第13話 呼び捨てデビュー

『あの子に何かあったらどうするの!?』

「…ごめんなさい」

『入院してる久子には、ストレスを与えたくないのよ。何がストレスになるかわからないのよ』


僕は病室で斉藤久子の母親から、こっぴどく叱られた。言い返したい気持ちもチラチラとはあったけど、飲み込んだ。

事実、倒れてしまったし。

取り返しがつかないようなことも起きるかもしれないし、死期を早めてしまったかもしれない。


だから、言い返せなかった。


すると、車椅子に乗せられた斉藤とそれを押す看護師が戻ってきた。

母親は斉藤のそばにすぐに近寄り、何か話していた。怒られてないといいなと思った。


看護師に促されて部屋を出る。

帰ろうと歩き始めたところで、後ろから声をかけられた。


『ちょっと、キミ!』


振り返ると、さっきの看護師がいた。

胸には「井上」というバッジをしていた。


「なんでしょうか?」

『勝手に部屋を連れ出すなんて、何かあったら親なら心配するよ』


また怒られるのか…と、思った。


『でも!また御見舞にはきてあげてね』

「え?」

『キミ、最近よく来るでしょ?キミが来てくれるようになって、久子ちゃん、前より笑うの』


ちょっと予想外な言葉だった。

なんか嬉しかった。


『少しでも笑っていて欲しいじゃない?でも私達には無理だから…。無力でごめんなさい』


治せなくてごめんなさい。

久子ちゃんは死にます。

そう聞こえた。やるせなかったし、昔のことを思い出してしまい、モヤモヤした感情だけ残った。


帰り道、携帯に斉藤からのメールが来た。


──今日はごめんね、サトシ。

お詫びに今度から名前で呼ぶことを許します。

久子様、久子殿、久子嬢、何でもOK(笑)


どこがお詫びなんだ?先に呼び捨てじゃんと思いながら返信する。


───どんな、お詫びだよ。

先に呼び捨てだし。まあ…また来るよ。

次は何すればいいか考えといて…

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