第2話 さらった理由とは

……遅え。


 俺を残して女神らしき存在が姿を消してから30分か? こんな真っ白い場所に置き去りにされてしまった俺のことも考えて欲しい。


 しょうがないからデイリー消化でもしようかと取り出したスマホは圏外で、勿論アプリなんて起動しちゃあくれない。


 あんまりにも暇すぎて精神となんちゃらの部屋ごっこでも始めようかと、それらしい構えをした所で先程の女神っぽいのが戻ってきた。くっそ急に来るなよ……。


「ごめん、おまたせしちゃって!」


「全くだよ。暇で暇でしょうがなかったっつうの」


 戻ってきた女神っぽい存在はジャージから着替えては居たけれど、なんというか神様らしいヒラヒラとした服装ではなかった。なんというか、旅人の服? みたいな、RPGのモブ冒険者みたいな服装をしている。


「モ、モブって失敬な! それと神様っぽいとか言ってるけど、私女神だからね! めーがーみ!」


 面倒だな……。


 どうやらこの女神様は俺の心が読めてしまうらしい。そういうテンプレ要素はなくても良いのだが。


「ごほん! 私の名前はミューラニュール。この世界……ええと、シャナ……シャ、シャナトリャクを管理する女神だよ」


「噛むな」


「言いにくいんだよ! この世界! それで貴方は……ええと、真宮まみや 那津弥なつや……23歳……若いしナツくんでいいか。なにか察してるみたいだから雑に進行するけど、ナツくんにはシャニャトリャクに行ってもらいます」


「いきなり気安いし、また噛んでるし、強制雇用だしでツッコミどころのバーゲンセールかよって突っ込みたいですけどね、とりあえずお約束の質問に答えて欲しい。俺は無事に元いた世界に帰れるんですか?」

 

「それは大丈夫。こちらの世界にいる間は年を取らないし、死ぬ目にあっても死ぬことはないし、ちゃんと召喚した当日、あちらで貴方が姿を消した瞬間に戻してあげるから」


 年を取らないのと、元の時間に戻してもらえるってのは良いけれど、死ぬ目にあっても死ぬことはない……か。


 死なないから安心とも考えられるけれど、死ぬ目に遭うような世界なんだな。それを隠さず伝えてきたのはミー君の奴が誠実なのか、馬鹿なのかどちらかだな。


「ミーくん? 貴方こそ気安いですね! っていうか、猫みたいに呼ばないで!」


 ちっ バレたか。口調も緩い駄猫オーラがどことなく漂うこの女神様にぴったりな呼称だと思うんだけどな。心を読むなら猫を被っても無駄だし、もうこのまま雑に行こう。


「くっ……雑に……まあいいです。これから行く世界について、後から怒られるのも嫌なのでもう先にぶっちゃけますけども」


「なんだい? まさかポストアポカリプスな世界に行かせるとかそういうあれかい?」


「それは大丈夫。ポストアポカリプスではなくアフターです。一度文明が破壊された後にしぶとく復興して、ベタな剣と魔法の世界になっているような感じの所なので、ナツくんみたいなARPGファンにはたまらない感じだと思います」


 確かにスイカリムとかワッチャー3とかはアホほどやったし、JRPGのテイロズシリーズやドラクレにエムエムなんかも出れば欠かさず買っている。ただ、それはゲームだからいいのであって、リアルでやるのはまた違うだろうに。


「ミー君さ、この手の作品にありがちなテンプレ進行からすれば、ここに俺が居る時点でその世界に送られるのはもう強制イベントだと思うんだけれどもさ」


「強制じゃない……んだけど、貰った召喚チケはもう無いので出来ればOKして欲しいかな……なんて」


 俺はどこぞの鯖か何かかよ。


 チケが無いなら諭吉の一人や二人捧げて追いガチャでもすればいいじゃん……って、ああ、ちくしょう。そんな顔するな、病院に連れてかれる猫みたいな顔しよってからに。たく、やっぱり実質強制イベントじゃねえか。


「まてまて。なにもいきなり断ろうってわけじゃない。まずは話を聞きたいんだ。

 俺がその世界に行くとしよう。しかし俺は武術の経験がなければ、経営者や職人としての知識もない。ヤのつく身内が居るような事もないただ普通の人間だぞ?

