(3)確認
朝。伸広と入れ替わるように護衛としてアリシアの傍にいるカルラに、女性陣の視線が集まっていた。
もっと詳細をいえば、聞きたいことがあるのだが聞いていいかどうかわからないという視線だった。
カルラも当然その視線に気づいていて、さすがにそろそろいいだろうというタイミングで一度ため息を吐いてからアリシアに言った。
「聞きたいことがあるんだったら、はっきり聞いたらどう? もっとも今は聞かなくともなんとなく分かるけれど」
「…………そうね。それじゃあはっきり聞くけれど、あなたは伸広が何をしにどこに行っているのか、分かるのかしら?」
「期待に応えられなくて申し訳ないけれど、ほとんど分からないわね。ただ少し前に、大陸の中央あたりで何か大きな魔力が動いた気がしたわ。恐らくそれのことじゃないかしらね。……推測だけれど」
「……そう。貴方にもはっきりしたことはわからないのね」
「ダンジョンの奥にいたからという理由もあるけれど……いえ。ノブヒロであればどこにいても結果は変わらなかったかしら? いずれにしても、私にわかっているのはそれだけ」
カルラの様子を見て本当に分からないと納得した詩織が、少し考えるような顔になって聞く。
「それだけしかわからないのに、よく護衛を引き受けることにしましたね」
「あら。私にとってはそれだけの価値があるということよ。もっとも今回は借りを返すことだけれどね。それでもあの人から私に頭を下げるのは、本当に珍しいのよ。こんな滅多にない機会、逃すわけにはいかないわ」
欲望に忠実なままの答えを聞いて、灯たちはダンジョンマスターであるカルラらしいと納得していた。
「師匠の様子を見る限りでは、よほどのことが起こったのだと思うのですが……」
「私もそう思うわ。でも具体的にそれが何かと言われるとね。世界中に魔力の網を張り巡らせているとかでもないと分からないわよ」
「つまりは、師匠はそれができていると?」
「できなければ、魔帝なんて呼ばれないわよ」
世界中に魔力の網を張り巡らせる――言葉にすれば簡単だが、実際にそれを行うとなるととんでもない力が必要になる。
その力とは、魔力のみならず張り巡らされた魔力を維持できる能力だったり、網に変化があった際にそれを探知できる力など、すべてを含んだもののことを言う。
単純に自分の近い場所に魔力の網を張るだけなら灯たちにもできるが、その範囲は限定的でしかない。
だからこそカルラの言ったことが、全てにおいてとんでもない力がないとできないことだと理解できている。
「伸広の動きを見てやきもきをするのは分かるけれど、今のところ私たちに出来ることはないわよ。必要であれば、彼の性格上きちんと話すでしょう?」
「それは確かに、そのとおりね」
「そういうわけだから、今は大人しく結果を待っていましょう」
「……そうするしかないわね。問題はどれくらいかかるのかということだけれど」
「さすがにそれは、私にもわからないわね。あの人が直接出向いたということは相応の理由があるのでしょうけれど……それくらいしかわからないわ」
「それは、長くなる可能性もあるということですか?」
アリシアに変わって灯がそう問いかけると、カルラは頷き返してきた。
「あくまでも可能性だけれどね。推測ばかりだからどちらに転んでもおかしくはないけれど」
「何が起こっているのかわからない以上は、期間も分からないのは当然でしたか……」
灯はカルラの答えにガッカリしつつも、納得した表情で頷いた。
そもそも自分たちが分かっていないことを問いかけているので、何故分からないのかと問い詰めるわけにもいかない。
何よりも目の前にいる相手は、五大ダンジョンのダンジョンマスターなので下手に期限を損ねるような真似をするわけにはいかない。
だからといって腫物扱いするわけではないのだが、それでもある程度の線引きは必要になるだろう。
何とも言えない微妙な空気感の中で、カルラはそれを気にしているのか、あるいは全く気にしていないのか、ただただ伸広から言われたアリシアの護衛を続けていた。
それを灯たちはできる限り気にすることのないように、いつもの日常に戻っていくのであった。
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カルラにアリシアの護衛を任せた伸広は、とある男の執念によって起こされた現場についていた。
そこでは国の関係者が男が何をやったのかを調べるためにうろついていたが、伸広は気にすることなくその場所へと近づいていく。
だが普通であれば現場を確保している国の騎士なりが止めてもおかしくはないところ、伸広は止められることなく、それどころか気付かれることなくその場所へと近づいていた。
事件を起こした男が何かの実験を行っていた場所はそこからさらに進んだ場所で、伸広は正確にそこへと進んでいった。
この辺りを治めている国の関係者がいたのは現場の入口辺りで、男が実際に実験を行った場所には誰もいなかった。
伸広にとっては好都合なので構わないのだが、いささか不用心に過ぎるのではないかとも思った。
とはいえもともとこの場所は人の立ち入りが禁止されていた場所なので、早々簡単に人が入ってこないというのもわかる。
禁止区域といえば多少聞こえがいいが、実際には禁忌に近いような場所なのだ。
そんな場所に着いて何が起こったのかを確認しに来た伸広は、一目見てこの場で何が行われたのかを正確に把握した。
「……なるほど。不可逆な事象で止めることができないようにしたか。その結果についてどうなるかまではわかっていなかったのかな? あるいはどちらでもよかったのか。……さて、どうしたものか」
「――いくらあなたでも、止めることはできないわよ?」
自分以外には誰もいなかったはずの場所にいきなり女性の気配と声が聞こえてきたが、伸広は驚くことなく振り返って言った。
「そうだね。確かに止められるなら止めたけれど、こうなってしまった以上は仕方ないよ。それよりも、こんな場所に出てきても大丈夫なのアルスリア?」
「無理に出てきたわけじゃないから大丈夫よ。むしろ条件を満たしていたからこうして堂々と来られたのよ」
「……なるほど。本当に余計なことをしてくれたみたいだね」
「まったくね。――それで、どうするの?」
「どうもしないよ。さっきも言った通り、起こってしまったことは仕方ない。あとはまあ、自然のままに動くしかないね」
「自然のままに、ね。あなたがそれでいいなら構わないわ。私は私で動くから」
「おや? 君が動くほどの事態かな?」
「勿論、直接動くのは私ではなく、他の誰かでしょうけれどね」
「なるほど。そういうことならこっちもそのつもりで動こうか」
伸広がそう結論を出すとアリシアはそれには答えず笑顔だけを見せて、その場から去って行った。
「――やれやれ。まさか最高神が直接動くことになるとはね。本当に面倒なことをしてくれたもんだよ」
アルスリアを見送った伸広はそう呟いたが、それを聞く者は誰もいなかった。
そしてその伸広も、アルスリアを見送ってから五分も経たずにその場から姿を消すのであった。
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