(4)陰陽一刀流
忍とケンタの模擬戦を見ていたのは、何も門下生たちだけではない。
門下生がいるということは師範クラスもいるわけで、彼らもまた二人の戦いを見ていた。
総師範であるエドもまた、その中の一人だ。
エドは、門下生の一人からケンタと互角に戦っている女性剣士がいるという報告を受けて、わざわざ道場の傍にある家から来ていた。
その甲斐あってというべきか、慌てて自分を呼びに来た門下生を内心で感謝していた。
実際には師範が呼ぶように言ったのだろうが、それは大したことではない。
ただ二人の戦いを見てすぐに自分では難しいと判断したエドは、さらに別の者を呼ぶように言った。
その指示を驚いて聞いていたその門下生は、総師範の指示を無視するわけにもいかず、もう一度家に走ることになった。
一度休憩を挟んでもう一度戦いを始める頃には、既に門下生たちもその光景に慣れたのか通常通りの訓練を始めていた。
そんな中で、エドは別の師範と共に忍とケンタの模擬戦を見続けていた。
二人がもう一度戦うことになったのは、エドが頼んだからというのもある。
忍自身もケンタとの模擬戦は得るものが多かったので、是非にとお願いしたいくらいだったということもある。
忍とケンタの戦いは、単純な手数や動きは忍が上、ケンタはそれを技術でカバーしているという感じだ。
ケンタは冒険者の実力でいえば、Aランクに届かずBランク上位になる。
それでも忍と戦えているということは、それだけ技術が上回っているからと言えるだろう。
だが問題はそこではなく、というよりもエドに言わせれば基礎技術だけでケンタを押している忍がとんでもないのである。
エドは既に、忍がどこかの道場に入ってその技術を学びたがっているということを聞いている。
まただからこそ自分だけでは判断がつかず、門下の一人にある人を呼びに行ってもらったのだ。
その待ち人がようやくやってきたのに気付いたのは、二人の戦いを見守っている最中だった。
「やれやれ。珍しくお前からの呼び出しがあったかと思えば、なるほど中々面白い戦いをやっておるな」
「父上、やっと来てくれましたか」
「無茶を言うな。今のワシの足だと、これが精一杯じゃて」
こういう時に限って年寄りくさいことを言う
そんなことよりも、まずは聞いておかなければならないことがある。
「それで、父上の見立てはどうでしょうか?」
「門下に入る……かどうかはともかく、指導を希望しておるんじゃったか……ふむ」
そう言いながら鋭い目をして忍とケンタの戦いを見守るシームに、エドは内心で驚いていた。
実質陰陽一刀流のトップであるシームは、その見た目通りの年を生きてきただけあって、様々な戦いをその目で見てきている。
目の前で行われている戦いは、そのシームですら考え込むような内容だということだ。
そんなエドの驚きをよそに、しばらくじっと見守っていたシームがスッと右手を挙げた。
それが忍とケンタの戦いを止める合図だと分かったエドが、その場で「それまで!」と声をあげる。
その声が自分たちへの呼びかけだと分かったケンタが先に剣を収めて、それに続いて忍も戦いを止める。
そしてエドの手招きによってそちらに近づいた忍は、ようやくそこでシームがいることに気が付いた。
見た目はただの小柄な老人に見えるシームだが、忍の目にはとてもそれだけには見えず思わず身を固くした。
そんな忍にシームはカカカと笑い、
「そんなに緊張するな。いついかなる時も自然体でいる。これが剣の道の極意じゃろう?」
「は、はい!」
思わず出てしまったその言葉に、同じように近寄ってきていた詩織が驚いていたが、忍当人はそれどころではない。
シームの纏っている雰囲気は、日本にいた時に紹介された剣道の達人たちと同じような空気に感じたのだ。
「――ホホ。人を見る目も悪くない……か。フム……。お嬢さんは、指導を希望しているということで間違いないかな?」
「はい。勿論、できれば、だが……」
「良い良い。そなたがただの盗人だけではないことは、それこそ見ればわかる。じゃがのう……」
「何か問題でも……?」
「問題といえば問題なんじゃが、さてどうしたものか……」
そう言いながら忍を見つめ続けていたシームは、やがて結論を出したのか、一つ頷くと続けて言った。
「――そうさの。それが一番か。そなた……とそれからそちらの弓のお嬢ちゃんも。ワシと一緒についてくるがよい」
「父上……?」
突然そんなことを言い出したシームに、エドが訝し気な視線を向ける。
「正直なところを言うとな。お二人さん」
「「はい」」
「そなたたちに教えられることは、このワシにはない。ということは、この道場で教えられることはないということじゃ」
シームがそうきっぱりと宣言すると、興味深げに成り行きを見守っていた周囲の門下生たちの視線が鋭くなった。
ただ陰陽一刀流のトップであるシームの言葉を頭ごなしに否定するような者は、今いる門下生の中にはいなかった。
そんな周囲の雰囲気に気付いていた忍と詩織は、黙ったままシームの言葉の続きを待っていた。
「――そういうわけじゃから、少しばかりワシに付き合ってくれるかの?」
「それは、別の道場を紹介してもらえるということか?」
「さてはて。そうなるかどうかは先方次第じゃのう」
それは明確な答えではなかったが、忍としては十分すぎる答えだった。
シームは新しい道場を紹介すると言ってくれているのだ。
その一方で、実の息子であるエドは忍や詩織とは別の意味で驚いていた。
シームが別の道場を紹介するとなると、エドが知る限りでは一つしかない。
そのたった一つの道場をシームに紹介されたのは、片手で数えるほどしかいないのだ。
勿論エドもその道場については候補の一つに入れていたが、まさかシーム自ら動くとは考えていなかったのである。
「済まんが、誰か共をしてくれるかのう。さすがにワシとおなご二人だけでは危険だからの」
たとえ町中で襲われたとしてもあっさり返り討ちできそうな戦力ではあるが、見た目だけでいえば確かにシームの言っていることは正しい。
そして余計なトラブルに巻き込まれないためという意味においても共となる者たちが必要であることは理解できる。
「では私が」
シームのその要請に応じたのは、忍と詩織をここに連れてきたケンタだった。
荒田にお願いされて連れてきた義務があるということもあるが、それ以上にシームが二人を連れて行く場所に興味があった。
ケンタはエドと同じように、シームが二人をどこに連れて行こうとしているのかはわかっている。
それ故に、この二人が連れていかれた先でどのような扱いになるかに興味がある。
そんなこんなでケンタに連れられて陰陽一刀流の道場に来た忍と詩織は、またどこかの道場に連れていかれることになる。
だがその前に、折角だからと言われて休憩も含めて陰陽一刀流の稽古を見学していくことになるのであった。
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