クロッカスのせい
~ 一月二十一日(火) 123人 ~
クロッカスの花言葉 悔いなき青春
123個。
作りに作った目玉焼き。
もはや、好きでも嫌いでもない。
そんな感情しか湧かない食べ物が。
昼休みの教室で。
見事に売り切れたのです。
「うめえ! これが藍川の目玉焼きか!」
「願いが叶った! まさか、藍川先輩の目玉焼きを食べれる日が来るなんて!」
「さすがはお花先輩! どうやったらこんなおいしいものが作れるの?」
「わが青春に悔いなし!」
急な開催にもかかわらず。
大盛況で幕を閉じた。
目玉焼き大会第一幕。
その主催者は。
「ふう! いい仕事したの!」
ハードルの高い参加資格にもかかわらず。
百二十三人もの客を集めた
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、随分と長いコック帽に収めて。
そのてっぺんに、クロッカスを揺らしています。
しかし、うちのクラスの悪ふざけ好きと言ったら。
机をわざわざ貸してくれて。
特設会場を作ってくれたのですが。
なんと言いましょう。
その行為が逆に疎ましい。
「じゃあ、みんな協力してくれたんだから。ちゃっちゃと第二幕を開始するの」
「ちゃっちゃと行けると思う?」
俺の見つめる教室内。
その机の上に。
並びに並んだ目玉焼き。
その数、百二十三個。
「大会の参加費が間違っているのです」
「間違ってないの。ぎぶ&ていくなの」
そう。
これらはすべて、大会への参加費。
やはり。
どう考えてもおかしいのです。
「じゃあ、審査よろしくなの」
「審査も何も」
穂咲の目玉焼きを食べるために。
百二十三人が持ち寄ったもの。
それは。
食べづらい目玉焼き。
一人、一ヶ。
「食えるわけあるかい!」
「さあ、どんどん行くの!」
「行きません」
だって、どれもこれも。
本当に食べづらい。
「まずは、江藤君の力作なの」
「江藤君にこんな才能があったなんて」
ライスペーパーに食用絵の具でイラストを描いて。
それを目玉焼きに張り付けて。
「また、えらくリアルな絵なのです」
「ほら、あーん」
「つーんです」
食べづらいですよ。
小学生ぐらいの女の子なんて。
「じゃあこっち。パティシエを目指す二年生、えりぴょんちゃんの作品」
「これもすごいですよね」
生クリームを重ねて塗って。
美しいティアードを作った超力作のショートケーキ。
もちろんイチゴは主催者の口の中に入っているのですが。
「はい、あーん」
「これはベストテンに入りますよ? 本気で食いにくいのです」
だって、見えないということは。
スポンジ部分がまるっと目玉焼きなのですよね?
穂咲は次々に。
暗記している作者名と合わせて。
勧めてくるのですが。
いらん方向に本気を出した力作たちが。
俺の食欲を根こそぎ奪ってしまうのです。
「そんな事より。これだけのことをしておいてまったく思い出せないのですか?」
「何を?」
「ゴールテープは見ながら走ってね?」
自分が探しているのでしょうに。
食べづらい目玉焼き。
俺が恨みを込めて見つめていると。
ようやくこいつは目的地を思い出したようで。
「…………あった?」
「だからおかしいのです。あったかどうかを確認できるのは君だけだと思うのですけど」
「そりゃごもっともなの」
てへっ。
ぺろっ。
あーん。
食いませんよ。
「……こん中にはなさそうなの」
「ヒントすら?」
「ヒントすら」
「はあ、残念でしたね」
ずっと探し続ける思い出の目玉焼き。
これだけのことをしたのにたどり着けず。
穂咲はしょんぼりと背中を丸めますが。
「じゃ、道久君が全部食べるの」
俺はお腹が丸まりそうなのです。
「いやいや。無理ですって」
「そんなこと言わないで欲しいの。まずはこいつらを片付けないと」
「……まずは?」
どういう意味なのか。
眉根を寄せて問いただした直後。
穂咲が指差す先を見て。
思わず悲鳴を上げてしまったのです。
「どんだけ余ってるのさ玉子!!!」
「だって、二百人以上来るって思ってたから」
山と積まれた十個パックの玉子は。
まだ十個以上残っているのですけど。
こんなのどうしたら…………?
いや?
逆にうまくいくかも。
「……よし。上手い方法を思い付きましたので、君は準備をお願いします」
俺は穂咲に、作業内容を伝えてから。
急いで放送室へ向かい。
全校へ向けて。
呼びかけたのです。
『えー、藍川穂咲の目玉焼き大会へ参加していただいた皆さんへお伝えします。ご自分の作られた目玉焼きは、ご自分で美味しくいただいて下さるようお願いいたします』
そんな放送に。
校舎が震えるほどの大ブーイング。
でも、それが。
歓喜の声にとって代わりました。
『ただとは申しません。報酬として、穂咲の目玉焼きをもう一つ差し上げます』
湧きあがる歓声。
俺たちの教室へ、我先にと移動する激しい足音。
そして響き渡る。
自分の作品を口にしたことによる悲鳴、悲鳴、悲鳴。
「……そんなの食わせようとした罰なのです」
俺は無事に難題をクリアーして。
意気揚々と。
教室へ戻りました。
……俺の食べる分が無くなっていました。
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