(8)大国の話し合い
災害級の出現が確認されてから一か月が経っていた。
これまでの間に出現した国の壊滅から始まって、数か国の小国を通過しながらも災害級の歩みは止まっていない。
この段階に至ってそれまで『政治』を行っていた大国同士も、ようやく本格的な議論を始めていた。
ただし議論が本格的になったというだけで、その議論の中で主導権争いをすることは忘れることはしていない。
そんな国同士のやり取りを余所に、冒険者ギルドもできる限りのことをしようと対応していた。
冒険者ギルドの最高戦力とされている総長や全Sランクパーティの参加まで、ギルドが持ちうる戦力を全て投入していた。
だがそんなギルドの対応をあざ笑うように、災害級の歩みは全く止まることはなかった。
そもそもちょっとした山(五百メートル級)といっても過言ではない魔物を相手に戦う術など持ち合わせていないのだ。
当初はギルドへの批判もあったが、ギルドが全ての戦力を投入したところでその声は既にしぼんでいる。
災害級を目の当たりにしている者は勿論のこと、話に聞くだけの者たちもあれは人が手を出していい相手ではないという意見まで出る始末だった。
それほとまでに、災害級の魔物は圧倒的な存在感を人々に植え付けていた。
勿論冒険者ギルドも討伐を完全に諦めたわけではなく、できうる限りの対応をしようと懸命に動いてはいた。
だがこれほどまでに巨大な魔物を相手にしたことなどなく、今のところは一筋の光さえ見つけられないというのが現状だ。
冒険者ギルドやそれに関連する機関が当てにできないとするならば、人々が次にすがるのは国家権力である。
しかも一つ一つの国で対応するのは無理だと分かっているので、大国同士が手を組めば何とかなるのではないかと考えるのは当然だろう。
現にギルドの失敗が人々に耳に入るたびに、連合軍への期待は日々高まっていた。
ただこんな状況でも政治ゲームを行っている国々に対して、同じくらいに失望の声も上がっているのだが。
とはいえ大国を含めた国々も単に政治的なやり取りをするだけではなく、実際に騎士団の派遣を行っている国もある。
ただそれらの国々の対応は全く効果を成さずに、今の状態にまで進んでいるのだった。
それらの結果、人々から見てようやく大国同士が本腰を入れて手を組む――ための話し合いが始まろうとしていた。
そしてその中に、何故か呼びだされた『隠者の弟子』の面々が含まれていた。
その『隠者の弟子』の面々は、自分たちはいなくてもいいのではないかという思いを抱きつつ不毛な会議の様子を他人事のように見学していた。
「――いや、ここはやはり我が国が――」
「何を仰る。戦力的には我が国が――」
「いやいや。効果的なダメージを与えるためにも――」
「船頭多くして船山に上る」ではないが、集まった大国の数の分だけ意見が出てきて全く纏まる気配が見えない。
しかも未だにどこが主導権を握るのかという話でさえ決まっていないのだから呆れる他ない。
今の今までずっとこんなことを繰り返してきたのかと思うと、何とも言えない気持ちが込み上げてくる。
そんなやりきれない思いを抱えていた『隠者の弟子』の面々に、唐突にとある国の代表が話しかけてきた。
「そうそう。ここには期待の『隠者の弟子』がいるではありませんか。是非とも彼女たちの話を聞いてみてはどうでしょうか?」
「はん。ギルド自体が些事を投げているんだぞ? たかが一パーティに何ができる?」
言い方はあれだが全く持って正しい意見なので、灯たちも特に反発する気さえ起きずに黙っている。
その反応を予想していたのか、あるいはまったく気にしていないのかはわからないが、最初に話しかけてきた代表が笑いながらこう言い放った。
「いやいや。そんなことは無いでしょう。彼女たちにも役に立つ手段はあるはずですよ。それを証明するためにもまずは現地に行ってみてはどうでしょうか?」
代表の一人がそう言い放つと、それまで喧々諤々と意見を出していた他の代表たちも黙り込んでいた。
ここに集まっている代表は、曲がりなりにも大国と呼ばれている国々から選ばれて来ている者たちだ。
その大国が『隠者の弟子』の裏――というよりも師匠が誰であるのか、ある程度は把握していないはずがない。
その上で弟子たちを現地に送り込もうとしているのだから、その目的が何であるか分からないはずがないのだ。
早い話が灯たちを囮にして、伸広を現地に呼び出して対応させようというのだろう。
各国が伸広の実力をどこまで正確に把握しているかはわからないが、少なくとも残された最後の手段であるという認識はあるようだ。
そして手段はともかく、その伸広を動かしたという事実を国として欲しているのだ。
伸広を各国が動かした――その事実さえあれば、あとはどうとでもなると考えているのが透けて見える。
それが分かっているからこそ、それぞれの代表も口を閉じたまま灯たちに注目しているのだ。
もしかするとこんな意見が出てくるかもしれない――そう予想していたアリシアは、内心でため息をつきつつチラリとリンドワーグ王国代表へと視線を向けた。
その代表はアリシアと直接面識がある者ではなかったが、何かしらのアクションを期待してそちらを見たのだ。
だが代表は口を開こうとせず、だからといっていつまでも黙ったままでいるわけにもいかず、口を開かざるを得なくなった。
「面白いことを仰いますね。ギルド全体で対応しても何もできなかった相手に、私たちが何ができるとお考えでしょうか?」
「おやおや。私たちは何もあなたたちが何かをできるとは考えていませんよ。ですがあなたたちではなくても、出来る可能性がある存在がいらっしゃるでしょう?」
「それは私たちに囮になれと言っているのと同義なのですが、あなたはそれを認めるのですね?」
「おや。自分たちに囮としての価値があると認めるのですか?」
「いいでしょう。私たちが囮だと認めるとして、あなたたちは声高に喧伝してもいいということですね」
「多少の外聞が悪かったとしても、最終的に勝ちさえすれば民衆は認めてくれますよ。それはわからないわけではないと思いますが?」
「少数を犠牲にして最大限の成果を得ようとする。さすが帝国の代表は違いますね」
アリシアの当てこすりに、帝国の代表は薄ら笑いを浮かべたままだった。
国家としては多少の汚名を被ったとしてもそれ以上の成果を得られることができると考えているからこそ、これほどまでに強気な発言をしているのだ。
もっといえば『隠者の弟子』が犠牲になったとしても、災害級の進行を止めた英雄あるいは聖女として祭り上げることまで考えているかもしれない。
そうやって美談を作り上げることで、国のために犠牲になったという事実を打ち消すことなどよくある話だ。
ここでアリシアの生国であるリンドワーグ王国が止めに入ってくれるのであればまだ救われたのだろうが、今のところ代表が動きを見せることはなかった。
それがさらにアリシアの心を重たくしているのだが、少なくともそれを顔に表すようなことはしなかった。
何よりも自らの存在のせいで伸広に余計な負担を掛けたくはないという想いが、国にすがることをためらわせる理由になっている。
そんなアリシアを灯たちが心配そうに見つめているが、彼女たちにかける声が見つけられなかった。
とはいえいつまでも黙ったままでいるわけにはいかないと、アリシアが決断の一言を言――おうとしたところで、これまでなかった存在がその場に現れることとなった。
「相変わらず国家というのは、自分たちにとって都合よすぎるほどに都合よく動こうとしますね」
普段とは比べ物にならないくらいに冷えた声でそう言ったのは、今の今まで姿を見せることをしていなかった伸広であった。
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