(7)遠い未来からの観察

 災害の始まりは、大陸の中央あたりにある三千メートル級の山々が連なる山岳地帯から始まった。

 その山岳地帯の片隅に、標高五百メートルほどの周囲から比べれば比較的小さな山があった。

 その山は以前から禁足地として国から入山が制限されている場所であり、それ故に騎士たちの探索が遅れる原因の地域でもあった。

 その地が禁足地とされている理由は、その山を所持している国ができる前からの慣習とされていたため、国も把握していなかった。

 それでもこの世界ではそうした禁足地が数多く存在していて、それを無視して立ち入ったりすると大きな災いが実際に起こるために、古い慣習と馬鹿にされずにそのまま維持されていることが多い。

 それが結果として事件の発覚を遅らせる一因ともなっているのは何とも皮肉な結果だが、長い間禁足地だったお陰でその災いが起こることはなかったともいえる。

 皮肉というべきか運が悪かったというべきか、事件が起こったお陰で禁足地としていたのは正しかったと確認できたのは今回の件での数少ない良い出来事だったといえる。

 もっともそんな呑気なことを言っていられないほどに、当時の情勢は混乱状態に陥っていることになる。

 

 それもそのはずで周辺住民から『山』と認識されていたその禁足地は、そのままとてつもなく巨大な『生物』だったのだ。

 もっともこの災厄が『生物』だと認識されたのはのちの世になってのことで、当時の人々は『魔物』だと認識していた。

 当時の人々にとっては見たこともない巨大なその魔物に、『山』を所有していた国の上層部は青ざめることになる。

 ようやく追いつめることができたと思えた犯罪者が、最後の最後にとんでもない置き土産をおいていくことになったからだ。

 

 その時の人々にとって(今もだが)、それだけ大きな魔物を討伐する技術など存在していなかった。

 ただ人々の生活を守るためにも、国は当然のようにその魔物を何とか討伐しようと様々な手を打った。

 とはいえそれだけ大きな巨体を持つ魔物に対する有効な攻撃手段などなく、ただただ背中に山を持った巨大なカメの魔物を見守ることしかできなかったのである。

 幸いにというべきか、カメの魔物の移動はそこまでの速さはなく向かう先を予測して村や町の住人を非難させるだけの時間はあったようだ。

 

 災害級が出現した場合には各国が協力してことに当たるという仕組みが現在では出来上がっているが、当時は今ほど強固な連携というものは存在していなかった。

 国を超えて活動できる機関があるとすれば冒険者ギルドだったが、いかに冒険者ギルドといえどもそれだけの魔物を相手に出来る戦力など保持していなかった。(――と、当時は言われていた)

 当初国々はこういう時のためのギルドだろうと責任を押し付けようとしていたが、どう見ても冒険者ギルドだけに責任を押し付けられる状況ではないと人々の反発にあうことになる。

 結果として当時の大国ともいえる国々を含めたほとんどの国の統治者が集まる会議が開かれることになる。

 

 今となっては不思議ともいえるが、当時の技術力では存在し得るはずのない遠距離通信が確保できていたのは、過去の遺産からの成果ともいえるのだろうか。

 いずれにしても滅多に使われることのないその設備を使って行われた会議によって、ようやく一つの方針が決まった――わけではない。

 そんな状況においても各国は政治バランスを争って、自国に有利な条件を引き出そうと躍起になっていた。

 政治にはほとんど関与していない民衆からすれば何をやっているのかと文句の一つも言いたくなるのがよくわかる状況ではあるが、少なくともその当時の各国の貴族たちはそれほど危機感を抱いていなかったのだ。

 

 ――すなわち、災害級の魔物の被害など他国で起こっていることに過ぎない、と。

 今でば信じられないような考え方ではあるが、当時は大陸全体に及ぼす可能性がある魔物の被害など起こっていなかったので、ある意味では仕方のないことだったともいえる。

 もっとも直接の被害の受けた国やそこに住んでいた住人にとっては、それでは済まない事態だったことは間違いない。

 ついでにいえば、一つの国が潰れたによって発生することになった大量の難民が、周辺各国をようやく本気にさせる一因となったのはこれまた皮肉な出来事だったといえるだろう。

 

 ただしそんな情況であっても、各国の動きは鈍いままだった。

 動いていたとすればその魔物によって潰された国の土地をどう管理するとか、発生した難民をどう扱うかという議論に終始して、魔物に対する行動はほどんど見せていなかった。

 ここまで来ると何をやっているんだかと呆れが大きくなってくるが、どちらかといえばここまで来た時点でそれぞれの国は下手に手を出して責任を負わされるのが嫌だという感情が働いていたと思われる。

 国としての利益を度外視して、各国で協調して事の当たるという道筋が描けなかった以上は、そんな考えが浮かんだとしても仕方のないことだったのだろう。

 

 だがそんな各国の様子見の態度も、最初の国が潰されてからさらに一つ、さらにもう一つと進むごとに、一変することとなった。

 次は自分のところに来るかもしれないと、その段階になってようやく自覚ができ始めたのだ。

 結果として小国は、比較的仲良くやれている大国に泣きつくことになる。

 大国としても複数の小国からの泣きに近い懇願を無視するわけにはいかず(後のことを考えて)、大国同士で問題の災厄に対応する方法を議論し始めることになる。

 

 その議論によって一人の<英雄>……ではなく<隠者>が登場することになるのだが、これから先の話については読者に皆さまもよく知っている物語になる。

 また当時の<隠者>の活躍によって、世界に大きな変革がもたらされることになるのだが、これもここでは割愛させていただく。

 いずれにしてもこの災厄の登場によって、大陸中に大きな変化を求められたことには間違いない。

 それが良かったことなのか悪かったことなのかは、今の世でも大いに議論のあることだということだけは述べておく。

 

《アルベルト・ノーマン著「世界の趨勢」より》


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※いつもよりも文字数が少ないですが、話のきりが良いので今回はここで区切ります。

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