第3話 ごはん!
一体今何時なのか良くわからないレベルで薄暗い。
四方からはガサガサ、キィキィ、バサリバサリと得体が知れない音が聞こえてくる。
そして俺の上着の裾をギュッと握っているのがミー君だ。その手はどうやら微妙に震えているようで、恐怖心から俺にくっついて離れない。
我々、信仰値営業隊は今現在、得体のしれない森の中を彷徨っている。
そう、森だ。森なのだ! 異世界もの定番の『スタート地点ヤバげな森』と言うクソみたいなアレを身で持って体験しているところなのである。
「ミーくんさあ……そんなに怯えるくらいならなんでまた、律儀に森なんかに降ろしたわけ?」
「ちがうの! 私だって街の近くに降りてほしかったんだよ! 前任者が設定した設定を変えるのを忘れてそのままゲートを使っちゃったの! 私は何も悪くな……あいたぁ!」
なるほど前任者様は定番の森スタートがお好みだったわけか。それはそれとして、設定変更を怠ったミー君にも罪はある。前任者から引き継いだPCを使い設定ミスでやらかして「俺じゃない。前任の奴が変な設定にしていたからだ」という理屈は通らないのだ。
デコピンを喰らったミー君が悶絶しているが、それはまあいいんだ。とりあえず目標としてはこのヤバげな森を脱出するということ。が、おそらく今の我々の戦闘力は吹けば飛ぶゴミクズみたいなものだ。
なるべく接敵しないよう、慎重に移動せねば……。
◆◇
シャナトリャクとかいうこの世界に降り立ってかれこれ3時間が経過した。
……スマホの時計で確認をしたのだからあってるはずだ。
ミー君ががっしりとしがみついて離れないため、歩きにくい事この上ないのだが、それでもなんとか無事に前に前にと進めている。
けれど、悲しいかな森の出口は一向に現れず、1時間ほど前から必死にグウグウと鳴いて空腹アピールをする腹と戦いながら歩いているわけで。
「ねえ……ナツくーん。さっきからお腹すっごい鳴ってるよ? 恥ずかしながらこの私も結構空腹でして……えへへ」
えへへじゃないよ。 えへへじゃ……まあ、幸いなことに? ミー君に攫われたのは釣りに向かう用意をしていた時だったわけで。
メインの
言いたくはないけれど、攫われても平気なように準備をしていたような感じになっているんだよなあ。
ただし、ザックには食料なんて入っていない。
だってそうだろ? 現代世界にゃコンビニという便利なものがあるからな。わざわざおうちで弁当をこしらえていかなくとも、途中で寄って買っていけばいい。おやつも同様の理由で入っていないわけだ。
ただ、一つ救いがあるとすれば調味料の存在だ。条件が良い時は現地調理を楽しむ俺は、ザックの中にコンロ等と共に塩と胡椒、それと醤油と味噌等の調味料を常備している。
ならば現地調達で……と、行きたいところだが、残念ながら今の所は川や池といった釣りができそうな場所は見当たらない。
魚を捌くためのナイフはザックに入っているけれど、それを使って獣を狩るのは無理だろう。
意味なく持ち歩けばお巡りさんに怒られそうな代物なので、武器として使うのは出来なくはなさそうだけれども、それを使う俺にそんなスキルも経験も無い。自爆して怪我をするのがオチだ。
「ミー君。残念ながら俺は食い物を持っていない。ミー君はどうだね」
「奇遇だねナツ君。見ての通り私も何も持ってないんだ。手には何もね!」
なにやらドヤ顔で言っているけれど、見ての通りも何も、手ぶらだもんね。ミー君は服装だけは立派だけども、肩掛けかばんすら装備していない。
何かを聞いてほしそうな顔をしてるので、渋々アイテムボックス的な物に入れてるとか? なんてお情けで聞いた瞬間、予想通りドヤヤヤヤァと、ウザい感じになった。
