(10)駆け引き終了?
災厄の目的が『かつての帝国の血を色濃く引く者』と聞いた代表たちは、一様に顔を青ざめさせていた。
だがかつて大帝国だった国の血族は、今現在の多くの国に脈々と受け継がれている――と言われている。
そもそも今ある多くの国々には、帝国のどこそこの家の血を受け継いでいるということを謳い文句にしている場合も多い。
そんな血のつながりなど関係ないと言われればそれまでだが、そんな理屈や言い訳が通用するのは人の間だけのことだ。
伸広はこの時点で敢えて正確に言っていないのだが、大移動をしている大亀が目的にしているのはかつての帝国の『血を引いた者』ではなく『魔力を受け継いでいる者』である。
ただこの場合は血族であることが魔力を受け継ぐというのとほぼ同じ意味なので、敢えて言葉にしていないだけのことだ。
とにかく大亀が目的にしているのは今この場に雁首を揃えている代表がいる各国であることには違いないので、その程度の違いは些細なことでしかない。
そしてその亀の目的を伝えることが目的だった伸広は、女性陣を連れてさっさと拠点に戻ろうとし――たところで、その代表たちに止められることになった。
「ま、待て! 一体どうすれば、あの災厄を倒してくれるんだ!?」
「おかしなことを言いますね。何故、私があのカメを討伐すると考えているんでしょうか? 先ほどから言っているように、人々を避難させれば人的被害は少なく済みます。その手配をする方が先では?」
「そんなことをすれば……!」
「建物がなくなって、国力が落ちる? それこそ、そんなことは私の知ったことではありません。これまで高みの見物を決め込んできた代償として、それぞれの国で頑張って復興してください」
どこまでも突き放して言う伸広に、各国の代表は焦った様子で顔を見合わせていた。
もっとも彼らも国を代表して来ているので、どこまで本心でどこからが演技かは分かったものではない。
どうにかして伸広から譲歩を引き出すことが自分たちの役目だと心得ている彼らは、様々な手管を使って引き込もうとしている。
当然のように伸広もそのことが分かっているので、簡単に応じることはないだろう。
「ここで無駄な議論を続けるくらいなら早く国に帰って報告したほうが良いのではありませんか?」
「それには是非とも、あなたの討伐が……」
「お断りします。あのカメには、このまま海を目指してもらうことが一番です」
「あの災厄の被害が増えれば、ブラックランクが人々を見捨てたという醜聞が流れることになりますぞ!」
「どうぞご自由に。いっそのことブラックランクなぞなかったことにしたほうがいいのではありませんか? どうせ碌なことに使われないのですから」
「人々を守ることがろくでもないと言うのか!」
「勘違いしないでください。守るのは、人々ではなく今ある国々の権力でしょう? そんなものには何の魅力も感じません」
「国という枷がなくなればどうなるか――」
「もう止めましょう。今のままではただの時間の無駄です。繰り返しますが、早急に国に報告して対応を決めることをお勧めしますよ。――それでは」
このままだとずるずると話が繰り返されるだけで時間の無駄だと判断した伸広は、強引に話を打ち切った。
それを見て周囲を護衛していた各国の騎士たちが動き始めようとしていたが、そんなものは伸広にとっては何の脅威にもならない。
それ以外にも何人かの魔法使いが行動を起こそうとしていたが、それを横目に転移魔法を使ってその場から消えた。
それをただ見送るだけになった各国の代表は、呆然と伸広たちがいたはずの場所を見続けるのであった。
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女性陣を連れて拠点に戻った伸広は、先ほどまでの強きな態度を崩して気遣わし気な顔になってアリシアを見た。
「アリシア、大丈夫?」
「大丈夫と言いたいところだけれど、さすがにちょっとね……。こうなると分かってはいても、やっぱりどこかに期待している部分はあったということかしらね」
「それは仕方ない。今回は究極の選択を迫ったようなものだしね。国王としては、国を優先するのは仕方ないんじゃない?」
「そうなのでしょうね」
苦笑しながらため息交じりに応じたアリシアに、忍がいつも通りの口調で会話に交じってきた。
「私としては、国のためにという理由で政略結婚を決めるのも同じようなものだと思うんだがな」
「あら。それは違うわよ。少なくとも政略結婚は、お互い了承していることもあって努力によってきちんとした家庭を築けるもの。……そうじゃない場合も多いけれど」
「たとえ恋愛結婚だとしても、ちゃんとした家庭を築けずにそのままお別れということも多々ありますから、そこはどっちもどっち――ではないですね。そもそも結婚と比べるようなものではないでしょう」
話の流れに乗って納得しかけた灯が、思わず自分自身で突っ込みを入れていた。
「国家の柱としての役目はともかくとして、これで各国はどう動くかな? いや、まだ動かずに有利な状況になった時に動こうとするかな?」
「師匠は、これで終わりとは思っていないのですね」
「まあね。そもそも緊急事態とか言いながらトップ同士が会わずに会議している時点で、あまり焦っていないって喧伝しているようなものだからね」
「本当にね。でも今回の伸広の話で、これまで疑問に思っていたことが確信に至るといったところかしらね」
「あのカメが狙っているのは、かつての帝国の残滓という話だね。本当だとわかってくれればいいけれど、あそこまで想像通りの動きをするとこのまま無駄に犠牲を増やすだけで終わることもあり得るかな」
「それは……いえ、確かにそのとおりね」
気楽な伸広の予想に、アリシアが暗い表情になってため息を吐いた。
その表情は為政者の政策によって民衆が犠牲になるのは……と語っているが、あり得ない予測ではないだけに気分が落ち込むのも仕方ないといったところだろう。
ここまで来ると、それぞれの国でチキンレースが始まっているともいえるだろう。
もっとも、そのチキンレースもそこまで長続きはしないだろうと伸広は考えていた。
「あのカメが次に向かっているのはあの場にいた代表国の一つ。そこはあくまでも通過点で、次は間違いなく帝国だろうからね。それこそなりふり構わずに動きそうかな?」
「師匠、帝国に向かうというのは確実なんですか?」
「間違いなくね。そもそも同じ帝国を名乗っているだけあって、あそこの首都はかつての帝国の首都と同じ場所にあるからね」
「かつての帝国に復讐しているカメとしては、そこは真っ先に狙うべき場所だということですか」
「そういうこと。……まあ、復讐というとちょっと違う気もするけれど、どちらにしても同じことか」
最後に少しだけ伸広が意味の分からないことを呟いていたが、傍でその言葉を聞いていたアリシアたちには通じなかった。
伸広は、今回の件に関しては全てを彼女たちに話すのではなく、必要な情報だけを与えるようにしている節がある。
ただその情報でも、各国が掴んでいるはずのものよりもより精度が高くなっている。
伸広が何の情報を掴んでいてそれを隠しているのか気にならないわけではないが、女性陣は自分たちが知る必要はないことなのだということも理解できている。
すべての情報を知っているからといってそれが最善の行動に繋がるかといえば、そうではないこともある。
それゆえに伸広に対して不信感を抱くことなく、こうして今の状況に対応しているのである。
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