(13)遭遇

 人々が大災厄と呼ぶ巨大カメは、灯たちからこの場に来てからすぐに目視できるようになった。

 いや。より正確にいえば、実際には来た時から目で確認できていたのだが、それが『生き物』だとは認識できていなかったのだ。

 それもそのはずで、その巨大カメの背中の甲羅は一つの山ほどの大きさがある。

 長い間封印されていた影響からかその背中には土が積もり積もって、木々や他の生物も活動しているところが確認されていた。

 そんな大きな物体(生物)のため視界に入っていてもそれが生きて動いているとは思えなかったのである。

 ただたとえそんな大きな物体が動いていても通常であれば、すぐに認識できるわけではない。

 そのため灯たちもすぐには見つけられなかったというわけだが、一時間も経たずにその物体が『生物』だということが認識できた。

 何しろ一つの山が、普通ではありえない速度で移動していたのだから。

 

 元日本人の灯たちとしては、巨大な物体が動くシーンとして一番イメージしやすいのは、とある動画サイトなどで見るロケットが基地から移動するシーンだろうか。

 あれは一時間に早くても数キロという速度で移動しているので、普通の認識であればゆっくり動いているように見える。

 だが目の前にいる巨大カメは、そんな常識など吹き飛ばす速度で移動していた。

 もっともさすがに時速百キロを超えるような速度というようなバカげた速さではなく、時速数十キロ程度のように見えたがそれでもその巨体を移動させる速さとしては脅威としか言いようがない。

 

 そんな巨大な生物がしっかりと移動しているのを見て、女性陣はその身を震わせていた。

「あれが巨大な生物……」

「本当にあんなものを人がどうにかできるのですか?」

「できる……のでしょうね。少なくとも私の本体アルスリア様はそう仰っていたわ」


 視認できるようになればわかる恐ろしさに身震いしながらも、灯たちはすでに近くを離れている伸広を見た。

 既に伸広は巨大カメの進行ルートだと思われる場所の中央に移動している。

 その姿は灯たちがいる場所からだけではなく、彼女たちから少し離れた場所にいるたちにもよく見えるはずだ。

 その彼らはこれから伸広が何をするのか、猜疑心や疑問、諦めといった様々な感情が入り混じった状態で見守っていた。

 

 様々な視線に見守られつつ当事者となった伸広はのんびりと巨大カメが来るのを待っていた。

 ここまで来てしまえば、あとは既に用意してある仕掛けを動かすだけなので、今更慌てても仕方ないという一種の達観した想いしか湧いていない。

 これで失敗したら――なんて考えは、伸広の頭の中には一ミリも浮かんでいなかった。

 ちなみに巨大カメが今いるルートから外れたとしても、他の場所に用意してある仕掛けを動かすだけなので、何の問題もなかったりする。

 

 様々な視線に見守られつつ、そんな多数の視線があることに気付いているのかいないのか、巨大カメがついに伸広が指定した場所まで移動してきた。

 伸広は、巨大カメがある線を越えたところでことを始めるとすでに伝えていたので、見守っていた者たちの緊張が一気に高まった。

 そしてその緊張とほぼ同時に、皆がいる空間に大きな変化が起こることとなる。


「――これは、夜……?」


 そう呟いたアリシアの言葉は灯たちにしか聞こえなかったが、見学者たちのそこかしこからも似たような言葉が漏れていた。

 それまで雨粒一つ落ちてこない見事な快晴だったはずが、いきなり月と星々が浮かぶ夜空に変化したのだ。

 その変化は空だけではなく、辺りの空間も見事な夜の闇に包まれていた。

 

 辺りは昼だったはずなのにいきなり夜に変化する――そんなことは普通ではありえないことなのだが、そのあり得ないことが起こっていた。

 そしてそのあり得ない現象を起こしたのが誰なのか、わざわざ確認するまでもない……はずだった。

「カルラ、これは本当に師匠が行ったことなの?」

 灯が思わずといった様子でそう聞いたのは、ある意味では仕方のないことだった。

 それくらいに常識はずれなことを、伸広は彼らの目の前でやってのけたのだ。

 