 そんなモブBみたいな俺がそれなりに生活出来るくらいのチートは勿論くれるんだよね……?」


 便宜上チートといったけれど、そこまで凄いものを求めるつもりはない。立派なもんを貰っても俺に使いこなせる自信が無いからな。最低限その世界で生活が出来る程度のスキルを貰ったり、気持ちばかりステータスを強化してもらえたらそれでいいさ。


 ……まあ、まだ何をしろとも言われていないので、それ次第でもあるのだが。


「えっと、その……チート、やっぱそうですよねー……欲しいですよねー、ははは……」


 あ、ミー君が目を反らしたぞ。なんだ? すっげえ嫌な予感がするぞ。


「あのですね、これはナツくんに何をしてもらうかってのにも関係しているお話なのだけれども……」


 ……

 …


 ……ミー君が語った話はこうだ。

 曰く、シャナトリャクは高度な文明を持つ世界にまで発展したが、その後何らかの理由により滅亡に近いレベルで文明が破壊された世界である。しかし、それでも人類は生き残り、現在では各地に国家を作る程度には回復していると。


 問題はその滅びの際に、かつての宗教――シャナトリャクを守護していた女神様への信仰まで消え去ってしまっていること。


 世界を管理するために必要なリソースは住民たちから得られる信仰値……簡単に言えば神様への感謝の気持ちと言うことで、文明の崩壊と共に神の名は失われ、その存在を知らない人々が住むこの世界ではもう貯金を浪費するばかりで枯渇寸前であると。


 その結果、運用に信仰値を消費する様々な特典女神の加護が得られなくなり、不便な生活を強いられているらしいけど、今生きている人達はその環境が普通である様な生活をしているため、特に困っては居ないだろうとのことだ。


ネットのありがたみを知った今、ネットが使えなくなったら不便に思うけど、ネットの存在が無い世界の人からすればそれが無くともなんとも思わない――みたいなもんか。

 

 不便なのを除けば、今のところは特に不利益は無いらしいのだけれども、不味いのは将来的に大きな災厄が訪れた時。


 滅びの危機を迎えたときに使える最大権限、神による管理世界への強制介入――いわゆる奇跡――を起こすことが出来ない。


 そうなれば、滅びゆく世界を只々眺める事しか出来なくなってしまう。


 なので、なるべく信仰値を稼げるようにしたい……と。


 そして驚きなのが、ミー君は3日前に初めての管理世界に着任した新任女神であること。


 さらに元々ここを管理して居た女神様前任者はもう何処にいるのかもわからないため、雑な引き継ぎノートに書かれていた情報以外にこの世界について何もわからないという事だ。


 ……やべえ……断りたい……が、もう完全に承諾した感じの流れになってるので断れない。


 畜生。


「それでですね……現地の人々の中には女神という概念が無いばかりか、元いた女神から管理者がこうして変わっているわけでしょう?」


「そうだね。俺が思った以上になんかめんどくせえ感じだね」


「私は新しい管理者として信仰値を集める必要があるんだけど、私がいきなり女神だぞーって宣伝しても『だれだあてめえ?』ってなるよね」


「知らない兄ちゃんが家に来て『大家俺になったから家賃くれや。現金で』とか言われたら多分お巡りさん呼んじゃうかな」


「だよね。だからさ、信仰値を集めるために私が現地に行って、どうにか地道に営業をして回る必要があるわけで……まあ、私が女神だと言っても信じて貰うとかの前にその概念すらないのですから、まずはコツコツと営業をして神様という物が居るんですよーというのを広める感じかなあ」


 営業する神様ってなんか嫌だなあ……嫌っていうか、痛ましいなあ……街角に居る宗教の勧誘を自らやる感じじゃん……ああ、それでそんなモブ旅人みたいな、モブ冒険者みたいな服装なんだ……。


「あれ、て事はミー君も俺と一緒に旅をするって感じになるの? もしかしてそのために召喚した感じなのかな」


「えへへ……まあそうなるね……女神としてどうなのかって状況だけど、これしか方法が無いので。そして私は外界だとリソース不足の影響を受けて弱体化しちゃうんだ。なので、事情を知る私の仲間として共に旅をしてほしいの」


