(8)戦闘狂

 冒険者ギルド副総長であるザドスは、ある一通の手紙を前にして眉をひそめながら難しい顔を作っていた。

 副総長という立場上、陳情などを含めた様々な手紙を受け取ることのあるザドスだが、流石に今回のような内容のものは始めてのこと……ではなかった。

 むしろよくある部類といっても過言ではない。

 内容としては、総長であるアルカノとの対戦の場を設けてほしいというものだ。

 本来であればアルカノに直接行っても不思議ではない内容の手紙がよく届くのは、基本的に総長のスケジュールを管理しているのがザドスだと知られているからである。

 ザドスが了承してもアルカノの気が乗らなければ普通に却下されることもあるので、体のいい調整役となっているともいえる。

 魔物との戦闘を主な仕事としている冒険者ギルドとは関係のなさそうな内容の業務だが、これが意外な――というよりもある意味でギルドとしては直球の意味で役立っていたりする。

 主に、ギルドの戦闘力を示すという意味で。

 

 魔物や盗賊などを相手にすることが想定されている冒険者ギルドにおいて、戦闘力は何よりも重視されている。

 それ故に、アルカノのような戦闘狂といっても過言ではない存在もトップに立つことが許されているのだ。

 とはいえアルカノは勿論、ザドスのような立場にある者が戦闘ばかりをこなしているわけにはいかない。

 というわけで、時間を限って戦いの場を公に認める……だけはなく、見世物のように客を呼んで戦闘を行う場合もある。

 

 今回届いた手紙には、その公衆の面前での戦闘を望むものだった。

 そのこと自体は、別に構わない。

 むしろ冒険者ギルドとしては、公開してもらったほうが目的を果たせるといえる。

 それなのにザドスがこんな表情になっているのには、きちんとした理由がある。


「――数か月前はあれだけ大掛かりなことを仕掛けてきたのに、今度は公衆の面前で……ですか」

 公開の場での戦闘を望んでいるその手紙は、ほんの数か月前に大陸での大物たちを動かしてアルカノを止めた相手――伸広だったのだ。

 ザドスでなくても、ずいぶんと都合がよすぎやしないか、と思っても仕方のない状況ではある。

 だが、そんな苦々しい思いをしていたとしても、ザドスにはその誘いを受けざるを得ない事情というものがある。

 

「……総長にいえば、間違いなく了承するでしょうねえ……。むしろこの場合は、総長が爆発する前にあちらから誘いがあってよかったと考えるべきでしょうか……。向こうもそれを呼んでいるような気もしますが……それも些細な事ですかね」

 総長を爆発させるよりは、自分の思いを抑え込む方がはるかにましだということは、これまでの経験でよくわかっている。

 それにそもそもを考えれば、前回はザドス自身は大した手間はかけていないのだ。

 となれば今後のことを考えて、今回の話を受けるとするのがより合理的な決断だと言えるだろう。

 

「後から総長にばれて面倒なことになるよりは、こちらから知らせた方がはるかにまし……ですかね」

 そう決断を下したザドスは、既に先ほどまであったちょっとしたモヤモヤは完全に消滅していた。

 それよりもザドスの頭の中は、どこでどうやって両者の戦闘を行うかでいっぱいになり始めている。

 今回の戦いは、人類ヒューマン同士の戦闘としては最高峰の戦いになることは間違いない。

 それに耐えうるだけの戦いの場は勿論のこと、どこにどれだけ知らせるかという問題などがある。

 そうした細々としたことを考えるのが仕事ともいえるので、既にそちらの方に思考が向いているザドスであった。

 

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 アルカノの執務室を訪ねたザドスは、自分が受け取った手紙そのものを部屋の主に渡した。

「――その手紙の通りに、例のブラックランクが戦闘を希望されております。どうなさいますか?」

「どうって、んなもん決まっているじゃねえか」

「よろしいのですか? 前回のこともありますが……?」

「そんなもん知ったこっちゃないね。俺としては、戦えるということが一番だ」


 予想できた回答に、ザドスは特に表情を変えることなく頷いた。

「そうですか。では、場所の選定などはこちらにお任せいただけるということでよろしいですね?」

「任せる。……ああ。できるだけ早くな」

 そう言ったアルカノの表情は、既に戦闘に思考が向いているのか見る者によっては背筋が凍るような笑みを浮かべている。

 

 ただそんなアルカノの顔を見慣れているザドスは、いつものように一礼を返した。

「畏まりました。……触れ込みはいつも通りでよろしいですか?」

「そうだな。一応この手紙でも触れられているから、それから外れるようなことはするな。それを理由に、断られては敵わん」

「そうですね。わかりました。それ以外に付け加えることは?」

「……ないな。ああ、そうだ。折角だから頂上決戦とでも銘打っておけばいいのではないか?」

 アルカノが、自分自身で大会の文句を考えることは非常に珍しい。

 それだけこの戦いに期待していることが、ザドスにも伝わってくる。

 残念ながら(?)その気持ちがわかるだけに、ザドスもアルカノの言葉に反対することはなかった。

 長い間アルカノの傍で戦いを見てきただけに、何だかんだでザドスも強者同士の戦いを見ること自体は好きなのだ。

 

 既に気持ちは戦闘に向いているのか、わずかに天井を見ながら何事かを考えているアルカノに、ザドスはふと疑問に思ったことを聞いた。

「――――勝てるとお思いですか?」

「無理だろ」

 あっさりと返ってきたその答えに、ザドスは驚いた。

「いや、何を驚く? 相手は、あの古代龍さえと同等と言われているんだぞ? 今の俺だと逆立ちしたって勝てねえよ」

「では、何故?」

「何。後進のためにな。今の頂上がどれくらいかを見せるのもトップとしての……なんだよ、その顔は?」

 言葉の途中でジト目を向けてくるザドスに気付いたアルカノは、何を言いたいんだと視線だけで返す。

 

「いえ。あなたのことですからてっきり久しぶりに格上を相手に出来るから楽しみにしているのかと……。そうですか。そのつもりがあるのでしたら、今後も……」

「……いや、悪かった! お前の言うとおりだよ!」

 下手をすればこの戦いのあとに、やりたくない試合を組まされそうだと理解したアルカノは、それだけは勘弁だと早々に両手をあげながら降参した。

「最初からそう言えばいいものを、私に対して今更何を取り繕おうとしているのですか」

「いや、そうだけどよ。たまには、見栄ってもんを張ってみたくなったんだよ」

「たまには、ではなく今後もずっとそうしていただけるとどれほど助かるか……まあ、これは言っても仕方ないですね」

「ああ。仕方ないな」

 今後も改めるつもりはないと断言するアルカノに、ザドスはこれ見よがしにため息をついて見せた。

 ちなみにこのやり取りはいつものことで、ある意味二人のルーチンワークとなっている。

 

 とにかくアルカノがやる気になったことで、ブラックランクである伸広との戦いは決定となった。

 あとはこの大会戦いをどうやって周知して、どれほど広く認知させることができるか。

 それは間違いなく今後のザドスの腕にかかっているのであった。

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