(7)密談
忍と詩織がお偉い人からありがたいお言葉を頂いている(大げさ)その時。
三人組のもう一人である灯は、神域の拠点で大人しく勉強をしていた。
普通勉強は大人しくするものなのだが、この場合は正しく「大人しく」である。
というのも、魔法の「勉強」というものには、必ず実践がついてまわる。
さらに魔法の中には攻撃やそれに類するものも多くある(というよりはそれがメイン)ので、どうしても大きな音が出てしまう。
それ故に、色々な意味で「大人しく勉強する」というのは、魔法を修めている者にとっては貴重な時間だったりするのだ。
もっともこの話を忍と詩織が聞けば、それとは別の意味でガッカリしたかもしれない。
そのあとには、心の中でこう付け加えられるだろう。「折角
もっともそんな親友たちの心の声が聞こえたところで、灯は呆れたような視線になって言うだろう。「お姫様が一緒にいるのに何を言っているのよ」と。
そう。この場にいるのは灯だけではなく、アリシアも一緒だった。
そのアリシアが、ふと読んでいた本から視線を上げた。
「そういえば、灯は私のことをどう思っているのかしら?」
「はい……? どういう意味でしょう?」
「いえね。伸広もたまたま近くにはいないようだし、折角の機会だから聞いておこうと思ってね」
そう言ってきたアリシアだったが、相変わらず灯は意味が分からずに首を傾げる。
「あらあら。わからないかしら? これは伸広だけではなく、こっちもお鈍さんということかしらね?」
「あ……あえ、えーと。そっち方面のお話でしたか」
「まあ、そういうことね。伸広の名前を出しただけで即理解されるというのは、それはそれで何とも言い難いけれど」
「それは……アハハハハ。そうですね――としか答えようがありませんね」
「こればかりは私でもかばいようがないからね。まあそれはいいわ。それよりも、さっきの話よ」
「あ。やっぱり誤魔化されてはくれませんか」
「それはねえ。敢えてあなたがこの手の話題から避けていることも分かっていたし、そろそろはっきりしておいてもいいかなと思ってね」
そう言いながら真っすぐに見つめてくるアリシアに、灯は真面目な表情で頷いた。
「それもそうですね。確かにいい機会といえるかもしれません。といっても、私の答えが満足できるものかはわかりませんが」
「そう? とりあえず聞いてみないことにはわからないわね」
「確かにそうですね。――それで答えですが、正直にいえばよく我慢し続けていられるな、と」
灯のその言葉を聞いたアリシアは、一瞬驚いたような顔になってから少しだけ苦笑した。
「それはまた……随分と都合のいい言葉ね。私……だけではなく、伸広にとってもかしら」
「そうですか?」
「そうよ。だって、要するによく返答を待っていられるなということよね? それってあなたにとってもあまりいい意味ではないでしょう? 同じ穴の狢としては」
「同じ穴の狢――ですか。確かにそうかもしれませんね」
そう答えながら少し考えるような表情になった灯だったが、すぐに言葉を続けた。
「先にアリシア様の疑問に答えてしまいますが、そもそも私は師匠を独占しようとは思っていませんから」
「何故? あなたの世界ではそれが当然なのでしょう?」
「世界――と一括りにしてしまうのは間違っていると思いますが、少なくとも生まれ育った国ではそうでした」
でした――と灯が敢えて過去形で言ってきたことに気付いたアリシアだったが、話が逸れるのを嫌ってここでは敢えて深く聞くのは止めた。
「随分と軽く言うのね? 最も重要な価値観の一つだと思っていたけれど?」
「そうかも知れませんね。ですが、そうではないと思っている人がいたのも確かで……いえ。そういうことではありませんね」
ここでいったん言葉を区切った灯は、掛値のない本心だということを示すためにアリシアを真っすぐに見つめながら続けて言った。
「最初から負けると分かっている勝負に挑むのは、いくら私でもするつもりはありません。しかもその相手が、わざわざおこぼれをくれると分かっているのに、です」
「おこぼれ――ね」
灯の言った表現が面白かったのか、アリシアはここでクスリと笑った。
「実際そうじゃありませんか? 少なくとも今のところ師匠の気持ちはアリシア様にしか向いていません。――というよりも、アリシア様に応えようと必死というべきでしょうか」
「周りから見て、全くそうは見えないところが彼の不器用――というか可哀そうなところね」
「全く同感です」
同じような結論を持っていることが面白かったのか、アリシアと灯は同時に顔を見合わせてから笑みをこぼした。
「世間一般でいえば、間違いなく優柔不断と言われそうではあるけれど……止めましょう。今は彼のことよりも私たちの問題ね」
「そうでした。とにかくアリシア様のことしか見えていない以上、今私が変に動いたところで拒絶されるだけで終わります」
「彼の行動原理だとそうなるでしょうね」
「ですよね。だからといって、私はこの気持ちを諦めるつもりはない。それではどうすればいいのかと考えて、普通に受け入れてくれるアリシア様の好意にすがっているだけです。私は後から認めてもらえるように頑張ればいい」
「というよりも、気付いた時には断れないようにしていると言うべきでは?」
「それもあります……が、それはアリシア様も同じでは?」
「あら。ばれてしまっているのね」
「そういうことも含めて『好意にすがっている』ということです」
ある意味では達観しているように感じる灯の言葉に、アリシアは再び問いかけた。
「あなたはそれでいいのかしら?」
「どうでしょう? 独占したいという気持ちがないわけではありませんが、もともとそういう気持ちが人よりも薄いのかもしれませんね」
「それは……どうなのかしら?」
「そもそも――今後『神の一員になる可能性が高い』相手を人である私だけが独占できると考える方が不自然ではありませんか? 一応私は、向こうでも巫女としての修行も積んでいたわけですし」
「あら。流石は乙女の勘といったところかしらね?」
「勘ではない、とは言いませんが……これだけ条件が揃っていれば気付くと思いませんか?」
「どうでしょう? 少なくとも今のところあなた以外は誰も気が付いていないと思うわよ?」
「忍や詩織は……こちらと比べて、そもそも神とは縁の薄い場所にいましたから。向こうでは、私の生い立ちのほうがが特殊だったともいえるかもしれません。それに、こちらで生まれ育った者たちは、そもそもそんなことを考えること自体が不敬だと思うのでは?」
灯のその問いに、アリシアは具体的に言葉では返さなかったがニコリとだけ笑った。
「そういうわけでして、私としてはアリシア様が許してくださる限りは、今のこの気持ちを諦めるつもりはありません」
「私が許さないと言った場合は?」
「少なくともそれだけはあり得ない、と答えます」
「あら、何故? 私も生まれは特殊だけれど、人であることには変わりはないのよ?」
「ですが、神の転生体ですよね? それが答えです」
「あら。そんなことまで予想しているのね」
「安心してください。師匠は気付いていないようですから。――本当に、こういう時だけは鈍ちんですね」
「だからこそ助かっているともいえるけれどね」
アリシアのその言葉に、二人は再び顔を見合わせて笑った。
もしこの場に詩織か忍がいれば、どこか共犯者の笑いのように見える――と言ったかもしれない。
――が、残念ながらこの場にはアリシアと灯の二人しかいなかったので、その言葉を聞くことはなかった。
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<お知らせ>
いつもご覧いただきありがとうございます。
またブックマーク、評価等もありがたく執筆の励みにさせていただいております。
話は変わって、コツコツ書き溜めていた新作を昨日より公開させていただいております。
是非そちらもご覧下さい。
タイトル:「『木の人』による異世界の歩き方」
よろしくお願いいたします。
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