(9)戦闘開始
その闘技場は、三千年以上前に作られたといわれている戦うための場所だ。
前史文明というほど古くはないが十分すぎるほどの歴史があるその闘技場は、竜同士の戦いさえも耐え抜くことができるとされている。
そういった堅牢な建築物を作る技術は、残念ながら現在では失われてしまっている。
この技術だけではなく、過去の動乱や魔物の氾濫などによって重要な技術や知識が失われることはこの世界では往々にしてある。
いずれにしても現在では作ることができない技術で作られたこの闘技場だが、現在でも十分に活用できる場所として利用されている。
同じような建物は大陸各地にあるのだが、この闘技場はあまりに有名すぎてただ単に『闘技場』とだけで呼ばれている。
他の闘技場は前に地名などが付けられているのだが、この闘技場はあくまでも闘技場としか呼ばれていない。
それでも十分に通用するため、改めて名前を付けたりするようなことがないだけともいわれているが。
現存している最古で最強の闘技場を冒険者ギルド総長であるアルカノと賢者の石の作成者である伸広との戦いの場に選んだのは、副総長であるザドスだ。
ザドスがこの闘技場を戦いの場として選んだのは、戦いの場としての最高の場所とされているという意味においての知名度もさることながら、実用的な面も理由として含まれている。
SSランクのアルカノは勿論のこと、それ以上とされるブラックランクの伸広が相対して戦うことになるのだ。
通常の闘技場では修復不可能なくらいに破壊される可能性が少しでもあるので、信頼と実績のあるこの闘技場を選択するのは当然のことである。
ちなみに伸広のことはブラックランクではなく、今話題の賢者の石の作成者として周知されている。
それが伸広側の希望だということもあるが、冒険者ギルドにおいてブラックランクというのは触れられずに済むなら触れずに済ますという暗黙の了解がある。
それゆえに、ブラックランクではなく賢者の石の作成者としての紹介となっているわけだ。
伸広がブラックランクであることはごく一部の者しか知らず、それで構わない――というよりもそのほうが良いというのが伸広含め周囲の者たちの判断である。
伸広たちが冒険者ギルドに打診してからこの戦いの開催までに三か月という期間が設けられたのだが、あまりにも各地の重要人物たちが見学を希望したためだ。
さすがに三か月という期間があれば、魔法や技術を使い倒せば何とか会場にまで到達することができる。
勿論、一般の人には使えないという注釈はつくのだが。
いずれにしても、事前の評判だけでそれほどの注目を浴びる対戦カードとなったというわけだ。
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闘技場は円形のすり鉢タイプで、中央が戦闘を行う場所になっている。
日本の記憶がある伸広から見れば○○ドームとかを思い出しそうな造りだが、この大陸で闘技場といえば一般的にはこの形である。
その闘技場の中央には、本日の主役である二人が向かい合っていた。
勿論その二人は、これから戦闘を行う伸広とアルカノだ。
戦う場にいるのはその二人だけで、いわゆる審判役のような者はいない。
これから行われる戦闘が苛烈を極めることが分かっていて、いればそれに巻き込まれかねないことから最初から審判は付けないことにしたのである。
そもそもこれから行われる戦いに細かいルールなど存在していないので、余計なトラブルの元は排除されていた。
二人が登場した際、これから行われる戦闘で期待した観客が熱狂で騒ぎ出すと思われていたが、意外というべきか予想されたというべきか観客席は静かなままだった。
冒険者ギルドの入念な宣伝が役に立ったのか、これから行われる大陸最高峰の戦いを固唾をのんで見守っているというのが正確なところだ。
そして、闘技場で行われる戦いとしては異様な雰囲気で始まったこの戦いだが、当の本人たちはそれには全く頓着していなかった。
アルカノはこれから戦う相手である伸広に注目していて、その伸広は気負うことなくごく自然体のままでいた。
「…………ちっ。少しは緊張とかしてくれると思っていたんだがな」
「それはお互い様じゃないかな?」
「ハハ。それはまあ、そうだ。ああ、すまないな。初めまして、と言っておくべきだったか」
「こちらこそ、初めまして。数奇な流れでこんなことになったけれど……まあ、よろしく」
戦闘前に二人が行った会話はこれだけだった。
合図を行うべき審判も存在していないので、スタートのタイミングも観客は正確にはわからなかった。
アルカノが背負っていた長剣を構えて止まったのを見て、戦闘が始まったのだと理解できていた。
最初はただの前準備だと思われていたのだが、その止まっている時間が長かったので既に戦闘に入っていると判断されたのである。
両者が止まっていた時間は数分もなかったが、それでも見ている側にしてみればかなり長く感じるほどだった。
これが普通の闘技場で行われている戦いであれば、動きが無さすぎて文句の一つでも出てきてもおかしくはないくらいだ。
だが、この時の観客からそんな言葉が聞かれることはなかった。
なぜなら闘技場内に漂っていた張りつめた空気に、見ていた者たち全員が飲まれていたのだ。
永遠に続くとさえ思われていたその空気を破ったのは、特に武器らしい武器を持っているようには見えない伸広だった。
「――そっちから来ないんだったらこっちから行くけれど、いいのかな?」
何気ない様子で問われたように見えるが、言われたアルカノは短く「チッ」と舌打ちをした。
聞きようによってはごく当たり前のことを言っている伸広だったが、アルカノにとっては「お前が攻撃しないとこっちの攻撃だけで終わるぞ」と言われたように感じたのだ。
それがただの虚言でないことは、今までの相対だけで十分に理解している。
この会場にいる者たちの中でどれほど理解しているかは不明だが、伸広はアルカノが発している威圧を綺麗に受け流していた。
それゆえに『隙が無い』と判断したアルカノは、これまで動くことができずに攻めあぐねていたのである。
だがこのまま何もしないままでいると、本当に伸広が言ったとおりになりかねない。
そのことも十分に理解できているアルカノは、すぐにこれまでの判断を切り替えた。
「……まさかこの俺が、新人のようにがむしゃらに攻めることになるとはね」
小さく呟かれたその言葉だったが、しっかりと伸広の耳には届いていた。
「見た感じ、あなたにはそっちのほうが似合っていると思うけれど?」
「っ……!? ははっ! 確かに、確かに。まさか、この年になってそんなことに気付かされるとは……いや、思い出される、か。どっちにしても――――いくぜ!!」
最後に気合を入れるように敢えて大声を出したアルカノは、次の瞬間には言葉通りに動き出していた。
伸広とアルカノの間にあった五メートル近い距離は、その一瞬で一気に詰められていた。
会場にいる者たちのほとんどが見ることができなかったその動きだったが、伸広は特に大きな動きを見せなかった。
それは別にアルカノの動きが見えなかったというわけではなく、しっかりとした準備をしていたからこその余裕だった。
その余裕は、結果として現れることになる。
一気に距離を詰めたアルカノは、そのまま長剣をいわゆる抜き胴の形で左から右に振り――抜こうとした。
だがその攻撃は「キンッ」という硬質な何かに当たった時のような音と共にあっさりと止められてしまったのである。
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