ナツくん、女神のミー君にさらわれて信仰心集めの旅へ
茉白 ひつじ
1章 さらわれて異世界の巻
第1話 さらわれました さらいました
一体どういうこった。
釣りに行くかとザックを肩にかけ、愛車に向かっていた筈なのに。
瞬きをした瞬間、なんだか妙ちくりんな場所に立っていた。
何が妙かって、近所には間違っても存在しないような清潔感がある神殿的な場所って所だね。
従兄弟が結婚式を挙げた都会の式場みたいな感じだけれども、うちから徒歩数秒であるようなもんじゃあありませんぜ。
んでもって、足元を見ればなにやら光る文字で綺麗な模様が書いてある。
最近こういう充電器をネットで見て滾ったが、まさかこれが本物の魔法陣って奴で、こいつを使って俺がここに召喚されたとか言わないよね?
ははは、そんなラノベみたいな事が……と、顔を上げてみれば、前方に何やら教卓のようなものがあり、その上に水晶玉のようなものがプカリプカリと浮いている。
ここが何処かも気になるけれど、アレが一体どういう理屈で浮いているのかすっげー気になる。
とりあえずあの玉を調べてやれと歩き始めると、カツコツと硬質な床の感触を足に感じる。
床も壁も白すぎて良くわからなかったけれど、足元に敷き詰められているのはお高い石かなにかだろうか。 歩いたら石が減ったとかで弁償とか無いよな?
いやあ、流石に俺だって置かれた状況くらいは判断できるぞ。自分の頭を疑いたくなるけれど、これはどう考えても異世界召喚的なあれなんだろ?
てこたあ、こんな立派なお部屋にいきなり居るってことも頷ける……が、異世界貴族の家とかマジでゴメンだぞ?
『貴様ー! 下賎な足で我が屋敷を穢したなー! よろしい! 奴隷契約を結んでやろう!』
とかさー! どうでもいいことでケチを付けられ面倒なことになりかねん!
はあ、くわばらくわばら。万が一そんな事になったら目も当てられんな。ここは慎重にじっとおとなしく―
―いやしかし好奇心は止められねえんだ。
なるべく床を摩耗させぬようソロリソロリと教卓前まで歩く。
水晶玉は近くで見てもやはりきちんと浮いていて、糸で吊られているというような安っぽい仕掛けはされていない。
勿論、教卓の下に何か仕込んであるというわけではない。
素人目にざっくり見た感じでは、特に磁力やなんかで浮くような仕掛けがある感じではなく、内側には何もなく空洞になっていた。
なんだろうなこれ、すげー不思議。
上から押すと下に沈み、手を離せばポヨンと上に戻ってくる。
なんだか楽しくなってしまって、しばらくポヨポヨしていたが、卓の隅に何やら2つに折られた紙が置いてあるのが目に入る。
あまりにも不用心に置いてあったため、思わず手にとって開いてしまう。ああ、だめだ。心ではいけないと思いつつ、体は正直なもんでついつい読んでしまう……ッ!
「ええと、なになに? 『20代の健康的な男性で、オタク的な知識を持ちつつ、野外活動も出来る感じの多趣味が理想。オラオラな俺様系はダメ。勿論悪人は却下。かと言って善人すぎる人は疲れそうだから却下。使命に燃えちゃうキラキラ思想ではない感じで……かと言って、他人に無関心なのも嫌だから一般レベルの世話焼き……とかかな?』 なんだこのフワッフワしたメモ書きは……」
なんだろう、この私利私欲にまみれたキャラメイクみたいな、僕が考えたさいつよなお嫁さんみたいな感じの辛くなるオーダーは。
紙に書いてあるものだから、思わず声に出して読んでしまったけれど、それがまた、妙に広々として誰も居ない部屋なものだからやたらと響いてしまった。
が、どうやらそのおかげで話が進みそうだぞ。
「え、ちょ。誰か居る……の?」
いきなりノソノソと現れた――文字通り、何もない空間からノソノソと這い出してきた――のは、赤いジャージを着た女性……目鼻立ちを見るに、日本人ではなさげだが、薄い水色の髪の毛は果たして地毛なのだろうか、それともコスプレなのだろうか。
ジャージを着てコスプレもなにもないか。
「え、あ! あれれ? もう召喚されてるの? ていうか、えっ? コスプレ? ジャージ……きゃあ! 部屋着のままだよ! もー、最悪!」
謎の女性はばたんばたんと音を立てて暴れ、きゃいきゃいと一人勝手に騒いだ末、慌ただしく姿を消してしまった。
……ううん。全てが突然の事過ぎて妙に冷静になっちまってるけれど、これはやはり異常事態だよな。いわゆるあれか? これはやっぱり異世界誘拐ってやつか?