「よくぞ聞いてくれたね! 私が何の備えもせず地上に降りると思わないでほしいね! コツコツと用意した旅の支度! そりゃあもう万全さ! じゃあ、まずは美味しいご飯でも……む? むむ? むむむー?」
ミー君は虚空を手で掻き、それを何度か繰り返した後、焦った顔で何か考えている。
「あれ? あれれ? おかしいな? どうしてかな? あれれ?」
「どうした? まさかストレージにアクセス出来ない……ってわけじゃあないよね?」
「……どうしよお私の荷物……あるのにないよう……とりだせないよお……」
……下界では現状リソース不足でストレージにアクセスするのが不可能であるということが判明してしまった。
そしてそれを考慮せず、荷物を全てストレージに入れて来てしまったということで、手ぶらのミー君はめそめそと泣いている。
まったくもって早くもポンコツ駄女神の香りを漂わせてくれるよな。
「まあ、泣くなよミー君。やってしまった事は仕方ねーさ。となればさしあたって食料の調達をする必要があるわけだ。現状で可能な範囲で言えば水と植物由来の食料に限るがね」
「自慢じゃないけど食べられる植物とかわからないよ」
「ほんと自慢じゃねえよ。まあ俺も人のこと言えんか。日本でなら食える野草やキノコは幾つか知ってるけど、異世界じゃその知識は役立たないだろうからなあ」
釣り以外にも山菜やキノコ狩りも好きな俺は、親戚が所有する山で季節になると採らせてもらってるので、それなりに現地調達の知識はある。しかしそれはあくまでも日本の話しだ。海外ならまだしも、異世界となればそんな知識役に立つはずはない、そう思ったのだが。
「や、待って。いけるかもしれない。私って神族だけど、ナツくんとあまり変わらない姿をしているでしょう?」
「ああ、そうだな。俺にとって都合が良い姿に見えているとかではないのか?」
「違うよ。誰が見ても私はかわいいかわいいこの姿。神族も色々な姿の種族が居るけれど、基本的に自分達と体の作りが似た種族を生み出すのよ」
なるほど。確かに見た目が近い姿をしていたほうが安心できるな。にょろっとした神様とか邪神呼ばわりされてしまいそうだし。
「ヒュームにエルフやドワーフ、獣人等の種族も居るけれど、それだって貴方の世界で言う人間に近い姿かたちをしているじゃない?」
「そうだな。多少の差はあれど、二足歩行で口から言語を発生し、手を使って道具を使う。俺が知ってる人類の姿だわ」
「でさ、周りの草木を見てよ。君の知る物とそうかわりはないでしょう?」
「言われてみれば……」
「平行世界とまではいかないけれど、似たような世界というのは無数にあってさ、管理神の好みで多少の違いはあれども、同種の神が作った世界の生態系は結構似通ってくるんだよ」
「なるほどな。つまり、この世界の住民と似通った姿をしている俺ならば、この世界の環境に適合するし、食えるものもそうじゃない物も同じ様に作用するとかそういう事だな?」
「そうそう。食料問題もそうだけど大気の組成や気候だってそうよね。仮に貴方が酸の雨の下で硫化水素を吸って暮らすニョロニョロな感じの種族だったら、ニュルニュルな感じの神にそういう人類が住む世界に召喚されていたでしょうね」
「そう言われてみれば妙に納得がいくな。ここは地球に良く似たファンタジーな世界であると。であれば俺の知識も少しは役に立つというわけか」
「そういう事! 頼りにしてるよ。あ、お水くらいなら私が魔術で出せるよ。そこは任せてね」
おっと、異世界らしいキーワードが出てきたぞ。そういやスキルはないけれど、魔法的な物はあるとかいってたっけ。それは後からたっぷり披露してもらうとして、まずは食材探しだな。
確かに言われてみれば、どことなく見たことがあるような植物が生えてるな。
今の季節はわからないけれど、見知った山菜やキノコに似たものが季節感をガン無視して並んでいる……ほんとに大丈夫なんだろうな?
