(14)対処
突如巨大カメから聞こえてきた『日本語』に、反応は大きく二つに分かれた。
当たり前ではあるが、日本語が分からない現地組と日本語が分かる日本人組だ。
どちらも混乱しているのは同じだが、その混乱の種類は大きく違っていた。
「……え? なんで日本語……?」
「ニホンゴ? あのカメはあなたたちの国の言葉を話しているの?」
「え、ええ。聞き間違いじゃなければ……」
「灯だけじゃなく、忍や詩織も聞いているのですから聞き間違いではないでしょう。それに、伸広も普通に会話しているようね」
アリシアの言葉に、灯たちは再び視線を|一人『伸広』と
「目が覚めましたか、先輩」
『ああ。お蔭さんでなあ。さすがにあれは強烈やったで?』
「あそこまでしないと正気には戻らなかったでしょう?」
『そうやんなあ。あの初手がなければ花火にも気付かなかったやろうし……そういう意味では最善やったか』
「必要でしたらもう一発打ちますが?」
『堪忍してくれや。――俺も頑張ったつもりやが、お前さんには勝てる気がしないで』
「色々と頑張りましたから」
『頑張ってなれるような領域じゃないような気もするが……まあ、ええか。ところであの花火はどうやってるん? かなり魔力を使ったやろう?』
「先輩でしたらすぐにでも出来るようになるんじゃないですか?」
そうして始まった花火談議に、見学者たちは完全に置いて行かれていた。
一人と一匹が何か会話しているらしいということはわかっているが、会話の内容までは分からないのだ。
わざわざ自国が優位に立つために異世界から人を召喚までしているのに、その召喚対象の国の言葉を理解していないというのが片手落ちのようではあるが、そもそもそこまで多くの召喚が行われているわけではないので仕方ないので仕方ないとも言えるだろう。
それはともかくとして、目の前で行われている会話がただの花火についての会話だと知った場合に、彼らの中には膝から崩れ落ちる者もいるかもしれない。
そんな見学者の戸惑いとは別に、日本人組は日本人組で別の戸惑いが生まれていた。
「……あの巨大カメは、関西の方……なのでしょうか?」
「どうだろうね? わざと方言使っているとも考えられなくはないけれど……」
「ここでそんな真似をす必要があるかどうかだな」
三者三様の言葉に、アリシアが首を傾げながら口を挟んできた。
「カンサイ……って?」
「あ~。詳しくは省くが、日本という国の中でそう区分けされている地域……のようなものがあるんだよ」
「日本の言語はかなり特殊で、狭い範囲で多くの方言が使われているんですよ」
「……そう。わかったような分からないような……とにかく細かいことは後で聞くわ」
日本の方言の特殊性については元の世界でも色々と言われていたが、専門家ではない灯たちもそこまで詳しく説明できるわけではない。
方言どころか大陸中で見てもそこまで言語の違いがないこの世界の住人に説明するには、状況が悪すぎる。
女性陣がそんな会話をしている中でも、伸広と巨大カメの会話は続いていた。
「――ところで、これから先も向かいますか? ここより先に進むとなると本格的に戦わないといけなくなるのですが」
『それは怖いなあ。いくらなんでもあんたに適うとは思えないし、やめておくわ』
「そうですか。それは良かった」
『これまでも随分やってきたと思うんだが、それはいいのかいな?』
「私にとってはただの他人ですからねぇ。あまり気にはなりません」
『あー。地球の反対側で戦争が起きているのをテレビで見ているような感じか?』
「確かにそれは良いたとえですね。こっちに来てしばらくしてからならともかく、今は引き籠っているだけなんであまり関係性もありませんしね」
『……それはまた。折角来たんだから交流なんかしたらええんちゃうか?』
「そして貴族とか王国間での引き抜き合戦に会うわけですか。面倒くさいですね」
『……なんや。お前さんも苦労しているみたいやね』
巨大カメも何やら思うところがあったのか、伸広の説明を聞いて大きなため息をついていた。
大きさが大きさであるだけに、一度のため息で目の前にある樹が揺れていたりしたのだが、そんなところまで突っ込んでいたら色々とあり過ぎて話が進まない。
『まあええか。ところでこのまま海に向かうのはいいとして、お前さん転送魔法なんて使えないか?』
「使えますね」
『おお。やっぱりか。だったら適当な場所に飛ばしてくれ。北でも南でもどっちでもいいから』
「いいんですか?」
『かまへん、かまへん。このまま歩いて向かうと余計な被害が出るからなぁ。目を覚まさせてくれた礼や。礼というのに送ってくれというのもおかしな話ではあるがな』
「いえ。それくらいは構わないのですが……いえ。これ以上は言っても仕方ありませんか。それでは送りますね」
『おう。さっさとやってくれや。あっちの嬢ちゃんたちにもよろしくな』
「ええ。伝えておきます」
『ほならな』
挨拶のつもりなのか、巨大カメは四つある足のうちの前右足を軽く振った。
それを見た伸広が、軽く呪文を唱えて小さく右手を振った次の瞬間には巨大カメはその場から消えていた。
ここで無粋なことを言う者がいるとすれば、最初から魔法で飛ばしてしまえば良かったのではと言い出しそうだが、そう簡単な話でもなかったりする。
何かの魔法を使ったと分かればその時点で巨大カメは対抗手段を取っただろうし、たとえ飛ばされたとしてもまた陸に上がってきて同じことをしただろう。
この場合は巨大カメがしっかりと『目を覚ましている』ことが重要なのだ。
巨大カメが消えるのと同時に、今まで広がっていた夜空が再び陽の光が刺す昼間に戻った。
これほどの大魔法を使ったにもかかわらず、伸広はまったく疲れた様子も見せずに女性陣がいる場所まで戻って来た。
「終わったよ。帰ろうか」
あまりにあっさりとしたその言葉に、さすがの女性陣もため息をつくことしかできなかった。
とはいえ、伸広の言葉が全面的に正しいということも理解できる。
それは、今にも彼らがいる場所にも突撃してきそうな見学者たちの姿を見れば一目瞭然で分かることだった。
そうして伸広たちは見学者に突撃する前に拠点に戻ることができたわけだが、説明責任まで逃れることができたわけではない。
というわけで大まかな説明については後日伸広から話を聞いたアリシアが母国に出向いて話をして、そこから各国へと伝えられることになる。
いずれにしても、こうして一連の巨大カメ騒動はようやくの収まりを見せるのであった。
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