さっきのジャージ……人間離れした現れ方をしたあたり、お姫様とか召喚の巫女ってことはないだろう。
恐らくアレは女神様って奴で、俺にブラックな魔王討伐やら世界改善やらの仕事を押し付けようと攫った雇用主ってことかな?
私腹を肥やすためにってな感じで悪い王様や貴族なんかに召喚されるよりだいぶマシだけれども、それはそれ。俺の許可なくラノベみたいな真似しよって。これは立派な犯罪だぞ。
何にせよいつまでもこんな白すぎる場所に居るのは嫌だ。さっさと戻って説明なり弁明なりしておくれ。
◆◇女神◇◆
三日前のことだった。お姉ちゃん、女神ブーケニュールが珍しく実家に戻ってきたんだ。
「あら、ミーちゃん久しぶりね。もっと顔を見せないとダメよー?」
「それは実家に顔を出さないお姉ちゃんに私が言うことだと思うんだけど!?」
姉は1級管理資格を持っていて、今は確か2つの世界を管理してるんだったかな。しかも、それらはもう手がかからない状態にまで育っていて、暇つぶしにお友達のリパンニェルさんとこにちょいちょい出かけているとも聞いた。
あまり他神が管理している世界に行くことは褒められたことじゃないけれど、お姉ちゃんの場合、リパンニェルさんの指導と言うことで許されてるところがあるとかなんとか……。
リパンニェルさん、勉強は出来るのに実技はさっぱりだったもんな。
そんなお姉ちゃんが戻ってきたということは、リパンニェルさんとこはもう大分いい感じになったのかな?
なんて事を考えていると、心を読むのが妙に上手いお姉ちゃんがペラペラと語り始めた。
「そうなのよ。リーちゃんの世界ね、もう私の世界より凄いわよ」
「え、うそ」
「ほんとよ。もうね、やりすぎなくらい。それもこれも異世界から連れてきた男の子の功績でね、ふふ、もともとリーちゃんはその子に目をつけてたらしいんだけどね……」
お姉ちゃんの話は信じられない内容だった。
曰く、リパンニェルさんが趣味を通じて見つけた異世界の男性に一目惚れをしてしまった事から始まったと。
興味本位でその人のことを調べてみると、どうやら異世界適性が高く、失敗しかけている自分の世界を上手く修正してくれる可能性が高い。
ならばと世界管理者規約において、お手伝い役として召喚できるじゃん! と、大喜びで召喚して好き勝手やらせてみた所……見事管理世界は素敵な物に生まれ変わったと言う事らしい。
おまけにリパンニェルさんは……その男性と結ばれて仲睦まじく……暮らしている……だと?
「……お姉ちゃん。神族と異世界人が結ばれるって許されることなのかな?」
「普通はダメよ。ユウ君は少し特別だったから許されただけ」
異世界適正……かな。
それが一定値を超える人間は、別世界に移動した際に何らかの活躍をする可能性が高い。そんな存在を囲い込めれば世界の安定化に一役買うだろうし。
「違うわよ。ユウくんはそれ以上なの。リーちゃんの加護で亜神になっちゃったのよ。亜神なら将来性を考慮して認められなくもないからね」
「えぇ? 余所の世界の人間を勝手に亜神にしちゃったの……? それこそ許されることじゃあないよね?」
「アマテラさんとの話はついてるし、上だって静観して何も言ってこないからいいんじゃない?」
……上が言わないなら良いのかな? 良いんだよね、きっと。
なるほどな、上手いことやったな、リパンニェルさん。まさに自分色に染めるってやつじゃん! そんなの憧れちゃうよ。住む世界が違う相手との恋愛……そんなん叩き始めたキーボードが止まんなくなっちゃう!
