(12)昇級試験の波紋
『――失敗、したか』
「申し訳ございません」
『まあ、よい。もとよりあわよくばという心づもりだったのだ。それよりも、悟られるような真似はしておらんだろうな?』
「支部長辺りは何やら気付いてはいるかもしれませんが、『隠者』のメンバーには恐らく」
『ならよい。そちらの支部長であれば、どうとでもなる』
魔道具から聞こえてきたその言葉に、男は胸の内でほっと息を吐いた。
もし灯たちがこの場にいてその男の顔を見れば、アッと声をあげたかもしれない。
そう。男以外は誰もいないこの部屋で老人らしき者と会話をしているのは、例のギルド職員だったのだ。
ギルド職員はここに来るまで慎重な行動をしていて、他の誰にもこの場で魔道具を使って会話をしていることは知られていない。
「あわよくばと、多少強引な手を打ったりもしましたが……」
『それは構わない。もとよりそのつもりでいたからな。此度のことで彼女らの行動指針が分かればなおいいが……そこまで望むのは過ぎた望みか』
「フカミに戻ってダンジョン攻略を始めるようですが?」
『そういうことではない。……が、それもまた指針の一つではあるか。まあよい。そなたはそのままそこで職員を続けていろ。また関わることもあるかもしれん』
「畏まりました」
『いずれまた何か頼むこともあるであろうから、それまでは通常通りに』
「はい」
『それでは』
短い会話が終わったことを示すかのように、その言葉の後には魔道具からの反応はなくなっていた。
それは相手との通信が終わったことを示している。
相手との会話を終えたギルド職員は、その場で大きくため息を吐いた。
いつもこの相手と話をするときには、大きな緊張に襲われる。
その緊張から解放されたからこそのため息だったが、それでもまだ会話の余韻は残っていた。
「向こうが実質のトップではないと分かっていても、緊張するものは緊張する……」
誰にでもなくそう言い訳をするように呟いたギルド職員だったが、残念ながらそれに同調してくれる者はいない。
いつものこととはいえ、多少の寂しさを感じつつも男はその場を後にするのであった。
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「渦中のメンバーは、フカミのダンジョンへ……か。何事もなく収まってよかったというべきか」
ミヤコの冒険者ギルド支部の支部長は、そう呟きながら部屋の窓から見える大通りを見下ろしていた。
曲がりなりにもホウライにある冒険者ギルドをまとめているこの支部は、ミヤコの中心部といってもいい場所に存在している。
さすがに貴族たちが住む地域は土地の売買自体が民間では禁止されているので購入はできないが、その地域を除けば最高の区画ともいえるだろう。
現に周囲には商業ギルドを初めとして、多くの大店と呼べる店がひしめき合っている場所である。
大通りを行き交う人々を眺めながら支部長は今回の昇級試験のことを考えていた。
「何らかの手が入っていることは明らか。とはいっても、こちらから手を出すことはできない……か」
支部長は、例の職員が何かの指示を受けて行動しているのではないかと勘づいていた。
ただしそれはあくまでも支部長自身の勘に基づくもので、明確な証拠があるわけではない。
さらにたとえ証拠があったとしても、職員が行っていたことは何かの違反行為ではない……どころか、職員としてはある意味真っ当な提案をしていた。
彼の言動がちぐはぐに見えたり、はたから見れば何かにとりつかれているかのように見えてもだ。
ましてやあの職員の普段の勤務態度は、ごくごく真面目で何の問題行動も見せていないことから下手に首にすることもできない。
支部長からすれば例の職員は、違和感を感じつつも現時点では手出しすることのできないアンタッチャブルな存在となっていた。
いくら支部長とはいえ落ち度の何もない人間を辞めさせることはできないのだ。
今回は何とか途中で職員の暴走(?)を別の監視員を潜り込ませるという手で食い止めることができたが、次も同じようなことができるとは限らない。
そもそも何を考えて例の職員があんな真似をしたのかは、今のところ全く分かっていないのだ。
「美人パーティを狙ったただの暴走であればいいのだが……そうは問屋が卸さないのだろうな」
先行きの不透明さから思わずため息をつきたくなった支部長だったが、そこはぐっとこらえる。
「とにかく
手っ取り早く首に出来るのならばそちらの方が……とそんな考えが一瞬頭の中でよぎった支部長だったが、すぐに首を左右に振ってその考えを振り払う。
あの職員については、これ以上考えても今のところは手の出しようがない。
そう結論を出した支部長は、その思考を別の方向へと変えた。
「あいつらは、引き続き夢幻の攻略……か。できれば最深部更新なんてやってほしいところだが、これもうまくはいかなさそうな気がするな」
支部長から見て問題行動をしていたのはギルド職員だったが、『隠者の弟子』のメンバーもまた一癖も二癖もありそうな印象を受けていた。
あの職員の嫌がらせに近いようなやり取りでも特に変わらない様子どころか、一歩引いたところで見ていた感じさえあった。
そんな彼女たちが、冒険者ギルドの思惑に乗ってただただダンジョンの攻略を進めるとは思えない。
一番の問題は、彼女たちにそこまで強い出世欲のようなものが見えなかったことだ。
冒険者にとっての一番の出世というのはランクを上げること=稼げるようになることだが、そもそもランク自体にこだわりを持っているようには見えなかった。
となればSランクをエサにして攻略を進めるように促したところで、その通りに行動してくれるとは限らない。
「Sランクを目指せるような強者は、どいつもこいつも扱いづらいな。……まあ、俺もそうだったんだが」
元Sランクパーティに所属していた支部長は、苦笑交じりに呟きながら首を左右に振るのであった。
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各方面(?)で注目されている『隠者の弟子』の面々は、そんなこととはつゆ知らず無事にフカミへと到着していた。
「あー、やっとこれで先生のラーメンが食べられる」
町に入るなり開口一番にこう言ったのは忍だったが、他の面々も似たような顔になっていたので同じようなことを考えていたのだ。
ちなみに東堂は、灯たちが試験でごたごたしている間にフカミの町へと戻っていた。
「また明日……か何日か後にはダンジョン潜りかー」
「詩織。そうは言うが、それ以外にすることはあるか?」
「だよねー。いや、別に嫌ってわけじゃないんだけれどね」
「それなんだけれど、一つ提案があるのよね」
忍と詩織の会話を聞いてきたアリシアが、ここで口を挟んできた。
「提案? なんでしょう?」
「折角なんだから、個別で技を磨くようなことができないかなと思ってね」
「個別で、か」
アリシアの提案を聞いた忍が、何かを考えるような顔になってうつむいた。
変化があったのは忍だけではなく、詩織や灯も似たような表情になっているので、それぞれに思うところはあるようだった。
「これは……歩きながらではなく、きちんと落ち着いてから考えるべきことかな?」
「そのようだな。よし。宿に落ち着いてからしっかりと考えようか」
「「「賛成」」」
忍の言葉に他の三人が同意する。
そしてその様子を傍で見ていた伸広は、特に口を挟まず彼女たちがどんな選択をするのか興味深げに見守っているのであった。
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