キノコは流石に怖いから植物にしておこう。植物だって下手をすれば死ぬような毒草もあるけれど、キノコよりは判別が付きやすいからな。
そしてミー君に説明をしながら採取すること1時間。我々は食材を手に入れた。
「見たまえミー君。これがタラの芽もどき、これがミズもどき、そしてこれがウルイもどきだ」
「名前を言われてもわからないけれど、食べられそうな雰囲気がしているのだけはわかったよ」
なんだか残念な反応をしているが、どうやら魔術で火や水を出してくれるそうなので帳消しにしてやろう。
「じゃあ、このお鍋に水を出すね……ほいっと」
ミー君がコッヘルに手をかざして気が抜けるような掛け声を言った瞬間、綺麗な水が現れそれを満たした。
「へえ、何かこう詠唱や魔術名を言うのかと思ったけどそんなことないんだな」
「この世界の人類はそういうのを必要とするみたいだけど私には無用だよ。これでも神様ですし?」
そうだった。時折忘れかけるけれど、これでもミー君はこの世界を管理する女神。魔術的な部分で優れて居るのも伺える。
そして同じ要領で薪に火をつけてくれた。ガス燃料なんて直ぐに枯渇するだろうから使えないし、かといってファイアスターターで火をつけるのも大変そうだと思っていたから正直めちゃくちゃ助かる。
調味料は二人で使えば2週間分くらいはあるだろうか? 味噌と醤油はこちらで手に入れるのが不可能だろうから温存したいところだが、今日くらいは少し使ってもいいだろう。
ミー君を水道代わりに山菜を洗う。いやあ、ほんと便利だなミー君。キャンプの時にめちゃ重宝するわこれ。
タラの芽もどきとウルイもどきは出汁入り味噌で味噌汁にして、ミズもどきは軽く醤油を回して油炒めにした。
醤油を落とした瞬間、やばかったな。ジュッと音がして香ばしい香りがわっと漂うんだ。もう、胃袋がひっくり返るんじゃないかってくらいに反応をしたよ。
ミー君もそれは同じだったようで、なんだか餌皿を前にした駄猫のような顔をしていたわ。
「男料理の大したもんじゃあ無いが、食べようか」
「凄いねナツ君。私てっきり焚き火で野菜を焼いたようなのが出てくるとばかり」
「釣りに行く直前に召喚したのが功を奏したな。道具がなかったらマジでそうなってたぞ? ミー君は手ぶらだしな」
「そうですね……」
焚き火をはさみ、いただきますをして食べた料理はそこまで美味いものではなかったけれど、お腹が減っているのもあって悪くはなかった。
若干知っている山菜よりもエグみがあるような気がしたが、それも調味料のおかげでそこまで気にならない。持っててよかった調味料だな。
ミー君もうまいうまいと言いながら嬉しそうに食べている。そんな顔で食べてくれるんなら作った甲斐があるってもんだ。
ゆっくりと食事を済ませ、
「っと、そろそろ夜になるわね。今日はこのままここで野営しましょう」
薄暗いせいで時間間隔がわからなくなっていたけれど、ミー君には体感でわかるようだな。なるほどいざって時は時計代わりにも使えると。火や水を出せる分スマホより便利だな。
「私を便利な道具扱いしている気がする……!」
「気のせいだ。しかし、こんな場所で火を焚いて寝たら魔物やらに襲われるんじゃないか?」
「ふふん。今更よナツ君。あんなにいい香りを漂わせたらとっくに魔物に取り囲まれていたはずだよ。というか、ここまで魔物と一切出会ってないでしょう?」
そう言われてみればそうだ。こんなに怪しげな森を歩いているのに魔物との遭遇イベントが一回も起きていないというのはおかしな話だ。
「何を隠そう、私が結界を張っていたからね。50m四方には魔物は近づけないはずだよ! 女神としての力はかなーり制限されてるけどこんくらいは出来るわけ!」
「おお、すげえな。いやあ、ミー君と一緒で良かったと心から思うよ」
「そう? もっと褒めて? えへへ」
聞く所によると、その結界はミー君が眠っている間も効果を発揮するとのことで、思った以上に便利そうなものだった。
ただ、ミー君が著しく弱った場合はその限りではないとのことだけれども、地上に降りて力の多くが封印されているとは言え、女神なのだからそこまで弱ることはないと胸を張っていっていたので信じていきたい。
お腹は一杯になったし、焚き火は暖かいし。なにより結界という何よりの安心を得たせいか急に眠気がやってきた。寝れるときに寝ておくのは良いことだ。ここは素直に睡魔のもとに下ろうじゃないか。
異世界生活1日目、これにておしまいだ。
おやすみー……。
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