(5)都合のいい解釈

 父王からの召喚を受けて王城へと向かったアリシアたちは、待っていましたと言わんばかりにカルロス王に呼ばれた。

 そして呼ばれた先の会議室には、王以外にも宰相を始めとした重鎮たちが揃っていた。

 一同からの視線を受けた一行は、特に気にした様子もなく勧められた席に着いた。

 この世界に来たばかりの灯たちであれば彼らの視線に委縮しただろうが、今ではそんなことにはならずに実に堂々とした態度を取っている。

 その態度が気に食わないのか、中には表情を変える者もいたが、アリシアたちは一顧だにせず出席者を見ていた。

 ちなみに伸広に頼まれてアリシアに護衛としてついているカルラも、当然のように一緒に着いてきていた。

 見るからにヴァンパイアであるカルラがいることに疑問を覚える出席者もいるようだが、これについてもアリシアは特に説明するつもりはないようだった。

 いかにも護衛という感じでアリシアの傍にいるカルラを見て、軍に関係している一部の者たちが何やら言いたげな表情をしているがこれも綺麗に無視をしている。

 

 数々の疑問の視線を無視しているアリシアは、真っすぐにカルロスを見ながら問いかけた。

「ご無沙汰しております」

「うむ。久しぶりだな。それで、彼女のことだが――」

「彼女? ああ、カルラのことですか。カルラでしたら私の護衛です。質問がそれだけでしたらもう戻っても――」

「待て待て。私が悪かった。すぐに本題に入ろう」

「そうしてください。父上たちは、今私たちを相手にしている時間などないはずではありませんか」

「ふむ。そう言うということは、既に彼の件のことは知っているということだな?」

「大災害級の存在が目覚めつつあるということは知っています。ですが、それ以上のことはわかりませんよ? そういう意味では私よりも父上たちのほうが詳しいのではありませんか?」

 いつも通りの表情でそう言ったアリシアの表情を、カルロスはじっと見つめてきた。

 

 その視線は今のアリシアの言葉に嘘がないかを見定めるためのものであり、神の転生体であるアリシアが何かを知っているのではないかと期待しているものでもあった。

 ただし今言ったように、アリシアが現時点で持っている情報は大国の一つであるリンドワーグ王国が集めたもの以上のものではないと断言できる。

 だからこそアリシアは、カルロスからの鋭い視線を受けても特に気にした様子もなく普段通りに微笑みを浮かべていた。

 それは時間にして数秒のことだったが、先に折れたのはカルロスだった。

 

「……そうか。わかった。あの封印が解けかかっている魔物がどこへ向かうのかなどはわからないということだな」

 カルロスがそう言うと、周囲から悲鳴のような声が上がった。

「王! 何故諦めるのです!」

「そうです! 姫は神の転生体なのですぞ! 当然、もっと詳しい情報を神々から聞いているはずです!」

「逆に聞きたいが、何故そう断言できるのだ? ついでにアリシアがその情報を持っていたとして、わざわざ隠す理由はなんだ?」

「そのような理由などどうでもいいではありませか! 今はとにかく、あの魔物をどうすればいいのか、聞き出すべきです!」


 何やら断言めいたことを言いだす一部の重鎮たちを見ながら、アリシアは内心で呆れていた。

 その呆れには、いつからこの国の命運を握っている者たちはここまで質が落ちたのかという感想も含まれている。

 神の転生体が人にとってそこまで都合のいい存在ではないことは歴史上で散々語られているのだが、異常ともいえる緊急事態が起これば都合よく忘れてしまうらしい。

 本来であればこうした事態が起こっても冷静でいられるからこそ、人の上に立つ資格があるはずなのだが。

 

 そのアリシアの内心が伝わったのか、カルロスが彼らを諫めるような視線を向けていた。

「――私はお前たちがそこまで愚かだとは思いたくはないのだがな。何のために学院でこれまでの歴史を学んで来たのだ?」

 半ば揶揄するような王の物言いに、それまで口々にアリシアを糾弾していた者たちの口が閉じた。

「都合のいい時にだけ神の力を利用しようなどと、私は口が裂けても言えないがな。そなたたちが言っているのはそういうこと何だがな」

「カルロス王、少し落ち着かれますように。彼らも国のためを思っての発言だったのでしょう」

 こう重鎮たちをかばうような発言をしたのは、王の隣に座っている宰相だった。

「宰相、お前もか。そもそも神の転生体であるアリシアのことについては、判明した時点で決まっていることだと思ったのだがな」


「言いたいことはわかりますが、その取り決めはあくまでも平時においてのもの。今は状況が違うと具申いたします」

「なるほど。そして神の転生体を都合のいいように利用して、過去の過ちを繰り返して結果国を潰すというわけか」

「さすがにそれは言い過ぎでは……?」

「そうか? 私にははっきりそう言っているように聞こえるのだがな?」

 

 誰がどう見ても怒っているように見えるカルロスだが、その口調自体は実に平坦だった。

 だがそれが逆に、カルロス王の怒りがより深いことを示している。

 だからこそ宰相以外の重鎮たちは、口を挟まずただただ二人のやり取りを見守っていた。

 ちなみに彼らは気付いていないが、カルロスと宰相のやり取りは事前に決めていたものだったりする。

 どうせこの話し合いの席で暴走する者が出ると分かり切っていたので、宰相がカルロスに対して矢面に立つことにしたのだ。

 アリシアはそのことを事前には聞いていなかったが、これまでのやり取りで何となくそうなんだろうと感覚的に察していた。

 

 無言のままにらみ合うカルロスと宰相を見て、アリシアはここが自分の出番かと口を挟むことにした。

「皆さまがどう思おうが構いませんが、神の転生体はそこまで都合のいい存在ではありません。特に人にとっての都合のいい救世主にはなりえない――ということはご理解ください」

 どうせ言っても無駄だろうと思いつつアリシアは最低限言うべきことを言って締めた。

 そのアリシアに、宰相を見ていたカルロスが視線を向けてきた。

「うむ。少なくとも私は理解しているので、無駄なやり取りはこれまでにしておこう。それよりも聞きたいことがあるのだが?」

「なんでしょう?」

「――かの方はどうされているのだ?」


 カルロスが、わざわざ「かの方」という存在は一人しかいない。

「彼でしたら神々からの神託が下りる前から出かけると言って出て行ったきり戻ってきておりません」

「何? ということはこのことを知らないということも……?」

「ない……と思いたいですが、どうでしょう。こちらから連絡を取る手段がない以上は知りようがありません」

 アリシアのその答えを聞いたカルロスは、あからさまに当てが外れたという顔をした。

 

 どうやら父王は父王で、人外ともいえる伸広の力を利用しようとしていたと理解したアリシアだったが、自らの気持ちは表に出さずに平静を装ったまま続けた。

「この度の件は、わざわざ複数の神々が神託を卸すほどのものです。皆様も他人の力をあてにしようと考えずに、国を動かしている者としての役目をしっかりと果たすべきではないでしょうか」

「……そうか。では神の転生体であるそなたは、一体どんな役目を果たすのか?」

「少なくとも一つの国に対してだけ有利になるように動くことではないことは理解しております」

 カルロスから再び探るような視線を向けられたアリシアだったが、しっかりとリンドワーグ王国だけの味方をするつもりはないと宣言するのであった。

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