チューベローズのせい


 ~ 一月二十九日(水) 二重奏 ~

 チューベローズの花言葉

          危険な戯れ



 そう言えば、先週末。

 お隣りさんが、何かを企んでいた気がする。


 夜、歯磨きをしながら。

 ふと思い出したその瞬間。


「みっけたのーーーーー!!!」

「でかしたほっちゃん!」


 ……不穏なギャラルホルンが聞こえたので。

 俺は、お隣りにあるアースガルズへサンダルをひっかけてお邪魔すると。


「ふっふっふ」

「ふっふっふ」


 どうやら、ラグナロクは。

 もう到来していたようなのです。


「なんですか、そのおっかない二重奏。何を見つけたのか白状しなさい」

「ふっふっふ」

「ふっふっふ」

「……あと。それを今すぐやめなさい」


 どうせ下らぬものだろうと。

 高をくくっていたことが。

 今更後悔されるほどのいやらしい顔。


 何を発見したのか知りませんが。

 よっぽど俺に不利なものなのでしょうね。



 よし、決めました。



「さあ、引っ越しの準備を始めないと」

「そうはいかないの」

「そうよ? 逃がさないわよ?」

「逃げますよ。隣駅辺りに」

「そうはいかないの」

「そうよ? 逃がさないわよ?」

「……じゃあ、二駅向こう」


 そんなことできないくせにと。

 的を射た指摘をした後。


 二人は手を握り合って。

 タイとヒラメの舞い踊り。


 挙句に。

 歌など歌い出したのですが。


「……せめて同じ歌を歌いなさいな。聞き取り辛くて脳がパニックなのです」

「同じ歌よ?」

「同じ歌なの」


 ああ、そうか。

 穂咲の声の波形だけ。

 耳から脳に入れなければいいのですね?


 俺は、先日のように。

 穂咲の口が滑ることを期待しつつ。


 二人へお茶を淹れながら。

 おばさんの歌声だけを耳に入れていたのですが……。



「あれ? …………ちょっと! そのメロディー!」


 これ。

 間違いないのです。


「思い出した? 昔、よく聞かせてあげてたからね~」

「オルゴールの曲じゃない!? ちょっとまって! どういうこと!?」

「どういう事って。べつにどうもしないけど」


 俺の剣幕に。

 きょとんと首をひねるおばさんが。


 踊りっ放しで歌いっぱなしの。

 穂咲にぐるんぐるん振り回されているのですが。


「いやいやいや! そのメロディー、ちょっと特別なものなのです!」

「そりゃそうよ。世の中に出回ってない曲だもん」

「だから! なんでそれをおばさんが!?」


 千草さんの所で聞いたメロディー。

 小さな頃、どこかで耳にしたものと思っていたのですが。


 まさか、オルゴールではなく。

 おばさんの歌として聞いていたの!?


 でも、あれ? ちょっと待って?

 たしか、千草さん。


 オルゴールは。

 直接工房に来た人にしか売ったことが無いと言っていましたよね?


 じゃあ、おばさんは。

 だれからその曲を聞いたの???


 混乱する俺に。

 さらなる追い打ちが襲い掛かります。


「ふっふっふ。道久君は、なんだか忘れっぽい人なの」

「ふっふっふ。ほんとよね~。でも、物的証拠があれば、ぐうの音も出ないはずよ?」

「そういう事なの」


 ふっふっふ。

 ふっふっふ。


「物的証拠って何? 俺、何かしました?」

「そんなの、明日読んで聞かせたげるの」

「じゃあ、文章ですか?」

「こらほっちゃん! お口、ホッチキス!」

「……チャックくらいにして欲しいの」

「チャックを上下に縫い付ける方が大惨事でしょうが!」

「…………ほんとなの」


 バカなやり取りをしながらも。

 これ以上バラしてなるものかと。

 俺を追い出そうとするおばさん。


 でも。

 そういう訳に行くものですか。


「いてて、足蹴にしないで下さい。穂咲は口が堅いから大丈夫です」

「そうなの。それに、もう隠してあるから平気なの」

「見つけたものを隠したのですね? その隠し場所を、また忘れそうですが」

「じゃあ、あたしの代わりに、道久君が覚えとくの。制服のポッケって」

「ほっちゃあああああん!」

「ぎゃあ!」


 とうとう、本気のトラースキックが俺をリングアウトさせると。

 閉めた裏口に、珍しく鍵などかけられたのですが。


 ポケットに入るようなもので。

 文章。



 はて?

 


 なんのことやらまるで分かりませんが。

 俺に相当の被害を及ぼす悪魔の書なのでしょう。



 さあ、本格的に。

 引っ越しを考えますか。



 俺は、ポケットから携帯を取り出して。

 見知った名前をタップしました。


「……ダリアさん? 夜遅くすいません」

「ダイジョウブだ、少年。大人の夜は、ベッドに入ってからがスタート」

「そういうのいりません」

「……デハ、なんの用?」

「ロシアって、どうやって行けばいいのです?」


 俺の質問に。

 返事が遅くなったのは。


 意図を汲んで、汲んで。

 考え抜いた結果。


 ダリアさんは、誰かと話す時。

 その意図を、十中八九把握する才女。


 ……そう。

 十中八九。


 だから、十中二一は。

 こうして外れるのです。


「ロシアへの行き方?」

「はい」

「…………ミチヒサくん。楽器は持っているカ?」

「そのネタはいろいろNGです」


 俺は。

 危うく時の人にされそうになりました。



 ……それにしても。

 なにが見つかったのでしょうね?

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