(6)今後の方針

 現在の忍の戦い方は、日本で本格的にやっていた剣道と伸広から教わった魔力操作による各ステータスアップ(身体強化)の恩恵によるごり押しが基本となっている。

 ごり押しというと言葉が悪いが、精密な魔力操作で他の魔物を上回るスピードやパワーで圧倒するというやり方だ。

 これを人対人に当てはめると、大抵は身体強化のごり押しでどうにかなるが、今目の前にいるご隠居やシームを代表とする経験豊富な相手になると苦戦する。

 ただしご隠居などの人対人の経験が豊富な人材はそこまで多くはないので、今でもその他大勢の冒険者などには普通に勝てるだろう。

 問題なのは、その経験値が豊富な人物であって、それは忍もよく理解している。

 それゆえに道場で技をはじめとした様々な経験を積みたいと考えていたのだ。

 ところが目の前のご隠居の言葉によると、今の状態から下手に各流派による手ほどきを受けるとこれまでの戦い方が崩れ去ってしまう可能性があるという。

 それでうまくいけば儲けもので、ご隠居の見立てによれば今の強さに戻るのにも大変な苦労がいるそうだ。

 

 流石にここまで話を聞けば、忍としても無理に道場入りはしなくてもいいかという気持ちが浮かんできた。

 そんな忍に対して、ご隠居は見透かしたようにこう付け加えてきた。

「まあ落ち着きなさい。さすがにどこも合わないといって放り投げるつもりはないからの。そなたのような有望な若者を導くのも老人の役目じゃて」

「それは……ありがとうございます」

「ホッホッホ。礼を言われるようなことではないの。――まあそれはともかくとして、今後についてじゃが、そなたらは武道大会なんかは見たことがあるかの?」

「武道大会? 闘技場での大会ではなく?」

「同じようなものじゃの。ここホウライでは、各流派が技術の向上を名目に各地で交流試合を開いておる。中には大きな大会もあるんじゃがの」

 

 ホウライで開かれている武道大会は、基本的に真剣を使ったものではなく竹刀を使ったものになる。

 それ故に大陸で開かれている闘技会とは違った趣になるのだが、それでも危険が伴うのは変わらない。

 とはいえ真剣と比べれば、安全度が高くなるのは間違いない。

 ここで忍にとって重要になってくるのは、それらの安全性の元に各流派の出場選手が様々な技を駆使して戦いが繰り広げられていることだ。

 簡単に言ってしまえば、それぞれの流派の技が多少遠目になるとはいえ盗み放題というわけだ。

 勿論、見ただけで技の再現ができるという普通ではあり得ないような条件が付くのだが。

 

「――そなたの身体能力であれば、簡単にとは言わないまでも再現はできるじゃろう。あとは反復練習と実戦での応用じゃの。こればかりは数をこなすしかないが、他流試合を積極的に行っておる道場もあるからの。一つに絞る必要はなかろうて。いっそのこと武道大会に出てしまうのもありじゃの」

「なるほど。そういうことか……」

 ご隠居が言いたいことが分かった忍は、考え込むような表情になった。

 一つの道場に絞って技を習っていくよりも複数の道場の技を独自に使いやすいようにしていくのはどうか、というのが老人の提案だった。

 

 自分の言葉を聞いて考え込む忍を見て満足そうに頷いたご隠居は、さらに詩織を見ながら言った。

「見たところそなたは弓使いのようじゃが、恐らくこちらのおなごと同じようなものではないかの?」

「確かに……そうですね」

「弓と刀は全く同じとはいかんが、それでも見た感じはこちらのおなごと同じじゃろうて。ついでに、普通の道場では教わらないような魔法も使えるのじゃろう?」

「それは間違いないです」

 自信をもって頷く詩織に、ご隠居は何かを見極めるように目を細めた。

「では、どういう体の運びをするのか、技の使い方をするのか。独自に修練したほうがよかろうて。――そなたらのような才能を持った者は、自らの手で育てたいと思うのが指導者の誉だがの」

「あなた方はそれを望まないのですか?」

「自らの手で教えると、その才能がつぶれる可能性のほうが高いと分かっていて手を出すほど、耄碌はしておらんからの」

 

 あっさりとそう言い放ったご隠居に、詩織はなるほどと頷き返した。

 そこでちょっとした騒めきが起きたのだが、それは周囲で話を聞いていた門下生らしき者たちのものだった。

 彼らにしてみれば、フカミの町で最も指導者として名高いご隠居が、お手上げだと言ったのに等しい言葉を言ったのだ。

 驚くなというほうが無理がある。

 

 そんな周囲の様子に、黙って詩織との会話を聞いていた忍が口を開こうとしたが、それよりも先にご隠居が続けて言った。

「何もここで放り出すというわけでもないからの。もし困ったことがあれば、いつでもここに来るとよい。門番にはきちんと伝えておくからの」

 いつでも指導はするというご隠居の申し出に、忍と詩織は同時に顔を見合わせてからすぐに頭を下げた。

「初対面にも関わらず、これ以上ない助言助かる」

「しかもこの道場にまで自由に出入りできるようにして下さるとは。――ありがとうございます」

「何の何の。先も言ったが、先のある若者を導くことが今の儂の楽しみじゃからの。時折来て成長を見せてくれればよい。……忙しい身であるがゆえにいつもいるわけではないのが残念じゃがの。こんな老人をいつまで働かせるつもりなのだろうの」

 そう付け加えられた最後に愚痴に、忍と詩織は小さく笑った。

 言葉で何かを返せば、ご隠居かあるいは「いつまでもご隠居を働かせている」誰かに対して失礼になりかねない。

 すぐにその判断ができるくらいには、忍と詩織も日本にいた時と比べて成長しているのだ。

 

 いずれにしてもご隠居のお陰で、今後の方針は決まった。

 本来であれば名前を聞いておきたいという気もしているのだが、本人が言う気がないのか、周囲もそれに関しては触れてこないので敢えてそのままにしている。

 あるいは名前を聞いてしまえば自分たちの態度が変わると考えているのかもしれない、というのが忍や詩織の考えだ。

 それ故に、名前についてはこちらから触れないように敢えてしていた。

 

 そういうわけで改めて礼だけをしてからこの道場から退出し――ようとした二人だったが、その雰囲気を察したご隠居が止めた。

「ここまで来ておいて話を聞くだけで終わるのは寂しかろう。折角じゃから他の者たちの修練でも見て行ったらどうかの?」

「それはありがたいが、いいのか?」

「先ほども言ったであろう。勿論、構わん」

「それでは、ありがたく見学させてもらいます」

 ご隠居の気が変わらないうちにではないが、忍と詩織は折角の機会だからとすぐに了承した。

 

 ここでちょっと困ったことが起きたのが、シームについてきた形になっている荒田たちだ。

 さすがに自分たちが居座るのは違うだろうと考えて遠慮しようとしたのだが、それを言い出す前にこれまたご隠居が事前に察して言った。

「そちらも若者たちも見て行くがよい。折角じゃからの」

「「「ありがとうございます」」」

 ついでのように付け加えられた言葉だったが、フカミにおける最高の道場で見学できるという意味をよく知っている三人は、何も付け加えることなくただそう言って頭を下げるのであった。

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