(15)最後のまとめ

 巨大カメを陸地から追い払ってから一週間。

 各国は本当にいなくなったのか確認するためやそれぞれの国との調整などで慌しく動く中、『隠者の弟子』の面々はのんびりと拠点で寛いでいた。

 それぞれが好きなことをしている中で、ソファの上に寝ころんでいた詩織が自分に近寄ってきた存在を感じてふと顔を上げた。

「んー……? リクちゃん、どうしたのー?」

 詩織に近寄ってきたのは、彼女が飼っている(?)大亀のリクだった。

 ちなみに屋敷にいるときには小型化しているので、今は人の握りこぶし程度の大きさである。

 

 言葉を話すことができないリクは、詩織の顔の目の前でしばらく四つ足をパタパタさせていたが、やがて予想もしていなかったことが起こった。

『おー。繋がった繋がった。またえらいところに住んでいるなぁ。お陰で通信を繋げるのに苦労したやん』

 話せないはずのリクから聞こえてきたのは、紛れもなくあの巨大カメのものだった。

 聞こえてくるはずのないその声に思わず詩織が警戒して身を固くすると、それを見越してなのか相手からがっかりしたような声色でさらに言葉が続いてきた。

『そない警戒せんでもええやん。そもそもそこは神域なんやから、変なことはできへんで』

「……確かにそれもそうでした。ところで話は師匠にですか?」

『師匠……? ああ、あの秀才か。それもあるけれど、嬢ちゃんたちとも話がしたくてなぁ。わざわざその子に繋いでもらったねん』

「繋いで……そういえば、どうやっているんですか、これ?」

『そうなあ。簡単にいえば、前に会った時に糸を繋いでおいて糸電話で会話しているみたいな感じや。転移で飛ばされたのにとか、詳しい説明は堪忍してや。俺もよーわからんから』

「わからないのに使えているのですか……」

『まあなあ。魔物は魔法を覚えるのに人みたいにめっちゃ学習する必要がないからなあ。便利やろ?』


 便利で済ませていいことではないのだが、この巨大カメと会話をしているそういう気になって来てしまう。

 そして拠点のリビングでそんな会話をしていれば、同じように寛いでいた他の面々も近寄ってくる。

 その中にアリシアはいないのだが、リビングにいない伸広を呼びに行っただけですぐに戻って来るはずだ。

 

「ところで何の用でしょうか?」

『んー。特に畏まった用事はないなあ。久しぶりに日本人と会えたから会話したくなっただけや』

「久しぶり……? 封印されていたのでは?」

『それも含めて、やな。どうやら嬢ちゃんたちは魔術召喚されたみたいだからわからんやもしれんが、はそうそう頻繁にいるわけじゃないからなぁ』

「そんなものですか」


 クラス転移してきた灯たちにとっては実感しにくいが、自然発生する召喚や伸広の時のような神の意思が介在した召喚はそうそう頻繁に起こるわけではない。

 ほとんど神の気まぐれといってもいいので数年も経たずに召喚されたり、百年近く経っても召喚されないことがある。

 ちなみにアルスリアに限って言えば、最高神だけあって世界に対してあまり直接的な行動をすることができずに数百年に一回という回数になっている。

 そのアルスリアに関しても、召喚を定期的に行っているわけではないので、かなり数が少ないというのは間違っていない。

 

「――それでわざわざ話をするためだけに来たのですか」

 それまで相手をしていた詩織や灯ではなく、別の場所から聞こえてきたその声はアリシアが呼びに行っていた伸広だった。

『おお。ちゃんと来たやん。忙しかったんちゃう?』

「そんなことは無いですよ。基本的には引きこもりですから」

『引きこもりって……ああ~、なんとなく事情は察したからいいや。それはともかくあいつらの対応はどうなったん?』

「やっぱりそれが聞きたくて来ましたか」

『だけやないで? やっぱり久しぶりの会話もしたかったというのも間違いではないしな』

「まあ、それならそれでいいですが――とにかく、各国の対応ですか。今のところ揉めに揉めていますが、最終的には魔物に限った上位組織を作ることで決定しそうですね」

『上位組織……大丈夫なんかい、それは?』


 一口に上位組織といっても様々な形態があるわけで、地球にあった国連のように肝心な時に限って常任理事国同士でけん制し合って全く話が進まないということも起こりえる。

 緊急性を要する魔物との戦いで、そんなことをやっていれば今回の件のように手遅れという事態にもなりかねないだろう。

 事態を巻き起こした当事者である巨大カメが言うことではないかもしれないが、それでも心配になるのは当然ともいえる。

 それは伸広も同じ考えだったのか、同意するように頷いてからさらに説明を続けた。

 

「大丈夫じゃないでしょうねぇ。今のところ多少の希望があるのは、トップにつけるのは数年縛りでその後も続けてなることはできないと言ったところでしょうが……そのままだと形骸化するのは間違いないでしょうしねぇ」

『大国の傀儡まっしぐらやなそれは』

「だから一応候補に上がれるのは上位の五か国とかになるとかですかね。選挙のたびにトップなにがしかの国が参加して、数年勤めてそれから二、三十年は勤めることができないとか」

『なるほどなあ……。それで上手く行くかはわからんけれど、今のままよりはましってことか』

「そういうことですね。ああ、あと国連と違いがあるとすれば、事が起こった場合には自由に動かせる軍がいるということですかね」

『ああ、なるほど。トップなんちゃらは、軍人さんとか金を出す義務があるとかか?』

「そうなるでしょうね。――組織ができたとしてそれが形骸化するかどうかは……それこそ時が経ってみないと分からないでしょうね」

『そうか。まあ、ええんやないか? どうせ人が作るものに完璧なんてものはないんやろし』

「そういうことですね」


 現在各国が集まって急ピッチで進められている話し合いは、今伸広が語ったような形になることはほぼ間違いないだろう。

 どこかの国が反対をして中々纏まらないという現状もあるが、帝国を含めた現在のトップファイブの国々が賛成に傾いているのでほぼ間違いなく決まると思われる。

 もし幾つか国々の賛同を得られなかったとしても、それらトップの国々が集まった作った組織というだけでその庇護下に入ることにメリットを感じる国は多いだろう。

 その確証があるからこそ、多少の反対があったとしても強引に話が進んでいるとも言える。

 

『俺が言えたことじゃないかもしれないが、そうなると暴れた甲斐があったと言えるのかいな?』

「間違いなくあるでしょうね。逆にいえば、先輩じゃければ今回以上の被害が起こったでしょうね」

『お前さんにひっぱたかれるまではほとんど無自覚に暴れていたからなあ。相当やったろ?』

「私から言わせれば自業自得ですがね」

『ハハ。今代のマテイは厳しいなぁ。それでも突き放さないのがらしいっちゃらしいのかいな?』

「どうなんでしょうね? あまり自覚はありませんが」


 よくわからないと首を振りながら答える伸広に、巨大カメは「ハハハ」とだけ笑い返してきた。

 そこから先は他愛ない雑談だけで話が終わり、詩織に話したように単に話をしに来たというのが間違いではないことを実証してから帰っていった。

 もっとも帰るといっても単に言葉だけを飛ばしていただけなので、正確にいえば通話をするための「糸」を切ったというのが正しいのだろうが。

 そしてこの巨大カメはここから先もリクを通してちょくちょく話しかけてくることになるのだが、リクを世話している詩織がその対応におわれることになるのを当人はこの時はまだ予想もしていないのであった。

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