(10)今度こそパーティ試験開始

 ギルド職員に放置されてしばらく待っていた伸広たちは、五分ほどしてから別の職員にきちんとした部屋に案内された。

 それまでは、通常の窓口の邪魔にならない場所ということで、建物外のギルド入口に集まっていたのだ。

 そこから部屋に案内された伸広たちは、二時間近く待ちぼうけを食らうことになった。

 事前に時間がかかるので後から戻ってきても構わないと言われていたのだが、特にすることもなかったので部屋の中で待つことにしていた。

 本来はすぐにでも出発するつもりだったので調子は狂うが、ギルドの依頼で突然『待ち』になることはある。

 待たされている原因はわかっているので今回は違うと断言できるのだが、これも試験の一部だということで納得することにしたのである。

 

 伸広が用意したトランプ(もどき)で時間をつぶしていると、ノックの音と共に最初に対応していたギルド職員が何とも言えない表情で部屋に入ってきた。

 ただ入ってきた職員はそのギルド職員だけではなく、伸広たちを案内した職員と支部長も一緒に来た。

 さらには伸広だけではなく灯たちも顔を知らない者が、二人後から入ってきた。

 思った以上の大所帯に伸広たちが首を傾げていると、代表となる支部長――コジロウが話しかけてきた。

 

「――遅くなってすまなかったな。まず伝えておくことは、例の依頼は本物であると確認できた。それ故にここまで遅くなったと言えるのだが……」

「どういうことでしょうか?」

 依頼実行中である伸広がそう問いかけると、コジロウは一度だけ頷いてから続けた。

「依頼という点においてお前たちの主張が正しいということは、既に分かっている。ただ、だからと言ってのような強者を傍に置いたまま試験を受けさせるのも間違っている。……いくら試験中には手を出さないと言われても、だ」

 伸広という人間の強さは、既に冒険者ギルドの関係者であれば誰もが知るところとなっている。

 何度もいうが、たとえ伸広の顔を知らなくても『隠者の弟子』と結びつけることは、容易にできることなのだ。

 

 伸広もそのことは理解しているので、特に何も言わずに先を続けるように無言のまま促した。

「――うむ。理解してもらえたようでありがたい。依頼で彼女たちと離れることはできない、かといって試験という性質上、言葉だけで認めるわけにはいかない。というわけで、特例ではあるが彼女たちの試験には監視をつけることにした」

 監視と言われた瞬間、敢えて顔をしかめた伸広だったが、心の中ではなるほどと考えていた。

 冒険者ギルドとしてそれができる限りの妥協点だということは、すぐに理解できた。

 

 ここで言葉では信用できないのかといっても意味がないことは、伸広たち全員がわかっていることだ。

 いってみれば、カンニングはダメですよと言われている筆記試験で、監督役に向かって同じことを言っているようなものだから。

 自分たちにだけ特別ルールが課せられるということはモヤモヤするが、そもそも伸広という存在が依頼を受けて一緒にいるいる状態が特別なのだから仕方ないと納得もできる。

 それらすべてを鑑みて、確かにコジロウが提示してきた内容は、伸広たちにとっても妥協点といってもいいだろう。

 

 そこまで考えた伸広は一度灯たちを見て、彼女たちが同意するのを確認してから再度コジロウを見た。

「分かりました。ではそちらの方が監視役ということでよろしいですか?」

「うむ。そうだ。それぞれの紹介は…………しない方がいいか」

「そうですね。そのほうが良いでしょう」

 今回監視役となる者たちは二人いるが、それぞれに役目を持っている。

 ただその中身を知ったうえで変に仲良くなったりしてしまえば、変に不正をしたとまた誰かさんから難癖をつけられかねない。

 コジロウもそのことを懸念しているのか、一瞬チラリと例の職員を見ていた。

 ……当人がその視線に気づくことはなかったが。

 

 いずれにしても灯たちのパーティ試験は、監視役が二名つくという異例の状態で行われることになった。

 ここまでして試験を続ける必要はあるのかという疑問も無くはなかったが、すでに個人試験も終わっているので今更止めますとも言いずらい。

 別に見られるとまずい戦い方をしているわけではないが、それでも居心地の悪さのようなものは感じる。

 もっともそうなった原因のいくらかは伸広という存在にあることも分かっているので、強く文句をいうこともできないのだが。

 とにかく灯たちのパーティ試験は、その日の午後からということで無事に(?)始まった。

 

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 灯たちがパーティ試験として冒険者ギルドから指示された内容は、ミヤコ近郊にある森で出現するフォーアームベアの討伐である。

 フォーアームベアは、その名の通り四本の腕がある熊の魔物だ。

 魔物であるフォーアームベアは、立ち上がると体高が三メートルを超える巨体であり、最大の特徴である四本の腕を器用に操って接敵した冒険者をこれでもかというくらいに翻弄してくる。

 その実力は、まさしくAランク試験にふさわしいものとなっていて、駆け出し冒険者は当然のことBランクに上がった冒険者でさえたやすく刈られてしまうこともある。

 フォーアームベアはその見かけから腕力ごり押しだと思われがちだが、実のところ熊とは思えないスピードも侮ることはできない。

 もっともこの世界では、普通の熊もその鈍重そうな見かけからは考えられないくらいの(攻撃)スピードを繰り出してくるのだが。

 

 このように単独で出てきても危険視されるフォーアームベアだが、さらに厄介なことに複数で行動することもある。

 その場合の厄介さは単独行動しているときの比ではなく、知恵を使って見事な連携を見せてくる。

 特に出産期のつがいとなったフォーアームベアは、普段と比べても段違いに厄介さが増すとされている。

 熟練者の攻撃さえもはじき返す硬い毛皮、見た目からは考えられないほどの素早い動き、ただの野生生物とは思えない知恵を使った連携、等々……。

 フォーアームベアは、これらすべてを含めてまさしく森の王者(の一角)と呼ばれるのにふさわしい実力を持っているのである。

 

「『――――持っているのである』……は、いいけれど、何もしなくてもいいの?」

「何もって、何かしたらそれこそ駄目じゃないか?」

「まあ、そうなんだけれどさ」

 若干呆れたように伸広とそんな会話をしているのは、監視役の一人であるエリだ。

 エリは個人試験でもお世話になった『豊穣の縁』のメンバーの一人で、パーティ内では主に斥候と遊撃担当として行動している。

 この日『豊穣の縁』は、休日に当てられており監視役としての能力を持っているエリに白羽の矢が立てられたというわけだ。

 

「まあ、見ている限りでは確かにあんたが手出ししなくても良さそうではあるけれどね」

「だね。どちらかといえば、アリシアも必要なかったかな? 結果論だけれど」

「ハア。フォーアームベアを三人もしくは四人だけで倒せるって、相当なもんだと思うんだけれど?」

「だよね。本人たちはそこまでの自覚はないだろうけれど」

「これなら文句なしに合格だと思う……んだけれど、ちょっと不穏な空気があるねえ」

「ああ、あれねえ……。一体全体どういうつもりなんだか」

「さあねえ。あたしは言われた仕事をするだけだからねえ。あっちが何を言われているかはさっぱり」

「別に答えを期待しているわけじゃないからいいよ。変に聞いたらそれこそ不合格になりかねない」

「それもそうか」


 伸広とエリの視線の先には、もう一人の監視役に向けられている。

盗賊シーフである彼は、二人とは少し離れた場所で灯たちがフォーアームベアを討伐しているところを見ていた。

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