「信じられない! ――と言いたくなるのは分かるわ。まさに私もそう言いたいもの。でも、本当の本当に彼がやったことよ」

「……限られた範囲内だけならまだ分かりますが、これほどの広範囲を――」

「いえ。それを簡単に言える貴方も大概ですからね。さすが弟子といったところかしら?」


 多少の困惑や混乱はみられるもの、そんな会話をできていた女性陣はまだましな方だった。

 何故なら彼女たちとは別にいる見学者たちは、一部恐慌と言えるほどの混乱ぶりを示していたのだ。

 それでも彼らが逃げ出したり突発的な行動をしようとしなかったのは、事前に絶対に余計なことをするなと伸広が釘を刺していたからだ。

 これでもし不用意なことをすれば、本当に自分たちの命が刈り取られる――そのことを実感しているのだろう。

 

 多くの驚きの視線で見守られる中、変化はそれだけにとどまらずにすぐに次の現象が起こった。

 その現象は、まず大きな音から始まった。

 空から聞こえてきたその大きな音に気付いた人々がそちらに視線を向けると、一筋の光が空から降ってきてくるのを目撃することになる。

 日本人組が「隕石」と呟くのとほぼ同時か少し遅れて、その光の塊が一気に大きくなって十メートルほどの大きさになり、巨大カメの背中――甲羅に落ちることになる。

 

 本来であればそれほど大きな隕石が落ちれば、周囲に甚大な被害をもたらしてもおかしくはない。

 だがその隕石はピンポイントで巨大カメの甲羅に当たって、しかもその影響はカメにしか与えることはなかった。

 さすがのカメもそれだけ大きな隕石が空から落ちてくれば、足を止めることになる。

 見た感じでは甲羅が割れたなどの被害はなさそうで、足を止めただけで終わったのはやはり大災厄と呼ばれるのは納得できるといったところだろう。

 

 隕石によって足を止められたカメだが、その行動自体を止めるほどの影響は受けていないように見える。

 ただし今その視線は、隕石を落した伸広をしっかりと捉えていた。

 それよりも前は濁った瞳でただただ何かに突き動かされていたように見えていたのだが、今の巨大カメははっきりとした意思を持って伸広を見ている。

 ――そう感じたのは灯だけではなく、女性陣の全員がそう感じ取っていた。

 

 そんな不可思議な感情を抱いていた女性陣は、すぐにまたこの場には似つかわしくない光景を見ることになった。

 特に元日本人組にとっては懐かしい音と共に始まり、続いて火花による大きな花が空に咲いたのだ。

「――花火?」

 そう呟いたのは日本人組の誰だったのかはわからなかったが、夜の闇に突如咲いた巨大な火花による花は紛れもなく花火であった。

 

 伸広が起こした花火は一発だけにとどまらず、その後何発も続けて行われた。

 灯たちにとってはなじみ深い、花火大会でよく見ることができるような花火によるショーが始まったのである。

 大災厄とされている巨大カメが目の前にいるにもかかわらず行われているそのショーは場違いの一言ではあったが、現地組にとってもあまりなじみのない花火のショーは素晴らしいものに映ったはずだ。

 そのショーは時間にして十分ほどのものではあったが、その場にいた全ての者たちにとって時間を感じさせないほどの素晴らしいショーとなっていた。

 

 そしてそのショーを黙って見ていたのは女性陣や見学者たちだけではなく、巨大カメもその一人であった。

 そのことを見学者がようやく思い出そうと意識がそちらに向こうとしたその瞬間、あり得ない場所からあり得ない言葉が聞こえてくることになった。

 

『――ああ、懐かしいなあ』


 それは間違いなく彼らの目の前にいる巨大カメから発せられたでああった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る