ミニバラのせい


 ~ 一月二十二日(水) 三銃士 ~

  ミニバラの花言葉 無意識の美



 こいつはよく。

 おかしなことをする。


 毎日、毎時間。

 変なことをして。


 週に一度は。

 予想だにしなかった。

 とんでもないことをやらかす。


 見ていて飽きない。

 ともすれば、こいつが隣にいることで。

 幸せな人生なのかもしれない。


 ……だが。


 月に一度。

 こんな具合に。


 関わり合いになりたくない程。

 めちゃくちゃなことを始めるのです。



「……おい」

「にらむ相手が間違ってます。おれも被害者ですから」


 授業中だというのに。

 教室の左前の角っこに。


 机四つで扇に枠って。

 その中に納まる藍川あいかわ穂咲ほさき以下、女子三名。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 三人お揃い。

 ミニバラをあしらったフェルト帽に押し込んで。


 箒を構えて。

 偉そうにふんぞり返りながら。


 今、日本から。



 独立を宣言しました。



「……おい、秋山」

「知りませんってば」

「国境に使われている四つの机のうち一つは間違いなく貴様のものだ」

「穂咲が王様になるために接収されたのです」

「ああ、歴史上ありそうな話だな。国家の独立運動に巻き込まれて、小国が消滅することが」

「消滅させないで下さいよ」


 こんなことで、俺の存在を学校から消滅させられたらたまりません。

 中退になっちゃう。


 やむを得まい。


 俺は、王様を説得してみることにしました。


「……ねえ、穂咲。それは何の真似だか教えなさい」

「あのね? 三井さんと冷泉れいぜいさん、何をするにも二人一緒の仲良しこよしなの」

「知ってます」

「そんな二人がね? 卒業して離れ離れになるのが嫌だって言ったの」

「なるほど。気持ちは分かるのです」

「だから、あたしが一肌脱いだの」

「それがどうして独立騒ぎに繋がるのです?」


 俺の問いかけに、穂咲はふんすと鼻息を荒げながら。

 武器に見立てた箒を床にごすんと叩きつけて。


「学校側が勝手に決めたルールに縛られるを良しとせず! 我々は! ここに留年することを宣言するの!」

「はあっ!?」


 あまりの発言に、椅子から立ち上がった俺に見向きもせず。


 穂咲は、芝居がかった仕草で。

 後ろで困った表情を浮かべる三井さんと冷泉さんに目配せをすると。


 それぞれが手にした箒とモップをクロスさせて。

 高らかに名乗りを上げました。


「我らの名は!」

「リ、リューネンブルグ……」

「さ、三銃士……」

「自由を勝ち取るまで! 戦い抜くの!」


 そして箒を高々と掲げると。

 胸を反らしてふんぞり返るのですが。


 ねえ、君に付き合わされたお二人が。

 真っ赤な顔を両手で隠してしゃがみ込んでしまったので。

 勘弁してあげなさいよ。


 ……しかし。

 三銃士ねえ。


「あのですね、王様。なんの三銃士だって?」

「留年ブルグ三銃士なの」

「ドイツの有名な都市は、ブルです」

「……そうなの?」


 三井さんに振り返った女王様。

 ヤーともナインとも返事を貰えず。


「そして三銃士は、フランスのお話です」

「そうなの?」


 さらに冷泉さんに問いただしても。

 ウイともノンとも言われません。


 その代わりに。

 二人はここにきてようやく。


 王様を説得し始めたのでした。


「穂咲ちゃん、もういいから……」

「あたしたちが悪かったから。もうやめねえか?」

「そういう訳にはいかないの。学校の言いなりになって、一番の希望を棒に振るなんておかしいの」


 ……まあ。

 言いたい事は分からないでもないのですが。


「仕方ないでしょうに。それぞれの夢に向かって進むのは当然なのです」

「でもね? あたしも、結構卒業したくないの。二人と気軽に昨日のドラマのお話とかしたいの」

「すればいいじゃないですか、卒業しても」

「……でも、そばにいないの」


 なるほど。


 気軽に声をかけることができる距離。

 それが重要という事なのですね。


 ……学生にとっての世界は。

 家庭と。

 クラスと。

 バイト先。


 特にクラスが一番大切で。

 仲のいいみんなと。

 すぐに会話できる環境が。

 とても心地いい場所なのです。


 でもね?


