ボタンのせい


 ~ 一月十七日(金) 四方向 ~

  ボタンの花言葉 エゴイズム



 卒業式のお手伝い。

 そんなの普通は。

 二年生にやらせるものでしょうに。


「……なぜ俺が」

「図書館から連絡があってな。公共の場で当校に恥をかかせおって」


 ん? 昨日の話?

 俺の名前など分かるはずないのに。


「なんで俺たちだと分かりました?」

「貴様の町内で悪事を働くやつなど、お前たちしかおるまい」

「なんて偏見」

「現に正解しておるだろう。ほら、とっととマイクテストしろ」


 納得がいくような。

 いかないような。


 体育館の壇上で。

 舞台袖から運んだ、豪勢な演説台を前にして。


 俺は体育館の中央に立っている先生をにらみながら。

 マイクのスイッチを…………。


「あれ? マイクは?」

「しらないの」


 そんな返事をした。

 最近、やたらと肩がこるとぼやくこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、頭のてっぺんでお団子にして。

 そこに挿したボタンの花を。


 肩を叩くリズムに合わせて。

 右に左に揺らしていますけど。


「…………そうですね。君は、マイクというものの存在を知らないのですよね」

「失礼なの。マイクくらい知ってるの」

「じゃあ、その手に持っているものは?」

「肩たたきにちょうどいい感じのやつ」


 俺は、屁理屈を言う穂咲にチョップをくれて。

 肩たたき棒を取り上げてスイッチを入れて。


「あー、あー。本日は晴天なり」

「…………はっ!? マイクだったの!」

「いまさら!? そして取らないで下さい、テスト中です!」


 てへっ。

 じゃありません。


 ぺろっ。

 でもありません。


 ごん。

 でも…………、おい。


「なぜ叩いた」

「スピーカー越しに響いたの。いいテストになったの」

「そんなのテストになるわけ……」

「あー、藍川。今と同じ強さでもう一度」

「はいなの」

「やめんか」


 この極悪コンビめ。

 冗談じゃない。


 俺は穂咲からマイクを再びひったくって。

 演説台にコンコンとぶつけました。


「こら秋山! ゴンゴンやかましいからやめんか! そんなことでテストになるわけないだろう!」

「自分で言ったんじゃないですか!? ああもう、あーーーー。これでいいですか?」

「なにか言葉でしゃべってくれ」

「う」


 そうは言いましても。

 急に言われると思い付きません。


 と、言うより。

 恥ずかしくてかっこ悪くて。

 マイク越しに何かをしゃべることに抵抗があるというか……。


「あたしがやるの」


 そんな、物怖じする俺から。 

 平気な顔で。

 マイクを取り上げた穂咲の横顔は。


 未だにつまらないことで見栄を張る俺と違って。

 とても大人で。

 かっこよくすら見えて。

 

 しかも。



 格好をつけて書いた言葉も――

 全部辞書の受け売りだけど――


 何百年先もこの言葉――

 ウソではないと約束しよう――



 ……どこで聴いたのやら。

 また、例の歌を歌い出したのです。


 恋の歌。

 いや、プロポーズの歌。


 例えば。

 ほんとに例えば。


 俺が君にプロポーズしたくなったとしても。


 子供な俺が。

 大人な君に。


 釣り合うなんて思えない。



「……どう?」

「うむ、いいだろう」

「じゃあついでに、あたしが答辞をやりたいの」

「ばかもん。答辞は渡に決まっているだろう。主席だからな」

「そこを何とかなの」

「ならん」


 …………何年経っても変わらない。

 いえ、きっと。

 何十年たっても変わらない。


 ちょっと君を心の中で褒めると。

 すぐにそのことを後悔することになるのです。


 さっきの歌で言えば。


 何百年先もこの言葉。

 ウソではないと約束するのです。


 ……君はやっぱり。

 どうしようもない子です。



「とは言え、いい歌だ」

「さすがお目が高いの。だからあたしを……」

「ならん」


 ぶんむくれている穂咲を放っておいて。

 俺は、先生に訊ねてみました。


「先生、この歌ご存知ですか?」

「どういう意味だ? 初めて聞いたと思うが」

「やはり知らないか……」

「うむ。だが、いい歌だ」

「そうですよね」

「貴様もいい文章を書きたかったら辞書を使え。手で調べればしっかり身につく」

「そこ!?」


 さすが石頭。

 携帯否定派。


 今時、辞書なんて重いだけで邪魔なのです。


 しかし、辞書。

 それ、忘れてましたよ。


 俺の部屋にあった、おじさんの辞書。

 どうして小学生の頃に貰ったと思っていたのでしょう。


 ……そんな些細な悩みが。

 一瞬で吹っ飛ぶ。


 君といるとほんと。

 人生が暇なしなのです。


「……なにを持たせているのです?」

「横断幕の位置を確認するらしいの。ちっと持っててって言われたの」


 右手のロープにかかる重み。

 振り返れば、そこには片側だけ持ち上がった白い布。


 そして。


「いやいやいや。逆の手にも握らせるとか、正気!?」

「だって、重いから」

「浮いちゃいますよ」


 壇上で作業する先生方が。

 高さをチェックする間。


 いいように使われている俺なのですが。


「柱か何かに結べばいいじゃないですか!」

「おい、秋山。は、なんかやっておるな。藍川、巻き尺の端を持っていろ」


 先生はいつもの仏頂面のまま。

 穂咲に巻き尺の端を握らせて体育館の入口へ向けて歩き出したのですが。


 俺のことなどお構いなしに作業を続けなさんな。

 じゃないと、ほら。


「あ! 十円玉みっけ! きっと昨日のなの!」

「そんなわけないでもがっ!」


 穂咲は巻き尺の端を。

 俺の口に咥えさせて。

 舞台袖に向けて一目散。


「ようし、藍川! ピンと引っ張るからしっかり押さえてろ!」

「もがっ!?」


 ちょおっ!?

 こっち見て!


 三方向から引っ張られて、俺の体が……!


「道久君、今度はばかでかい校章を引っ張り上げる紐を託されたの」

「んがあああああ!」


 そして最後に。

 穂咲がロープを俺の腰に結びつけると。


「…………秋山、何をふざけておる。そのまま立っておれ」


 いえ、先生。


 さすがの俺でも。

 空中には立てません。



「……ワイヤーアクションなの?」

「ぺっ! 誰のせいでこんなことになっていると思っているのです!」


 下方向への唯一の紐を手放したせいで。

 さらに高く浮かんだのでした。

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