(9)災厄の目的

 大国の話し合いの場に姿を見せた伸広だったが、アリシアたちにとってはしばらくぶりの対面となったわけではない。

 カルラに護衛を任せて姿を消していた伸広だったが、災害級が現れて一週間ほどしてから一度だけ神域の拠点に戻っていた。

 その上である程度の話し合いを行った上で、今回の話し合いの場に出たというわけだ。

 伸広が拠点に来たのはその一度だけだったので、先ほどアリシアが言った「どこにいるのかわからない」というのも嘘ではない。

 さらにいえば、その時の話し合いで会議の流れでアリシアたちを盾にして伸広を呼び出す提案をしてくるだろうという予想も立てていた。

 アリシアもそうなるだろうとは考えていたが、最後の最後まで国を信じたいと主張して今の至ったというわけだ。

 結果は伸広の予想通りになったわけだが、どちらにとってもあまりいい結果だったとはいえない。

 何しろ母国であるリンドワーグ王国がアリシアのことを見捨てたという事実は、どうあがいても消えないものとなってしまった。

 さらにアリシアにある意味で究極の選択をさせたということに、彼らが気付いているかも微妙なところといえるだろう。

 

 そんなアリシアの感情を余所に、真っ先に『隠者の弟子』を矢面に立たせるという提案をした代表は、満面の笑みを浮かべながら伸広に話しかけてきた。

「これはこれは、我らが希望の星がようやく来てくださった。どうか私たちの話を……」

「勘違いしてもらっては困るけれど、別にあなたたちの話を聞きに来たわけではない」

「これはこれは。ですが、現にあなたはこの場に現れた。ではやはりあの困った存在をどうにかするために来たのではありませんか?」

「自分たちの都合のいいように考えて主張を展開するのはさすが国家の代表と言えますが、いくら何でも面の皮が厚すぎませんかね? あなたの提案によって私の弟子たちが危険にさらされそうになったことを忘れたのですか?」

「おやおや。貴方であっても彼女たちでは不足だと仰るわけですか」

「止めましょう。私はあなたたちと政治的な駆け引きをするためにここに来たわけではありません。くだらないやり取りで国の滅亡を招きたいというのであれば、どうぞご自由に」

 伸広は、そう断言してからアリシアたちへと手を伸ばした。

 

 灯たちはすぐにその手に応えるように席を立ったが、アリシアだけはチラリとリンドワーグ王国の代表を見て言った。

「――どうやらここでお別れのようです。最初に切り捨てる選択をしたのはそちらですので文句はないでしょう。そう父王にお伝えください」

 それだけを言ったアリシアは、すぐにまた伸広を見て差し出されていた手をつかみ取った。

 アルスリアから言われていた『選択』は、今この場で行われたというわけだ。

 

 初めから予定されていたかのように落ち着いた様子で席を立ったアリシアたちを見て、代表たちは少しだけ焦った様子で色めき立っていた。

「どういうことだ!?」

「何故、席を立つ! 今この場で立ち去れば、お前たちがどうなることか分かっているのか!」

「逃げるのか、卑怯者!」

 そう口々に言い放つ代表たちに、例の代表が落ち付いた様子で伸広を見て笑いかけて来た。

「彼らの反応を見れば分かるでしょう。このままこの場を立ち去れば、あなたたちがどういう立場に立たされるか。折角彼女たちがあなたのことを思って活動してきたことが無に返ることになりますよ?」

 余裕の表情でそう話しかけてくる代表を見ながら、伸広は特に憤るわけでもなく淡々とした表情にまま答える。

「好きにすればいいんじゃないかな?」

「……なんですと?」

「いや、だから。今いる国々で私たちの悪評を立てれば、確かにいでらくなるでしょう。ですが、だからどうしたとしか言いようがないのですが? そもそも私たちは人の世に関係のあまりない神域で暮らしているのですよ?」

 いまさら悪評を立てられたくらいでそれがどうしたと言わんばかりの態度の伸広に、代表たちは無言のまま顔を見合わせていた。

 

 その彼らを見て、伸広は一度だけため息を吐いてからさらに続けて言った。

「一つ言わせてもらえれば、彼の災害に被害にあう人々を助ける義務を負っているのはそれぞれの国であって、私ではありません。力ある者に救う義務があると仰るのであれば、是非とも普段から力を持って人々を制している国家で対応してください」

「……あなたは、犠牲に合う人々を見て何とも思わないのですか?」

「何を仰っているのか。少なくともここにいる国家で、この数百年の間に一度も戦争を起こしたことのない国があれば教えて欲しいですね。その言葉は、それらの戦になった人々に対して私が義務を持っていたというのに等しいですよ?」

 国が負うべき責任においてまで個人で負うつもりはないと断言する伸広に、代表たちは顔を見合わせながら黙り込んでいた。

 

 その様子を見続けながら伸広は、彼らに対してさらに爆弾を投げ込んだ。

「ついでにいえば今この場にいる皆さんは、自分たちだけは大丈夫と思い込んでいるかもしれませんが、まずあり得ないということだけ言っておきます」

「どういうことでしょうか……?」

「簡単な話です。今あの災厄は目的もなしにフラフラ歩いているように見えますが、ある目的をもって動いています。具体的にいえば、かつて存在した帝国の血を色濃く引いている者といえばわかりやすいでしょうか」

 その伸広の言葉に、代表たちはついに沈黙を破って自国の者とこそこそと何やら話し始めた。

 その反応は、事前に知らなかった情報を教えられて、しかも自国に直接の被害をもたらすかもしれないと分かって戸惑っているものだった。

 

 今の情報が正しいかどうかはこの場で判断ができないためすぐに答えを出さなかったのはさすが国の代表に選ばれるだけあるといえるが、だからといって今すぐに何かができるわけではなさそうだ。

 その彼らをさらに混乱させるべく、伸広はこれからのことも考えてさらに濃い情報を投げることにした。

「あの巨大亀は、かつての帝国が『未来に生きる者たちが有効利用できるように』と勝手に未来に託して封じたものです。あのカメはそのことを知っているので、血族を狙って動いているわけですね。その結果いま大混乱になっているわけですから、もう既に目的は果たしているともいえるのでしょうか」

「……そのようなことが今の私たちに関係は……」

「ないのでしょうね。ですが、そんなことはそれこそあのカメにとっても関係のない話ですよ。たとえ人の歴史から見て今存在している帝国が、かつて存在した帝国とは別物だったとしても」

 同じ帝国と謳っているだけに分かりづらいが、伸広が言ったように今現在災厄をまき散らしている巨大亀を封じた帝国と今ある帝国は関係がない。

 ただかつても今現在も行われているように、国々はそれぞれの目的をもって血族の者を送り込んで婚姻させて来た。

 その結果が今の状況をもたらしているのだから皮肉ともいえるだろう。

 

「あのカメは、何もしなければ幾つかの都市を潰して満足して海に向かうでしょう。あとは帝国の血を引く者を『処理』するくらいでしょうか。それさえ終われば勝手に海に行くので、かつて起きた災厄に比べれば大人しいものですよ」

 人々の犠牲を少なくしたければ亀の進行方向にある町や村から人を避難させればいいでしょう――そう続けた伸広に、代表たちはついに戸惑いの顔色を隠せなくなっていた。

 事ここに至っては、伸広を動かして状況を改善すればいいという他人事のような作戦を立てている場合ではないという認識に至ったのだ。

 何をいまさらと言われればそれまでだが、それほどまでにここに集まっている国々(の代表)は、今回の災厄は自分たちには直接関係がないと思い込んで――思い込みたかったのである。

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