(3)荒田の師匠

 道場へと向かう道すがら荒田と田島からホウライ国に存在している道場について概要を聞くことができた。

 勿論、まだまだ細かいところはあるのだろうが、それはそれぞれの道場(流派)に所属してから聞けるような話だ。

 忍や詩織からすれば、この短い間に聞けた話だけでも値千金――とまでは行かないまでもかなりいい話を聞けたと考えている。

 全く知らない状態だった忍や詩織にしてみれば、ようやく望む情報が手に入ったのだからそれも当然だろう。

 それに加えて、思った以上に荒田と田島が真面目に取り組んでいることにも感心している。

 日本にいた時の二人は、特に目立ったところのないごくごく平凡な学生といった印象を受けていた。

 普通に考えればそんな平凡な学生が、まず持っている力を第一に見られる世界でどう生きているのか不思議だったのだ。

 苦労なんかは当然のようにあるのだろうが、いい意味で『平凡であること』という生き方が発揮されているようだ。

 もっとも道場でも期待されているような力の持ち主が、平凡かといわれると疑問ではある。

 そこは異世界転移組であるという特殊な事情によって説明できるのかもしれない――道場まで案内されながら忍と詩織はそんなことを考えていた。

 

「――そういえば、村中さんはどうしたの?」

「ああ。灯だったら別行動だが……残念か?」

 ニヤリと意味ありげに笑いながら問いかけてきた忍に、田島は少しだけ苦笑しながら首を左右に振った。

向こう日本にいた時だったらそういう態度もとったかもしれないけれど、今はね。とりあえず気になっただけ。パーティ組んでいるんだよね?」

「おや。残念」

 思った以上にあっさりと返されて、忍は本当に含みはないと理解した。

「灯だったら別行動だな。今の灯は完全な魔法職だからな。私たちと一緒に行動していても仕方ないだろう? 今頃師匠から魔法の指南でもうけているんじゃないかな」

「あー。そういうことなら納得」

 完全魔法職が剣術道場に通ってもほとんど意味がないということは、今の田島であれば完全に理解できる。

 全く意味がないわけではないが、それよりも魔法の勉強に時間を割いた方がいいという考え方が主流なのだ。

 

 

 そんな会話をしつつ道場目指していた一行は、メイン通りから少し外れた一般的な住宅が並ぶ住宅街へと来ていた。

 この辺りはわずかばかりの余裕がある平民が住んでいる区域で、比較的治安もいい場所になる。

 治安が良い理由としては、この辺りを歩いている者から例えばスリなんかをしてもあまり実入りがよくないからという理由もあったりする。

 勿論それ以外にも理由はあって、その一つがいくつかある道場の存在のお陰だ。

 道場で学ぶ生徒が直接の抑止力になっているというのもあるが、この辺りに住んでいる者たちがもともと道場通いでそれなりに腕の立つ者が多いということが大きかったりする。

 

 その界隈の一角に、一行が目指している道場がある……のだが、荒田は直接そこを目指さずにとある一軒家に入っていった。

 いきなり道場ではなくごく普通の家を目指してきたのにはきちんととした理由があって、忍と詩織も既にその理由を聞いていた。

 変な意味で連れ込んだところであっという間にやられるだろうが――なんて余計な情報が笑い声と共に付け加えられていたが、二人は聞かなかったフリをしていた。

 確かに性的な意味で襲われたところでどうにかできそうなくらいの実力差があるとは思うが、それをわざわざ肯定する必要もないと考えたのだ。

 

「師匠、師匠ー。ちょっといいですかー?」

 目指す一軒家に着いた荒田は、入口をドンドンとしてから返事が来るのを確認することもなく、そんなことを言いながら慣れた様子で家の中へ入っていった。

 この家は荒田が剣(刀)術を教えてもらっている師匠(男)のもので、稼げなかった時代は住まわせてもらっていた家だったりする。

 そのため勝手知ったる様子で、師匠がいるであろう部屋へ真っすぐに向かっていた……といってもそこまで大きな家というわけではないのだが。

 

「なんだ、ノボル。騒がしいな……って、お客がいるならいると先に言え!」

「いたっ……!? 暴力反対!」

「やかましい! お前はこうしないと学習しないであろうが!」

「ギブギブ! 本当に痛いです、師匠! あと、そのお客さんが呆れています」


 両手をあげて降参を示す荒田に、師匠であるケンタ(名前は事前に教えてもらっている)がそれもそうかと言いながらチョークスリーパーもどきをしていた体勢から解放した。

 いい意味で馴れ馴れしい二人のやり取りに、忍と詩織は内心でホッとしていた。

 武術家に限ったことではないが、中には頑固で全く融通の利かない人物だと道場見学をお願いするだけでも非常にハードルが高くなる。

 そういう意味で、この師匠であれば最初の話をする段階ではじかれるなんてことはないだろうと安心したのだ。

 

 そしてその予想が良い方向で当たったと分かったのは、居間に当たる部屋に入ってから荒田が事情を説明してからだった。

「――なるほど。つまりはこちらのお嬢さんが、陰陽一刀流を学んでみたいということだな?」

「はい。ぶしつけなお願いではあるのだが――」

「ああ、いやいや。そこまで畏まることはないさ。そもそも陰陽一刀流は、門外不出の技というわけではないからね。場合によっては一見さんなんかも受け入れたりしているんだよ。ただ、ねえ……」

「……何か問題でも?」

 

 何やら不穏な言葉で区切ってジッと自分を見てくるケンタに、忍は少し首を傾げながら見つめ返した。

 ケンタの視線にいやらしさのようなものがないことはすぐに分かったので、恐らく実力を図っているのだろうと考えたのだ。

 既に冒険者ランクがAであることは話していて、先ほどの言葉と合わせて実力不足なんてことは言われないだろうと考えているが、それでも不安はある。

 

「うーん。ちょっとまだ分からないかな。こんなところで話だけしていても仕方ないから、まずは道場に行こうか」

「ちょっと、師匠!? どういうことですか!?」

「どういうことも何も、実際に動きを見てみないと何とも言えないってこと。そんなことくらい言わなくても分かるようになるように」

「そんな無茶な!?」


 ある意味で心を読めるようになれと言われた荒田は、大げさな表情で悲鳴のような声を上げた。

 それを見ていた忍と詩織は、これが二人にとっての日常何だろうなと笑みを浮かべつつそのやり取りを見つめているのであった。

 

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 陰陽一刀流の道場で、忍は竹刀を構えながらケンタと相対していた。

 先ほどの家でケンタが言ったのは、実際に剣を交えてみないとアドバイスのしようがないという意味だったようで、道場に来るなり模擬戦を申し込まれたのだ。

 余談だが両者が持っている竹刀は忍が知っているものとそっくりで、以前ホウライに来た異世界転移者か転生者が作ったものらしい。

 残念ながら防具はないのだが、打ち身や骨折程度であれば回復師によって直されてしまうので、模擬戦用によく使われているようだ。

 

 二人の模擬戦を見ているのは詩織たちだけではなく、たまたま道場に修練にきていた一門の者たちもいる。

 さすがに武芸に興味を持っているだけあって、道場にいた者たちは『隠者の弟子』のことをある程度知っているようだった。

 同じ『ジョウセイ組』である荒田がいるからということもあるだろうが、忍や詩織の想像以上のことを知っていた。

 そんな門下生たちも今は門下でも実力者であるケンタと忍の試合を息を飲んで見つめているのであった。

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