(2)反芻と異常発生?
連携の凄さを絶賛してくる『豊穣の縁』の面々に、灯たちとしては若干の戸惑いと多少の疑問が浮かんでいた。
そもそも『隠者の弟子』は単独行動することがほとんどで、これまで他のパーティと組んで仕事なりダンジョン攻略をしたことはない。
それなのに『豊穣の縁』から褒められるのはどういうことなのか、という考えが浮かぶのは当然だろう。
とはいえ当事者である『豊穣の縁』が褒めてくるということは、実際に連携はきちんとできているのだろう。
『隠者の弟子』をSランクにするために持ち上げている可能性もそれぞれで考えはしたが、そんなところを褒めてもSランクになりたいと思うかは疑問が残る。
冒険者のSランクは、パーティ単位で動いて結果を残せるからこそそのランクと引き換えに名誉を与えられるのだ。
他のパーティの引き立て役として優れているからという理由で、Sランクに選ばれることはまずないだろう。
というわけで『豊穣の縁』は何の忖度もなしに『隠者の弟子』の連携を褒めているということで、だからこそ戸惑いのようなものが生まれているのだ。
勿論、戸惑っているからといってもダンジョン攻略に影響があったというわけではない。
その日のダンジョン攻略も特に大きな事故が起こることもなく、順調に進めることができていた。
今回は一泊だけする予定になっていたのだが、それもしっかりとこなしたあとは全く問題なくダンジョンから引き上げることができていた。
潜っていた時間も短かったので、SランクとAランクの合同パーティとしてはそこまで稼ぎがよかったというわけではなかったのだが。
そして攻略を終えて皆で住んでいる
「うーん。なんだろうな? 褒められて嬉しくないわけではないんだが、どうも素直に喜べないというか……」
「わかる。私も忍と同じ気持ち」
腕を組みながら首を傾げつつ唸る忍に、詩織が同意するように頷いていた。
『豊穣の縁』の面々が本気で褒めてくれているのはわかっているのだがどこか釈然としない両者に、灯が冷静に突込みをいれた。
「褒めていたといっても、あくまでも連携についてであって『隠者の弟子』としての力ではないから……かな?」
「そうね。少し別の見方をすれば、あくまでも『豊穣の縁』が主で『隠者の弟子』は引き立て役という言い回しだったように感じたわ」
灯とアリシアの分析に、忍と詩織がようやく納得した顔になっていた。
確かに『豊穣の縁』の面々は、今回のダンジョン攻略で『隠者の弟子』の連携の上手さは褒めていたが、ここの能力については特に言及していなかった。
協力してダンジョンに潜るのが数回になって、そろそろお互いの能力を見慣れてきて特に褒めるようなことではないと考えているのかもしれないが、それでもそんなものかと思ってしまうのは仕方ないだろう。
もっといえば、『豊穣の縁』は『隠者の弟子』をSランクに引き上げようとしている側のはずなので、もう少しここの能力についての言及があってもいいだろう。
……と考えていたのは忍と詩織で、灯とアリシアには別の考えがあるようだった。
「――そもそも潜っていたのが低ランク層だから変にとがった力を見せたりはできなかったしね」
「そうね。それに、これまでの経験で個々の能力を褒めても勧誘には響かないと考えているのでしょうね」
「あ~。なるほど。確かに一理ある気もするが……ヘルギがそこまで考えて発言しているか?」
聞きようによっては失礼な言い回しだが、この場に忍の言葉を否定する者はいなかった。
付け加えると全員が忍の言葉に同意していて、さらにこの場に『豊穣の縁』のヘルギ以外の面々がいても同じ対応をしただろう。
「どうでしょうね? ただ少なくとも発案しているのは間違いなくミサだと思うわ」
「私もそう思うわ」
アリシアの言葉に灯が続けて答えると、忍と詩織も納得の表情になっていた。
『豊穣の縁』が『隠者の弟子』を分析していたように、灯たちもきちんと『豊穣の縁』について色々と確認をしていた。
その分析だとリーダーは確かにヘルギだが、パーティの知恵袋はどう考えても魔法使いのミサ担当だとわかっている。
もっともそんなことはわざわざ分析をしなくとも、普段の行動から丸わかりなので深い付き合いがない冒険者パーティも同じような印象を抱いているだろう。
灯たちが『豊穣の縁』と共にダンジョンに潜って分析していることは、パーティの連携方法から個人の戦い方までSランクがどういう存在なのかをしっかりと確認していた。
『豊穣の縁』も『隠者の弟子』が分析していることは知っているだろうが、それはお互い様なので特に何かを言われることはないいし、言うこともないだろう。
基本的には今のままで構わないだろうという空気が流れたところで、アリシアの視線が伸広に向いた。
一応それで構わないかと確認しようとしたのだが、アリシアはそこで初めて伸広の様子がいつもと違っていることに気が付いた。
「――伸広? 何かあった? 他に注意するようなことでもあるかしら?」
アリシアのその言葉で他の三人もようやく伸広の様子に気付いていた。
「いや。そういうわけじゃないんだけれど……ちょっと、これはちゃんと確認したほうが良いかな」
独り言のように呟いた伸広に、アリシアは首を傾げて言葉には出さずに疑問を投げかける。
だが伸広は直接それに答えることはせずに、少し何かを考える様子を見せてから呟きのように短く聖句を唱える。
『カルラ、ちょっといいか?』
それは普通の人からすればごく普通の呼びかけに聞こえたかもしれないが、力のある者が聞けばきちんとした呪文になっていることが分かるものだった。
こうした何気ない言葉も基礎魔法を極めれば、れっきとした呪文になるという典型的な例である。
果たしてその結果によって、彼らの前に小さな魔法陣が出現してそこから一人の女性が姿を見せた。
「――どうしたの? こんな呼び出し方、随分と珍しい……あら。皆も揃っているのね」
「済まないが、少し離れなければならない用事ができてね。悪いが以前の借りを返させてもらえないか?」
「それは勿論。……と言いたいけれど、ここで言い出したということは彼女たちの護衛か何かかしら?」
「そういうこと。それで済むなら安いものだろう?」
「本当に……と言いたいけれど、期限はどれくらいかしら?」
「できれば無期限で。最低でも一週間以上お願いしたいな」
「それはまた随分と無茶を言うわね。作成中のお薬なんかもあったのだけれど?」
「無理なら仕方ないな。それなら別の者に頼むのだが……他に信用できる女性となるとな」
そう言って、考え込むような顔になってうつむき加減になった伸広は気付いていなかった。
伸広が「信頼できる」といった時に、カルラの表情が若干嬉しそうなものに変わっていたことに。
他の女性陣はそれには気付いていたが、どう考えても緊急事態になっていそうだと分かる時点で口を挟むようなことはしなかった。
出来る限りいつも通りの表情を保ったまま、カルラは少し慌てた様子で手を振った。
「ああ、うん。大したことじゃないから別に構わないわ。ただ処理を止める必要があるから少しだけ時間が欲しいわ」
「それくらいなら良いけれど、大丈夫なのかな?」
「勿論大丈夫よ。私を誰だと思っているの?」
ここぞとばかりに胸を張るカルラに、伸広は苦笑をしながら頷き返した。
カルラが言っていた薬の作成途中というのは本当だったようで、伸広の依頼を正式に受けたカルラは一旦自分の領域へと帰った。
翌朝には戻って来ると言っていたので、そこからカルラの護衛が始まることになる。
この一連の流れを見ていたアリシアたちは当然のように伸広に事情を尋ねるが、尋ねられた当人は「もしかすると問題が起きるかもしれないから確認してくる」とだけ言って終わらせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます