて、汚れすぎていて家に上げるのも嫌だったから。


 きっとそういうことなんだろう。


 ギルドに居た先輩方は俺達の匂いや汚さにに驚いてあんなリアクションを……くっ! お食事中の方も居ただろうに、俺達はなんて酷いことを……ッ!


「まあ、なんだミー君……。ただで風呂と洗濯がいただけると思えばありがたいじゃないか……」


「うう……私女神なのにい……くすん……ねえ、見た? ナツくん。冒険者の人達の顔。すっごい顔してたよね。なんでかなって思ってたけど……ふぐっ わ、私……今後ギルドで汚女神って二つ名で呼ばれちゃうんだあ……うわあん」


「泣くな泣くな! 言われねえから! 先輩方もわかってるだろうから平気さ! この手の依頼は通過儀礼みてえなところもあるだろうしさ! 彼らだって経験済みで、ああアレかくらいに思ってるだろうさ。 ほら、まずはお風呂でホカってさ、ゆっくりと美味いもんでも食いに行こうぜ? な!」


 ぐずるミー君を必死になだめ、それでも足りずに頭をなで……うっわ、何かぬるっとしたキモッ……


 ……肩をぽんぽんと優しく叩いてやると、それでようやく落ち着いてくれた。そして我々新米冒険者は二人仲良く公衆浴場へと向かうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る