女神様、女神様と懐いてくる人の子を母のように姉のように恋人として可愛がって育てて愛して愛されて……やっべ、日/20万文字ペースで書けちゃうわ。
「うーん? ユウ君はそこまで甘い相手ではなかったんだけどねー って、聞いてないわね。うふふ、ミーちゃんもお年頃ねえ。そういうの好きなんだー」
「んな!?」
「わかるわよー? お姉ちゃんもそういう時期あったわー」
顔が熱い。この姉にはほんと敵わない。全てを見透かされていると言うか、言う前から見通されていると言うか。
私が次に何を考え、何を言うか、全てを理解して先回りをした行動を取る、それが私の姉、ブーケニュールだ。
「そんな私に回り込まれたミーちゃんに朗報です」
「嫌な予感しかしない……」
「なんと! 新米2級管理者のミーちゃんに管理世界をあげちゃいます!」
「へ?」
「しかも今なら異世界人の
管理世界……? それと召喚権? 管理世界の取得は128柱待ちだってこの間言われてきたばかりなのに、もう貰えちゃうの? ていうか、召喚権!?
1級管理者になるか、2級で3000年以上管理世界の維持を経験して初めて得られる特別な権利。それをもう貰えてしまう? そんなうまい話があって良いのだろうか? いや……
「良いのよー。その世界ねー、私の先輩が管理してたんだけどー、先輩め、遠い世界に居る男神と暮らすんだって言ってね、書き置きをして逃げちゃったの。うん、
「ええ……」
「それで管理権が私に回ってきたんだけど、折角だからミーちゃんに上げましょうって思ったの」
優しげな瞳で私を見つめるお姉ちゃん……でも知っている。
この姉がただの優しさだけでそんな真似をしないことを。
姉は自分の身内が面白おかしく行動をするのを見るのが何よりも好きという、ちょっと困った性格をしている。つまりこの話は罠だ。
「違うわよ。違わないけど違うわ。割といいお話なのよ? さっき言ったとおり元は先輩が管理してた世界だから、ベースはしっかりしているの。悪い世界じゃないわよ。悪い世界じゃ」
「なんだか不穏さがにじみ出ているよ!」
「ううん。先輩が
急ぎ調査員を派遣して現地を調べてみれば……一応はなんとか世界の維持はされていたんだけど……もうぶっちゃけちゃうけど、管理者不在の間に滅びかけちゃったみたいなの。
でね、些細なことだけどその際に文明レベルがちょっと退行しちゃったみたいでね。
それでね、本当に本当に些細だけど、色々と知識が失われたせいで
「なるほど、話はわかりました。せっかくですがこのお話は……」
「忘れたの? 男の子を召喚できるのよ? 貴方好みの男の子を指定して召喚できるのよ?そして貴方はその男の子と一緒に……」
「話を続けて下さい! お姉さま!」
とりあえず最後まで聞く価値はあるよね。 なーに、大変そうだったら最後に断ればいいよね。簡単よ、簡単……
……
…
……なんて思っていた三日前の私を叱ってやりたい。あの姉と対峙して言いくるめられない者は存在しないのだから。
はあ、まさかキーワードをちらっと喋っただけで勝手に召喚予約されるなんて知らなかったよ。
ついさっきじゃん。ついさっき陣の前を歩きながら理想の召喚者のキーワードを口ずさんだだけじゃんか……。
まあ、きちんと私の好みに沿ってるっぽいし? 結果オーライだけど……部屋着を見られちゃったのはちょっとつらい。
さらにこれから少しがっかりさせるようなお話をしなくちゃいけないのもつらい……。
つらいつらいばかりも言ってられないか。さっさと着替えてあの子に説明をしてあげなくっちゃね……。
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