(2)情報元

 道場に通うことを決めた忍と詩織。

 とはいってもいきなり道場破りのようなことをするわけにもいかず、さりとて全く関係のない者をいきなり入れてくれる道場がであるかもわからない。

 そんな理由から二人はまず東堂の屋台を訪ねた。

 日々様々なお客を相手にしている東堂であれば、何かのつながりがあるのではないかと考えたのだ。

 ちなみに現在の東堂の屋台は、ラーメンだけではなく他のメニューもサイドメニューとして出している。

『隠者の弟子』が屋台に行くたびにラーメン以外のメニューを頼んでいれば、否が応でも他の客の目に留まることがある。

 その客たちが気になったメニューを頼みだして、結果的にサイドメニューを認めざるを得なくなったのである。

 そのことに東堂本人は、そのうちサイドメニューのほうが売れるようになってラーメンが売れなくなるのではないかとぼやいている。

 

「――――それで? 俺に道場を紹介してほしいってか?」

「できれば。それが無理だとしても、善しあしの評判くらいは耳に入っているのでは?」

「ああ、そういうことか。確かにそれなら幾らかはあるな。さすがに来た客が道場関係者かどうかまでは聞かないからな」

 当たり前の感覚として流れでお客のバックボーンを聞くことはあっても、東堂自ら踏み込んで聞くことはない。

 結果としてどの客がどの道場に所属しているのか、あるいはその関係者であるかなど、細かいことまでは把握していないのだ。

 ただし直接、間接問わずにお客の話が耳に入ってくることはあるので、町に点在している各道場のうわさは聞いたことがあるというわけだ。

 

 ここまでであればどの店の店主も普通にある話なのだが、東堂の場合は少し違う事情があった。

「――と、言いたいところなんだが……お前たちは知らなかったのか?」

「なにが?」

「荒田と田島がそれぞれ刀と弓の道場に入っているはずだぞ?」

「荒田と田島……? いるのか?」

「なんだ。まだ会ってなかったのか。てっきりギルドでばったり会ったりしていると思ったんだが?」

「いや。いくら何でもそんな偶然は……ああ、そうか。私たちは普段、なるべく他の冒険者と会わないように混む時間をずらしているからな」

「わざわざ何で……って、そういうことか。色々と大変だなお前たちも」

 一瞬不思議そうな顔になった東堂だったが、忍と詩織の顔を見て納得した様子で頷いた。

 

 そんな東堂を見て苦笑をしつつも、忍が続けて問いかける。

「それで? その二人が道場に通っているのか?」

「ああ。といっても冒険者活動の合間にだが。こっちだとそれが普通だからな。責めてやるなよ」

「いや。学校の部活じゃないんだから、道場通いだとそれくらいは普通だろう?」

 日本にいた時にはがっつりと部で活動していた二人に忠告する東堂だったが、忍は当然だという顔になっていた。

 剣道部だけではなく近所の道場通いをしていた忍にとっては、週一くらいで道場に顔を出すのも当たり前だったのだ。

 

「そうなのか……? いや、そうか。一般生だとそうなるのも当然なのか」

「そういうことだな」

「――とにかく、道場については荒田と田島の二人に聞くのがいいだろうな。……一番かどうかはともかくとして」

「それはどういう……身内びいきをしかねないからですか」

「だな」


 すでに通っている道場があるのであれば、まずそこを勧めるのが当然だろう。

 他の道場や流派を知ってはいても、所属している道場以上に詳しいはずもない。

 ある意味では当たり前すぎる条件に、忍と詩織の二人は当然だろうと頷いていた。

 そしてその後の東堂の話では、そろそろラーメンを食べに来るはずだからということだったので、しばらく待つことにする二人であった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

「佐藤!?」「渡会!?」

「お久しぶり~」

「本当に久しぶりだな」

 東堂の屋台に近寄ってきた忍と詩織を見つけて驚く荒田と田島に、二人はのんびりとした調子で返した。

 荒田と田島の二人を驚かせることに成功した東堂は、誰かが会いたがっているとだけ伝えていたようだ。

 

 東堂のいたずらには気付いた忍だったが、少し疑問が思い浮かんで首を傾げた。

「いや。元先生がわざわざ待つように言っていたんだぞ? 私たちが来ることくらいは想像できたんじゃないか?」

「元って……いや、そうなんだけれどさ。もう少し言い方があってもいいんじゃないか?」

「だよな」

「まあまあ。『元』なのは事実なんだから別にいいじゃないか」

 少しだけ不満そうな顔になる荒田と田島に、当の本人がまあまあと割って入ってきた。

 

「そうだぞ。それに今はラーメン屋のただのおっちゃんだ。君たちの前で『東堂』なんて呼び捨てにしたら、不機嫌になるんじゃないか?」

「それは……!!」

「ない、と言いたいところだけれど、確かに少しは機嫌が悪くなるだろうなあ」

「少し、なんだ……」

 少し背中がすすけて見える東堂の肩を詩織がポンポンと叩いていたが、それに気づいていたのは我関せずで定位置に座っているミーゼだけだった。

「こちらからお願いすることがある立場で、最初から不機嫌にさせるわけにもいかず元先生になったわけだが……こっちもまずかったか」

「い、いや。そういう事情があるなら納得するから!」

「それもそうだな」

 若干慌てた様子で右手を振る田島に同意するように、荒田が頷いた。

 

「それはそれとして、俺たちに用がありそうだが今更なんだ?」

「今更?」

「今更だろう? 俺たちはずっとこの町にいたんだし」

「え!? そうなのか?」

 初めて聞く事実に、忍が不思議そうな顔になって少し首を傾けた。

 忍を含めた女性陣は、東堂から蓬莱国には元同級生が何人かいると聞いていただけで、この町にいるとは聞いていなかった。

 

 その忍の顔を見て、荒田も一瞬戸惑った顔をしてから視線を東堂へと向けた。

「あ~。これは俺のせいになるのか? いや、そもそも渡会たちが来たのは、お前たちが遠征に行っていた時だぞ? 町にいなかったんだから伝えても意味がないだろう?」

「そうなのか?」

「ああ。それにお前たちが戻ってくるころにはミヤコに向かっていたからな。要するにすれ違いだっただけだ」

「だったらこっちの勘違いだな。済まなかった」

「いや。いきなり謝られても困るんだが? ……まあ、いいか」

 荒田と東堂だけでお互いに納得して終わってしまったので、謝られた忍としては半ば強引に納得して頷いた。

 

「それで、お願いなんだが……私たちに道場を紹介してほしいんだ」

「あ~……。なるほどね。まあそれぞれ俺たちが所属しているところに紹介するくらいなら出来るとは思うが、他のところまでは面倒見れないぞ?」

「いや。そもそもどんな道場があるかもしれないからな。できればそれも含めて、といったところだ」

「他……そこまで詳しくは知らないんだが? 田島もそうだろう?」

「う、うん。他流派についてはそこまで詳しくは知らない」

「それは仕方がない。何も知らない私たちからすれば、少しでも情報があればうれしい。……情報料は、それぞれラーメンいっぱいでどうだ?」

「プラスサイドメニュー一品!」

「わかった。それで構わない」

 勢いに任せてサイドメニューを追加した荒田だったが、あっさりと認められてラッキーと声に出して喜んでいた。

 

 ある意味で学生の時のノリでのことだったのだが、それを脇で見ていた東堂が「お互いに一品どころか全品上乗せしてもいいくらいに稼いでいるはずなんだがな」と呟いていたが、それに突っ込みを入れるものはいなかった。

 こういうときはノリというものが大事だと皆が理解しているのである。

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