(5)ご隠居

 陰陽一刀流の隠居に連れてこられた場所は、どうやら高級住宅街の一角にあるようで、先頭にいるシームは慣れた様子で歩いていた。

 そしてその後ろを歩いていた忍と詩織は、微妙に引きつった顔になっている荒田と田島に不思議そうな視線を向けた。

 その視線に気づいているのかいないのか、荒田がぼそりと呟いた。

「こっちのほうに行くということは、やっぱりあそこかよ……!?」

「だ、だよねえ……。だだ、大丈夫かな?」

「俺が知るかよ!? ご隠居がいるから大丈夫なんだろ。……多分」

「つ、着いてこなければよかったかな?」

「今更だろ?」

「あ、やっぱり……」

 そんな会話をしながら声量を落としながらも叫び声(のような声)をあげるという器用な真似をしている荒田と田島。

 

 そんな二人に、忍が首を傾げながら問いかけた。

「二人はどこに行くか分かっているみたいだが、聞いてもいいか?」

「それは……い、いや。ご隠居が黙っているってことは、知らない方がいいんだろ」

「だよねえ。理由はわからないけれど」

「そうか。それじゃあ聞かないでおく」

 あっさりとそう返してきた忍に、荒田が半ば呆れ半ばうらやましそうな視線を向ける。

「随分とあっさりしているな」

「興味本位だったからな。本気で聞く気があれば、それこそご隠居? ――に、聞いているさ」

「あはは。こんな時でも、渡会さんは渡会さんだねえ」

「いや。意味が分からないんだが?」

 褒められているのかけなされているのかいまいちわからずに、忍はジト目を田島に向けた。

 そんな忍に、田島は両手をあげながら首を左右に振っていた。

 

 

 召喚組がそんな会話をしていると、戦闘を歩いていたシームがとある屋敷の門の前でついにその歩みを止めた。

 さすがに高級住宅街だけあって、この辺りにある建物は屋敷と呼ばれるにふさわしい風格がある。

 といっても高めの壁で囲われているので、実際に建物の全貌を見ることはできないのだが。

 

 シームが門の脇にある小さめの入口に近づくと、傍に立っていた門番の二人のうち一人が止めようとした。

 だが、もう一人の年配の男が、年が若めの男を逆に止めていた。

「先輩、いいのですか?」

「構わん。シーム老が来た時には、来訪を告げる使者だけ出せばよい」

 たったそれだけのやり取りをして、あとは年配の男性がシームに向かって言った。

「申し訳ございません。こいつ、まだ入ったばかりでして……」

「よいよい。それよりも、ご老公はいらっしゃるな?」

「ええ。今日も元気に道場に立たれているはずです」

 年配門番の軽口のような返しに、シームは「それはよい」と笑いながら返した。

 

 門の入り口でのやり取りはそれだけで、あとは全員がぞろぞろと屋敷の敷地の中へと入っていく。

 門の内側には、日本風の庭園とそれに見合うだけの立派な屋敷が建っていた。

 だがシームはその屋敷の方には向かわずに、庭の中を通りながら正門からは見えない屋敷の脇に向かって歩いていく。

 そして向かった先には、屋敷と比べるとこじんまりとした建物が建っていた。

 

 ただしこじんまりといってもあくまでも屋敷と比べてのことであって、普通に考えればそこそこ大きい建物になる。

 さらに言えば、一つの用途だけに使っていると考えればかなり大きい。

 シームに案内されている以上は、その用途が武芸に関することだということはわかる。

 実際に中に入ってから分かったのだが、剣道であれば四試合同時に出来そうなほどの大きさがある。

 

 そんな道場に、シームは気楽な様子で入っていった。

 そして扉を開けてしっかり一礼をしてから練習場へと入った。

「失礼するよ」

「シーム老。ご無沙汰しております」

「やあ。修練中に済まないね」

「シーム老であればいつでも歓迎です」

「そうかね。ご老公は……きちんといらっしゃるか。これ。皆であいさつに行くからの」

 後半は忍たちへと呼びかけながら、シームは先ほどまでと変わらない調子で道場の奥へと進んでいった。

 