「困ったことに、それはできない相談なのです」

「なんで?」

「だって、穂咲は目玉焼きやでお客様に料理を作ってる時、俺からドラマの話をされたらどうします?」

「……ちっと待っててもらうの」

「そういうこと。……お二人も、自分のやりたい事に飛び込んでいくのですから。勉強に仕事に、目一杯の時間を使うことになるのです。ドラマの話は、手が空いてから」


 すると穂咲は、どう返事をしたものか考えあぐねて。

 まったく違うわがままを言い出しました。


「でも、そばにいないの」

「携帯があるじゃないですか」

「でもでも、それじゃなんだか、離れてく気がするの」


 ……そう。

 今、君が目に涙を溜めながら言ったこと。

 それが一番の想いなわけで。


 二人が抱く不安な気持ち。

 君は、それを救ってあげたかったのですよね。


「……大丈夫。お二人ならぜんぜん平気なのです」

「何でなの?」

「ドラマの話しをしたいなって、相手も思っている事が。簡単に分かるから」


 そう。

 こんなに仲の良いお二人なのですから。


 きっと大丈夫。


 穂咲が思うよりもちょくちょく。

 お互いに連絡を取り合う事でしょう。


「……確かに、距離は離れますけど。同じクラスのメンバーであることには変わりありませんし」

「そうなの?」

「はい。教室の壁が、世界の果てまで広がるだけのことですって」


 卒業って。

 きっと、そういうこと。


 仲良し同士ばかりでなく。

 このクラスのみんななら。

 お互いに、ちょくちょく連絡を取り合う事でしょう。


 三井さんと冷泉さんは。

 俺にしっかりと頷いた後。


 穂咲の涙を両側から拭いてあげて。

 そしてようやく机の向こうから出て来たのでした。


「……でも。あたしはちょいちょいドラマの話をしたいの」

「まだ粘る!?」


 未だに日本へ領土を返還せず。

 呆れることを言い出す女王へ。

 苦笑いを向ける三井さんと冷泉さん。


 でも、どうにもこのクラスの連中は。

 お互いに相手を思いやり。

 特に、穂咲を甘やかし。


 ……俺にだけ厳しいのです。


「大丈夫だって! 道久がいつでも聞くってさ!」

「ちょっと! 俺だって学校に仕事に忙しくなるのですよ!?」

「秋山はちゃんと穂咲の横にいてあげなさいよ!」

「無茶を言わないで下さい!」

「そうだそうだ!」

「ぐだぐだ言うな!」


 なんという罵声の嵐。

 こうなると、もう逆転なんかできません。


 俺は尻尾を巻いて廊下に逃げようとしたら。

 教卓の前で。

 先生に襟首をつかまれました。


「ぐえっ!? 何の真似です?」

「逃げるな。出席日数的に、貴様が留年するかもしれんぞ?」

「……ほんと?」

「ああ。ギリギリだ」


 前門に虎。

 後門に狼。


 逃げたいけど。

 教室にはいないといけない。


 俺は急いで逃げ場所を探して。

 いい場所を見つけました。



 最適解。



 亡命。



「ちょっとお邪魔しますよ?」

「パスポートも無しで勝手に入ってきちゃダメなの」


 すると国王が。

 渋い顔で、入国審査をするのです。


「リューネンブルグしにきたの?」

「ソツギョーシュタットしたいのです」


 そう言いながら、軽くジャンプして。

 しゅたっと着地したら。


 鼻で笑われて。


「……出直してくるの」


 教室こくがいへ追放されました。



 ……そんな亡命騒ぎを経て。

 罵声はやみましたが。


 そんなに穂咲といたいのかと。

 みごとに袖にされたなと。

 延々からかわれ続けました。



 ……本気で亡命したくなりました。

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