(11)『ジョウセイ組』

「実力は十分……いや、それ以上か」

 伸広とエリが遠目で灯たちの様子を見ていたその頃、ちょうど二人の話題に上がっていたシーフの男は、また別の場所から観察を続けていた。

 観察をすること自体は、そもそもの目的であるAランク試験の監視という意味において外れるものではない。

 だが男にはそれとは別の目的もギルド職員から言い渡されていた。

 ……のだが。

「町からここまでの道中、警戒区域に入ってから接敵するまでの状況。そして現在も行われている戦闘……。どう考えてもAランクどころか下手をすればそれ以上も狙える、か」

 Aランク試験を通った者でもてこずることがあると言われているつがいのフォーアームベア。

『隠者の弟子』は、その相手を前にして十分以上の実力を発揮している。

 

 それどころか、見る者が見れば手加減――というよりも冒険者らしい狩り方を続けていた。

 その冒険者らしい狩り方というのは素材を無駄にしない、もしくは素材を最大限に生かす倒し方を目指しているということだ。

 もっと具体的にいえば、倒したフォーアームベアをギルドに持ち込んだ時に一番高く売れる狩り方だ。

 見方によっては手加減しているとも取れるため騎士などの一部では眉をしかめる者もいるのだが、冒険者にとっては必要な技能ともいえる。

 

 男が見る限りでは、灯たちは現在もその戦い方を続けており着実に成果をあげていた。

 もっとも魔物を相手にそんな戦い方をするためには、相手と比べて一定以上の実力がなければならない。

 そしてそんな戦い方を続けられている『隠者の弟子』は、得られる成果報酬を気にしなければ、楽にとは言わないまでも当たり前のようにフォーアームベアを倒せる実力があるということになる。

 それはすなわち『隠者の弟子』は、既にAランク以上の実力を持っているということになる。

 

 本来であれば喜ばしいことではあるのだが、今の男にとってはそうも言っていられない事情があった。

「試験に落ちる要素をなんでもいいから見つけてこい……か。さてはて。少なくとも今のところは、揚げ足取り以上のものは見つかっていないが……。どうしたもんかね」

 男にとっては『隠者の弟子』が、Aランク試験に受かろうが落ちようがどちらでも構わない。

 だが男がとある筋から受けた依頼を考えると、そんなことは言っていられない。

 

 なんとか失点を見つけようとここに来るまでにナンパ的なこともしてみたが、そうしたことに慣れているのか全く意味のない無駄な時間になってしまった。

 その他にも細かい仕掛けをしてはいるのだが、もう一人の監視役の目があることもあってそこまで踏み込んだことはできていない。

 もっとも男としては、その別の監視役がいなかったとしても『隠者の弟子』の面々には効果がないかほとんど影響がなかっただろうと予想しているのだが。

 いずれにしてもここに来るまでの間、特に失点らしい失点を見つけられていないというのが現状なのだ。

 

「――『ジョウセイ組』か。全員が戦闘向きではないようだが……。これでは注目が集まるのも当然か」

 帝国が異世界召喚を行ったという噂は、既に確定情報として一部の界隈では広まっている。

 その噂では、その召喚が一人ではなく集団であり、召喚された者たちがそれぞれの希望で各地に散っているということまで含まれている。

 彼(彼女)らが召喚されたばかりの頃はそうでもなかったのだが、日数が経って彼らの実力が明らかになるにつれて注目の度合いも強くなっていった。

 

 灯たちは特に自分たちが『ジョウセイ組』であることは公言していないが、別の者たちからの話で同じ召喚組であることは既に判明している。

 そもそも灯たちは、当初自分たちがまとめて『ジョウセイ組』として呼ばれているということを知らず、知ったのはつい最近のことだったのでそもそも周知する意味もなくなっていただけなのだが。

 ちなみに灯たちが『ジョウセイ組』の情報を得たのは、ある意味当然というべきか東堂からだった。

 最初にその話を聞いた灯たちは皆も頑張っているんだなあと思ったくらいで、『ジョウセイ組』とひとまとめにされていることには特に関心は持っていない。

 

 そんな当人たちの思いとは裏腹に、『ジョウセイ組』のメンバーが強者の一角に食い込んでいくたびに、様々な憶測が流れるようになっていった。

 曰く、彼らは各国や組織に食い込んで、世界(大陸)への発言権を得ようとしているなどである。

 そんなことを言うなら最初から召喚などしなければいいというのが当人たちの感想だろうが、そんな思いを汲んでくれるはずもなくそれらの憶測は独り歩きをし始めようとしている動きもある。

 あるいは陰でそうした動きを操っているという陰謀論なども出始めているそうで、灯たちにとっては「なんじゃそら」というのが最初に出た感想だった。

 

 ギルド職員から依頼を受けた男もそのあたりからの流れで出てきた依頼だろうとあたりをつけているが、実際のところはよくわかっていない。

 むしろ変に踏み込んでしまうと余計な騒動に巻き込まれそうなので、今は淡々と受けた依頼をこなしているというのが実情だった。

「――ギルドかあるいは別の組織かは知らんが、あいつらにこれ以上ランクを上げてほしくないというのはわかる……んだが、これはどう考えても抑えきれないだろうな。さてどうしたものか」

 男としては依頼のすべてをぶちまけて、今後躍進していきそうな彼女たちの信頼を得たいところである。

 もっともそんなことをしてしまえば、男がこれまで築き上げてきた信頼が崩壊してしまうので、そんなことはできないのだが。

 付け加えれば、ここで彼女たちにとって有利な言動をしたところで、ランク試験という性質上それが表に出る――すなわち彼女たちに伝わる可能性は少ないはずだ。

 となれば彼の選べる選択肢も必然的に少なくなっていき――。

「…………おっと。そろそろ終わるか。結局、最高の質で素材を得ることもできそうだな。さてはて……」

 二体のフォーアームベアを倒して解体に取り掛かろうとする彼女たちを確認しながら、男は今後についての思考に耽るのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 パーティ試験から数日後、灯たちは冒険者ギルドから正式にランクアップの通知を受けて晴れてAランクに昇級した。

 昇級するまでに数日かかったが、これはいつも通りのことで特に灯たちの昇級が決まるのが遅かったというわけではない。

 ただしパーティ試験が終わってから灯たちが知らないところで行われた報告会では、監視役のエリともう一人の男の間でひと悶着があったらしい。

 灯たちは、ギルドから通知を受け取ってからエリからそんな話を聞くことができた。

 合格通知を受けるまで話が聞けなかったのは、依頼を受けた際に幾つかの制約を受けていたからだ。

 

 それ以降も冒険者ギルド内で何やらあったらしいということまで風のうわさで聞いた灯たちだったが、当人たちにとってはもはやどうでもいいことであった。

 何やら自分たちの存在について色々と動きがあることは承知しているが、そんなものに流されれば変に厄介ごとに巻き込まれるだけだと身近な存在伸広から知ることができている。

 降りかかってきた火の粉は振り払うつもりはあるが、自ら火の中心に向かうつもりはない。

 とにかく無事にAランク試験に合格できたという結果さえ得られれば良かった灯たちは、通知を受けた数日後にはミヤコの町を出発するのであった。

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