「一緒に旅をするのはわかった。けどさ、まさか『私こそが貴方に与えられるチートです!』とか言わないよね? ただの人間と弱体化した女神のパーティ? そんなんじゃ俺間違いなく死んじゃうよ」


「そ、その点は……大丈夫……多分……大丈夫。ちょっとくらいなら私も力を使えるし、ナツくんに使うリソースに関してもちょっぴりだけ残ってるから、それを将来に向けて投資するよ」


「多分とか言うなよ……なんだか貴重なリソースを貰うようで悪いけど、少しでも強化されないと死んじゃうからな。ありがたく貰っておくぜ」


「うん、勿論だよ。それにこれだけ残っていても、災厄に対して何も出来ないからね……逆に言うと、ナツくんにも大した事はしてあげられないけど……まあ、追々余裕が出てきたらもっと色々強化してあげるということで……」


「不安しか無い……」


 そして、なけなしの信仰値を消費して俺に与えられた加護というのは本当にお世辞抜きで最低限のものだった。


 まずはこれがないとまず詰んでしまう【言語翻訳】


 会話って大事ですよね。話が通じれば助けてくれたはずの人と出会っても、人語がわからないとなればユニークゴブリンか何かかと勘違いされて襲われてしまうこともあるかもしれないからな。


 そして次のスキルは……と、言いたいところだけれども、どうやらこれから行く世界には今現在スキルという概念はないそうで。


 今もらった【言語翻訳】はスキルではなく、神から授けられた加護ギフト……であり、スキルとは別物なんだとか。


 なにか不安げな顔で手帳を見ながら自信なさげに言ってたから、本当にそうなのかは知らんが……。

 

 スキルがない世界でスキルを貰ったと思えば十分チートと言えるけれど、それもこれ一個だけってなるとやっぱ心もとないよなあ。これって良くある話だと選べるギフトとは別に全員がもらえる『異世界必須セット』の一つみたいな扱いだしさ。


 ああ、そうさ。


 俺が貰えたのは通常おまけのように付与される【言語翻訳】のみだ。その他のギフトは現状リソース不足でどうにもならなかったそうだ……世知辛い。


【言語翻訳】のお釣り……余った信仰値でステータスを多少強化してもらったけれど、それも僅かなものらしいし、そもそもステータス画面を見せてくれないので元からどんだけ強くなったかわからない。


 あー、見たいなあステータス。俺好きなんだけどな、ラノベに良くあるステータス画面文字数稼ぎ


「文字数稼ぎとかいっちゃだめだよ! 私もあれはワクワクしながら読む口だけれども、言ったでしょう? この世界には余裕がないんだよ。スキルの概念もそうだけど、ステータスの概念を実装するのにもリソースが必要なの……今は我慢してほしいな……」


「そう言う事か。いやまあ、無いなら無くても構わんさ。つうか、逆に溢れるほどの信仰地を得られるようになったら一体この世界がどうなるのか楽しみになってきたぞ」


「災厄への備えは勿論必要ですけど、それでも余るようなら……ふふ、リパンニェルさんの世界みたいな楽しい世界になるようにするのもいいね」


「リパン?さんが誰かは知らないけれど、面白い世界になるなら少しやる気が出てくるな。つうわけで、しょうがねえから行ってやるよ。よろしくな、ミー君!」

 

「はい! ナツくん! こちらこそ!」


 まるで花が咲いたかのようにパアっと笑顔を浮かべるミー君はなんだかとっても眩しくって、ああ、これでも一応女神様なんだっけと俺に思い出させるほどに輝いていた。


 知ってるわこの顔。実家の猫が飯の支度を察した時の表情だ。


 そして俺はミー君が開いた転移門ゲートと呼ばれるポータルのようなものをくぐり、異世界への一歩を踏み出した。


 モブに毛が生えただけの俺に何が出来るかはわからないけれど、女神様が一緒なのだから一応は心強い。ま、気楽に異世界ブラリ旅感覚で楽しむとしましょうかね。


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ナツ:【言語翻訳】 STRちから+1 DEX器用さ+1 AGI素早さ+1 INT賢さ+1 MND魔力+1 LUC幸運+1


 ※ステータスは覚え書きとして特別な機会にのみ記述します。

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