 周囲の注目を浴びているのを感じつつ、忍たちはシームについて道場の奥、中央に立つ老人が待つところへと向かった。

 シームは最初からそちらに用事があったようで、その老人も自分目当てで来ているのが分かっているのか、その場から動くことなく待っていた。

「ご隠居。ご無沙汰しております」

「ほんに久しぶりよの。今日は大勢で来られてどうした? また新しいのでも見つけたか」

「そうとも言えるしそうでないとも言えますかな。まずは、見てもらったほうがよろしいかと」

「ふむ。そなたがそういうのであれば……。――――おい。誰か適当に見繕ってこい」

 老人が傍にいた者にそう呼びかけると、言葉に意味が分かっているのかすぐに動き出した。

 

 一方で話の流れが分からずに内心で首を傾げていた忍は、シームからいきなり試合の準備をするように言われた。

「今からですかな?」

「そうだ。そなたであれば、問題あるまい?」

「確かに問題はないが……」

「ならば存分にその力を見せつけるがよい」

 二人の会話はこれだけで終わり、あとはあれよあれよという間に試合の準備に巻き込まれていく。

 そして道場に着いてから五分と経たずに、忍は試合相手と共に試合場の一面の中央に立たされていた。

 

 試合の形式は、先ほどの陰陽一刀流で行われたものと同じだ。

 持っているのはお互いに竹刀だが、これといって防具のようなものはつけていない。

 防具があればつけていいと言われたのだが、忍も相手もいらないと断ったのだ。

 そんなこんなで先ほど以上に注目されつつ、忍にとっては本日何度目かの試合が始まった。

 

 何も言われず始まった試合だが、忍はごく当たり前のこととして受け入れていた。

 魔物が出てくるこの世界で一日に何度も戦うのはないだろうという文句を言っても仕方ない……というわけではなく、日本にいた時でも一日に複数の試合をすることは普通にあったからだ。

 勿論勝ち進めれば、という条件はつくのだが。

 いずれにしても、今見てもらえている相手がシームでさえ頭を下げるような人物だということはわかっている。

 

 となれば、そのシームに言われたように自分自身の力を見せつけることのほうが重要だ。

 あとはその結果次第で、今後のことがどうなるのかわかるのだろう。

 シームからは何も言われていないのだが、それくらいのことはわかっている。

 それ故に忍は、手を抜かずに試合を続けていた。

 

 

 その試合はあくまでも忍の実力を見るために行われていたようで、五分ほどでストップの声がかかった。

 相手の実力自体は忍よりも格下だったが、技術力でいえば先ほど戦っていたケンタよりも上だ。

 年齢がケンタよりも上だったということもあって、その分の技術がより洗練に磨かれていることが忍にもわかった。

 

 そして今、忍は例の老人の前に立ちながら一つの答えを待たされていた。

「ふむ、ふむ。なるほどの。シーム老がここへ連れてきた理由はわかった。それで、どこかの道場で学びたいと、そういうことでよかったかの?」

「冒険者としての活動もあるので、できれば……だが」

「特にこの町は、そういう者は多いのでの。気にはせん。ただ……残念ながらそなたに合う道場はどこにもないの」

 そうきっぱりと断言された忍は、思わず目をぱちくりさせた。

 

 その様子が面白かったのか、その老人はホホと笑ってから続けた。

「早合点してはならぬぞ。そなたに資格がないとは言わぬ。むしろどの道場もそなたにとって不相応といったところだ」

「というと?」

「ふむ。そうさな。少し長くなるがよいか?」

 そう聞いてきた老人に、忍は「よろしくお願いします」と頭を下げるのであった。

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