(6)伸広の影響力

 百年ほど前の総大教主から譲って貰ったということが判明したが、実際にはまだ肝心なところを伸広は話していない。

 ニッコリ笑って誤魔化されればそれでよかったのかもしれないが、残念ながらこの場に集まっていた教会関係者はそんなことで騙されるような者たちではない。

「譲って貰ったというと、あなたが直接譲り受けたように聞こえたのですが?」

「そうですね。そう言ったつもりです」

「……先ほども言ったように、セルジョ前総大教主は五代前――約百年ほど前の人物になります。あなたの見た目とは随分差異があるようですが……? それとも、あなたはヒューマンではないと?」

「さて。それはご想像にお任せいたしますよ。少なくとも私は、嘘はついておりません。何でしたら真偽の判定をしていただいてもよろしいです」

 さらに深く突っ込んできたゴーチェだったが、伸広はさらりと躱してみせた。

 毎度毎度こういうやり取りが発生するのが面倒で半引きこもり生活をしていたのだが、別に今のようなやり取りが全くできないというわけではない。

 

 本来ならさらに踏み込んで聞きたいところだが、これ以上は聞いても答えが返ってこないと判断したゴーチェはため息をつきながら言った。

「…………そうですか。これ以上は聞いても答えてもらえなさそうですから、この辺で止めておきます」

 ゴーチェがそう宣言すると、周囲から本当にいいのかという視線が集まる。

「――仕方ないでしょう。そもそもノブヒロ殿の種族や年については、今この場では関係のない話ですから」

「しかし……」

「しかしも何もありません。それよりも今言ったように、進めるべき話を進めてしまいましょう」

 やや強引にゴーチェが話を打ち切ると、他の者たちは渋々と言った様子で頷いていた。

「――失礼いたしました。それで、賢者の石に神ノ宜印石が使われているということはわかりました。他に何が使われているのか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「他ですか……そうですね。魔女ノ御精印まじょのごせいいんは使っているとだけ」

 伸広がそう答えると、神ノ宜印石の時以上の驚きが教会組の中に広がっていった。

 

 魔女ノ御精印は名前の最初についている通りに、魔女が作れるアイテムの一つとしてさ入れている。

 この世界での魔女の立ち位置は、地球とは違って狩られる対象になっているわけではない。

 ただ森の恵みを利用した薬剤師的な側面も持っているため教会と対立――とまではいかないまでも、両者が一線を引いてお互いの関わりを持っている。

 回復薬一つとっても根本の作り方が全く違っているので技術の面で対立することはないのだが、顧客という意味では奪い合っているとも取れなくはない。

 教会にとっての魔女は、商売敵的な立ち位置にいるのである。

 

 そんな魔女だけが作れるアイテムとして魔女ノ御精印が、賢者の石を作るための材料として上がったのだから教会関係者としては内心穏やかとはいかないのだろう。

 表立ってどうこう言ってくる者はいなかったが、伸広へ何かを言いたげにちらちらと視線を向けてきていた。

「――言っておきますが、別に私が作ったというわけではありませんからね? いくら何でも、性別までは変えられないですから」

 念を押すように伸広がそう言うと、視線を向けてきていた一部があからさまにホッとした表情になっていた。

「そうですか。ですが、あなたのこれまでの話を聞いていると、一時的に性別を変えて作るなんてこともできるのでは?」

「そうしたいのはやまやまですが、魔女ノ御精印はそんなことをやって作れるような物ではないのですよ。……残念ながら」

 冗談交じりに言ってきたゴーチェに、伸広も軽く笑いながら返した。

 

 次々と出てくる事実に教会関係者も色々聞きたいともやもやしてはいるのだが、ゴーチェという権力者がこの場にいるだけに聞くに聞けないという感じだ。

 実際に無理に聞き出そうとすれば、折角ここまで進んだ話が全てなかったことになりかねないということも分かっているだけに猶更である。

 結果として、もやもやとしたものを抱えたまま伸広とゴーチェの話に耳を傾けていることしかできなかった。

 とはいえ伸広がさらりと話した内容でも、十分に検証しなければならないことはいくつも出てきている。

 今後行われることになっている賢者の石の分析は、それらの言葉を含めて行われることになるはずだ。

 それゆえに、特にこの場にいる者たちは聞き逃しのないように、たとえ雑談であっても耳を傾けているのである。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

『賢者の石』を作るための素材についての情報をいくらか出したところで、伸広たちの役目はほとんど終わった。

 細かい条件についても大体議論が終わっていたので、すぐさま教会によって『賢者の石の分析官募集』という情報がすぐさま大陸中に発表された。

 これはにより『賢者の石』が作成・献上されたことにより、世界各地から研究者を総本山の神殿に集めて研究を行うというものである。

 当然ながら「とある人物」というのは伸広のことであり、今回の研究によって大まかな結論が出された際に人物名も発表されることになっている。

 もっとも伸広の名前については秘匿するつもりはないので、研究論文として発表される前から募集した研究者から各国に漏れることを想定している。

 

 肝心の『賢者の石』の研究については、教会が大陸中から研究者を募集することによりできるだけ不公平感をなくしている。

 勿論、募集したものすべてを受け入れるわけにはいかないので多少なりとも不公平な部分は出るだろうが、少なくとも今までにはなかったやり方になる。

 大陸中から募集するということは国境の枠を超えて希望者を募るということであり、場合によっては敵国同士の研究者が参加するということもあり得るだろう。

 それでも敢えて「大陸中から」という要件になっているのは、伸広たちが条件の一つとして設定したためである。

 伸広が『賢者の石』を公に出す以上は、できる限り各国に情報をできる限り公平に出すことを望んでいたのでこういう条件を入れたのだ。

 

 

 教会の発表に対して、各国・その他の組織は懐疑的な視線で始めは見られていた。

 だが実際に教会が持っている『賢者の石』と神託の内容が合わせて公表されたことによって、その評価はガラリと変わることになる。

 教会とて人の組織であるがゆえに国の政治と同じような駆け引きが行われるのだが、神託に関して内容の齟齬があることはない。

 これは「神の言葉」として発表される神託が、教会によって都合のいい解釈がされて発表されるとその名の通りの神罰が下されるためである。

 神罰については大小さまざまあるのだが、仮にも神の教えを学んでいる立場にある教会が神から直接罰を与えられることの影響は計り知れないものがある。

 過去にはそうしたことを行った宗教団体が、神罰によって潰されたという話もあるくらいである。

 だからこそ人々は、教会が発表している神託に全幅の信頼を置いているのだ。

 

 いずれにしても、教会が発表した神託によって『賢者の石』が本物であることが間接的に証明された。

 このことにより各国からの注目は俄然高まり、結果として教会へ希望者が殺到するということになった。

 これまで全く見つかっていなかった『賢者の石』の研究ができれば、錬金だけに限らず各分野への影響はかなり大きくなると予想される。

 様々な分野で競い合っている国家が、このチャンスを逃すはずがないのである。

 とはいえサボーニ教の総本山で研究できる研究者の数には限りがある。

 その狭き門を潜り抜けてきた研究者たちは、結果としてこれまで見つかっていなかった様々な研究成果を発表することになるのであった。

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