(12)結果と過程
伸広が出した条件は、ある意味でその場にいた者全員が出してほしくない、あるいはそんなことを言って来るはずだないと考えていたことだった。
それは国家としての面子という意味においてもそうだし、個人としての進退が関わってくる可能性が高くなるからという意味もある。
たとえ政治的な悪手でどんなにひどい結果になったとしても、国家が誤りを認めて直接謝罪をすることなどほとんどない。
理由は単純で、そんなことをしてしまえば国家の基盤が揺らいで国自体が持たなくなってしまうからだ。
伸広も勿論そんなことは理解しているが、現状世界に大混乱をもたらして一般庶民の生活を脅かしている時点で既に基盤が揺らいでいるといっても過言ではない。
それならばいっそのことこんなになるまで現状を放置していた大国に、きっちりと謝罪をさせるというのが大きな目的となっていた。
今の伸広は地位も名誉もお金も必要ないので、それくらいしか要求するようなものがなかったのである。
そしてその謝罪こそが大国にとってはもっとも出したくはないものとなれば、伸広がここぞとばかりに提案するのはある意味で当然のことだ。
伸広が各国の謝罪を要求した時点で、会議の席にいた重鎮たちはその意味も正確に理解しただろう。
こんなものを条件としているので、他の条件をいくら用意しても何も効果がないということも合わせてだ。
国家にとっては最も価値のあるといえるものを要求されたことになるが、普段であればこんな要求を飲むことはあり得ない。
だが今現在、国の行く末を決めることになりかねない大災厄をどうにかできるのは、伸広しかいないということもはっきりと理解している。
当然ながら伸広は、その場で結論を出すことを求めなかった。
国に帰って他の役員と話すなりして好きに結論を出せばいいと言ってからその場を去った。
前回に続いてまたも言いたいだけ言ってその場から消えたことになるが、既にどの重鎮も伸広を止めようとするものはいなかった。
たとえ言葉で留め置くことができたとしても、要求を呑む以外に伸広が動くことはないと分かっていたためだ。
結論からいえば、伸広のその要求はしっかりと果たされることになる。
もっとも最後の最後まで渋って黙ったままで誤魔化そうとした国家もあったが、その国は帝国からの圧力によって渋々謝罪の文を国中に公布していた。
その時既に大災厄と呼ばれた大亀は帝国の領土内に入っており、このままだと伸広が言ったとおりに何もできずに首都まで破壊されつくされると焦った帝国が動いた結果ともいえるだろう。
その分帝国も様々なものを失ったようだが、そんなものよりは首都と周辺にある町を守ることを優先したといえる。
その他に国についてはいずれ自分のところにも大災厄が来るとしっかりと認識していて、特に帝国からの圧力もなく公布していた。
ちなみに最後の最後まで渋っていた国は帝国からの圧力(懐柔)でそれなりの利を得ていたようだが、最終的には大損害を負うことになる。
それはこの大混乱の時にまで自国の利益しか考えない愚か者として、他の国からそっぽを向かれることになったためだ。
伸広が出席していた会議に出ていた国は大陸を代表する国々で、それらの国々から無視されるということは大陸中から孤立するという結果になったわけである。
いずれにしても、伸広の出した条件はきっちりと果たされることになった。
内情は知らない一般庶民もこの動きに何事があったのかと勘繰る者たちもいたが、事が事だけに何が大きな動きがあったのだろうと多少なりとも察していた。
大陸を代表する国々が一斉に一連の対応を謝るなんてことはこれまでになかっただけに、これから先に何かが起こるのかもしれないと期待半ば、諦め半ばで成り行きを見守るのであった。
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こうして大国を揃って謝罪させることを成功させた伸広は、きちんと約束を守るために女性陣と共に帝国のとある地方に出向いていた。
あと半日もすれば例の大亀がやって来るその場所には、伸広たちだけではなくギルドや各国の関係者までもが揃っていた。
彼らは、マテイと呼ばれている最高の魔法使いがどうやってあの災厄に対処するのかを見学しに来たのだ。
伸広は、その場で大亀に対して対処をするということはきちんと帝国に伝えていた。
その結果がこの大勢の見学者ということになったわけだが、伸広としては別に誰に見られていようと構うことはない。
そもそも彼らが邪魔だと思うのであれば、魔法を使ってとっくに追い出している。
それをせずにただ黙って見ているということは、敢えて彼らにこれから行うことを見せつけるためにそうしているのである。
そんな見学者たちを無視するように、伸広が女性陣へと話しかけていた。
「――あと半日もすれば来ると思うけれど、事が始まったら会話なんてできなくなると思うから今のうちに質問を受け付けるけれど?」
「伸広。さすがに何も起こっていない今の段階で聞けることなんてほとんどないわよ?」
「そうかな? 灯はどう思う?」
「ええと……それでは、とりあえず一つあるので聞きます」
灯がそう答えると、他の三人プラスカルラ(何故か護衛の延長と言って着いてきた)が不思議そうな表情を向けていた。
それに気づいた灯が、少し驚いたような表情でカルラを見てた。
「他の三人はまだ分かりますが、カルラさんも気付いていないのでしょうか?」
「なんのこと……?」
「この場に師匠の魔力が満ちていることです」
「ああ、それね。勿論気付いているけれど、それが何か?」
「そもそもこれだけ濃密な魔力があるということは最初から準備していたとしか思えないのですが、師匠はこうなることを予想していたのでしょうか?」
灯がカルラに話しつつそう問いかけると、次に視線が伸広に集まる。
「うーん。厳密にいえば、恐らくそうなるだろうと予想した地点のうちの幾つか、だね。一つに絞れなかったから沢山回ることになって結構大変だったよ」
「そういうことですか。以前長い間護衛をカルラさんに任せていたのは、そのための準備だったというわけですか」
「それも含めて、だね。他にも色々と仕掛けたことはあるけれど、ほとんど無駄になったよ。……まあ、無駄になってよかったと言うべきかな」
敢えて伸広がそういう言い方をしたということは、無駄にならなかった場合は現状よりも被害が大きくなっていた可能性があるということだ。
それをすぐに理解した灯たちは、口に出すようなことはしなかった。
多少離れた場所にいるとはいえ、この場には彼ら以外にも第三者の見学者たちがこちらの様子を伺っているのだ。
「これだけの準備が必要だということは、それほどの相手だということになるということですね」
「それはね。そもそも一つの山と言っていいような大きさの亀だからね。普通に知られているような魔法だとほとんど当てても意味がないよ」
「……私からすればあれほどの相手に有効打を当てられるというだけでも脅威なのだがな」
大陸中に知られる大ダンジョンのダンジョンマスターにそう言わせるほどの相手だというのに、伸広はいつも通りの態度を崩していない。
その姿を見ているからこそ、これから何時間か後に大災厄と呼ばれる生き物がくるというのに、彼女たちは落ち着いてこの場にいられるのだ。
これから先、どのような戦い(?)が待っているのかはわからないが、伸広ならきっと何とかしてくれる――そういう思いがあるからこそ誘いに乗ってここにきているのであった。
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