(4)事態の確認
伸広が突然いなくなってから数日が経ったある日。
拠点でのんびりと寛いでいた一行の元に、とある情報が飛び込んできた。
その情報を持ってきたのは、アリシアの専属侍女であるソフィだった。
珍しく表情を険しく変えながら近づいてきたソフィに、アリシアが首を傾げながら問いかけた。
「どうしたの? あなたがそんな顔をするのは珍しいわね」
「……申し訳ございません。まずは、これを」
ソフィは、そう言いながら一通の手紙を差し出してきた。
急いで伝えなければならないことであればわざわざ手紙なんて手段を取るはずがないのだが、敢えてそうしているということは言葉で伝えるのはまずいのだと考えられる。
ソフィの表情と相まって相当な事態だと察したアリシアは、幾分表情を硬くしてしっかりと密封されていた手紙を開封した。
その手紙の差し出し主は、アリシアの実の父であるカルロスだった。
手紙を読み進めるごとにアリシアの表情がより硬くなっていくのが、周囲にいる灯たちにもわかるほどだ。
やがて手紙を読み終えたのか、膝の上にそれを置いたアリシアは一度大きくため息を吐いていた。
黙ったまま何も話そうとしないアリシアに、忍が話しかけた。
アリシアは誰からも話しかけてほしくなければ、実際に事前にきちんと「話してこないように」と行ってくるタイプだ。
今回はそうではなく、ただ黙って何かを考えるような表情になっている。
だとするば、誰かと話をして頭の中を整理したいのではないかと考えてのことだった。
そして忍のその考えが正しかったことを証明するかのように、アリシアもきちんと忍の呼びかけに応えていた。
「どうなさいましたか、アリシア様」
「……あなたにそんな態度を取られると、変に頭が冷静になるわね」
「お役に立てたようで安心しました。――という冗談は置いておくとして、何かったのか? ……と聞くのもおかしな気もするが」
「そうね。伸広が長期間いなくなっているのだもの。普通に考えて何かあったと考えるわね」
「アリシアが話さないほうがいいと判断するならそれで構わないが……」
「いいえ。別のところから尾ひれがついた話を耳にする前に、あなたたちにはきちんと話しておいた方が良いでしょう」
「別のところ? ……いや、済まないな。今は思うように話してくれればいい」
「ごめんなさいね。といっても話自体は単純なことなのよ。どうやらそれぞれの国の代表に神託が降りたようなのよね。その内容が『これからひと月の間に大災害が起こる』だって」
「……それが本当かどうか、問い合わせがあったと?」
「それも含めて、ということでしょうね。まずは事実かどうかを確認したいそうよ」
アリシアが一旦そこで話を区切ると、忍たちも黙り込んで考え込んでいた。
皆が黙り込んでいたのは十秒ほどのことだったが、その視線がカルラに集まったのは当然の流れだった。
「――私に聞かれても分からないわよ? むしろその王の通りにアリシアが確認したほうが早いんじゃない?」
「そう言われもしても。一応私は神の転生体ではありますが、そこまで都合よく本体に確認が取れるわけではないのですが?」
「それは、わかっているわよ。それでも何もしないでいるよりはいいのでは? ちなみに一応言っておくけれど、私もまだ本当かどうかまでは掴み切れていないわ。……『彼』が動いている時点で疑う必要もなさそうだけれど」
「やはりあなたもそう思いますか」
「神々が直接動くほどの事態だもの。あの人が気付いていないはずがないわ。……本当に、あの人にはこの世界はどう映って見えているのでしょうね」
自身の無力さと伸広に対する憧れのようなものが混じったように言ったカルラに対して、他の女性陣も何とも言えない空気感を漂わせていた。
この空気感は、アリシアたちがカルラと同じような感情を持っているということだ。
「……止めましょう。今はそれを考えても仕方ありません。それよりも、本体が応えてくれるかどうかですが……確かにやってみなければわかりませんね」
「大丈夫なのか?」
「問いかけるくらいは特に何もないわ。でも答えがあるかどうかはわからないけれど」
「そうか。それなら確かにやってみる価値はあるだろうな」
「あまり便利に利用したくはなかったのだけれど……さすがにこの状況でそんなことを言っていられるわけがなかったわね」
「あら。過ぎた力を持った時にしっかりと自制できるというのは、得難い美徳だと思うわよ?」
「……どうもありがとうございます」
魔物であるはずのカルラからそんなことを言われて、アリシアは微妙な表情になりつつもお礼を言った。
人の場合はまず先に神の転生体ということの方が先に事実として捉えられるので、カルラのように真っすぐに感情をぶつけられることは少ないのだ。
勿論、灯たちはすでにその段階を通り越しているので外れるが、ほとんどの人は嫉妬や羨ましさといった感情の方が浮き出てくる。
人前に立つことが当たり前の状況である王女として生まれてきたアリシアだからこそ、そうした感情はすぐに察することが出来る。
どうにもカルラが護衛についていることで予想以上の関係性が築けているようだと感じていたアリシアは、それはそれとしてすぐに
最高神であるはずのアルスリアに連絡を取るのは普通で考えれば容易ではないはずなのだが、転生体であるアリシアは色々と飛び越して行える。
ただしそれに応えるかはアルスリア次第なので、いつでもどこでも自由自在に応答ができるというわけではない。
というよりも、むしろ答えを貰えないほうが多いのだ。
アリシアが集中状態に入ってからしばらくして、ようやく彼女が目を開いて周囲を見回した。
そのときの目が少しうつろになっていたように見えたので、忍が心配して声をかけた。
「大丈夫か?」
「ええ。心配してくれてありがとう。ここまで長時間話したのは初めてだったから戸惑ってしまったのよ」
「こっちから見ていて、体はこっちに合って
「そんなことまで分かるのですね。確かに、精神は別のところに行っているようでした。だから話が終わって戻された時に、戸惑ってしまったのよ」
そんなことができるのかと思うような力ではあるが、相手が最高神である以上はできても不思議ではないのだろう。
話を聞いていた忍たちは、そう考えることにした。
それはともかく、今はそれ以外に大事なことがある。
「それで、どんな話だったんだ?」
「まず神託についてだけれど、全て本当のことのようね。複数の神々が動いている以上は、嘘なんてことにはならないでしょう」
「それはそうだな」
「その神託に対して私がどう動くべきかは、特に答えを貰えなかったわ。好きに動くようにと。ただ……」
「だだ……なんだ?」
「場合によっては伸広と違った考えを持つかもしれない――と、そう仰っていたわね。具体的にどんなことなのかは言われなかったけれど」
「……そうか。それはまた、アリシアにとっては難しい問題だな」
「それぞれ個々の考えを持った人間なのだから、そういうことが起こるのも当然でしょう。どんな違いなのかは、それこそ起こってみないとわからないわ」
「なるほどな。きちんと自分自身で考えるようにということか」
「ええ。アルスリア様もそう仰っていたわ。それよりも今は、きちんと対応するように伝えに行かないといけないわね」
どこに行くかといえば、わざわざアルスリアへ問いかけるきっかけを手紙という形でくれた父王のところだ。
神域にある拠点とリンドワーグ王国にあるアリシアの私室は転移陣で繋がっているので、いつでも自由に王国に向かうことができる。
まずは娘としての義理を果たそうと、アリシアは皆と一緒に王城へと向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます