(5)神ノ宜印石
伸広たちにとっては非常に都合のいい神託が下りてきたことによって、話し合いは一気に進んだ。
といっても、この場の話し合いで最後の合意にまで達したというわけではない。
『賢者の石』の取り扱いについてはあくまでも教会が主導することになるので、実務レベルでの細かい確認は必要になる。
それを確認した上での最終合意になるということで、初日の話し合いは終わりとなった。
伸広たち(というか主にアリシア)も事前にそうなることは予想していたので、話し合いが複数回になることは了承している。
そして初回から数度の話し合いを経て、ようやく最終合意ということになった。
初日の大筋合意から変わった点は幾つかあるが、伸広たちにとって重要な点はほとんど変わっていなかったので特にその後の話し合いで揉めるようなことにはならなかった。
教会内では例の担当者が言ったような内容と同じようなことを提案してくる者がいたりと色々あったようだが、伸広たちにとっては関係のない話である。
複数回の話し合いを経て合意に至るまで、伸広たちはずっと神殿にいたわけではない。
次の話し合いの日程だけ決めていたので、その空いた時間はダンジョン攻略の時間に当てていた。
余談だが、伸広が当たり前のように神殿と拠点、あるいはダンジョン傍の町までの転移(それも複数人)を行っていることに、教会側の人間は様々な表情を見せていた。
それだけ珍しいということなのだが、既にそれらの反応に慣れてしまっている伸広たちとしては大した話ではない。
そんなわけで話し合いもそろそろ終わりという話し合いの場で、物資制作担当が何かを思いついたような顔になっていた。
最初こそ呆れるような言動をしていた物資制作担当だが、初回を除けば専門家らしい意見を次々と出していた。
どちらかといえばその意見は教会よりのものになっていたが、それはごく当たり前のことで伸広たちとしても無理やり除外するようなものではない。
教会でなくとも自らの属する組織にできるだけ有利になるように発現するのは、普通のことだろう。
すでに『賢者の石』を作ったのが伸広だと把握している担当者は、こんなことを聞いてきた。
「――そういえば、今まで敢えて聞いてこなかったのですが、材料には何が使われているのでしょうか? あっ、いえ。勿論、無理に聞き出すつもりはありませんが」
何の材料かを今更問い直す者は、この場にはいなかった。
むしろ伸広がどんな発言をするのか、できる限り無関心を装いつつも聞き耳を立てている。
伸広はそのことに気付きつつも、気付いていないふりをしながら考えるような顔になった。
「材料ですか。そうですね……こちらにいらっしゃる方々に分かりやすいところでいえば、
伸広がさらりとその事実を述べると、他の者たち――特に教会側の出席者――が驚きすぎて何ともいえない表情になっていた。
その顔は、驚きを通りすぎて呆れのほうが大きくなっている感じだった。
伸広が言った神ノ宜印石というのは、その名前の通り神の力が混じっていると言われているアイテムである。
神に関わる事象に関しては間違いなくトップクラスに関係しているサボーニ教の関係者であるからこそ、そのアイテムの名前と重要性はよく理解している。
簡単にいえば、何十人単位で主教クラスの人材が集まって一週間単位で神に祈りをささげたうえで、さらに最高級クラスの聖水などの多くのアイテムを投入して作れるアイテムになる。
……と言葉にすれば簡単そうに思えるが、実際に作るとなるとそう簡単にはいかない。
それだけの労力と最高級の素材を使いまくって作るアイテムなのだから、当然のように小国の国家予算並みの値段がつけられる。
作られればそれほどの値段がつくアイテムなのだが、正直なところそれほど使い道はない。
具体的には強大な闇の力を持つモンスターが出た時や、闇に関する問題が起きた時には使える最高クラスのアイテムにはなる。
ただ基本的には使い捨てになるので、そんなに莫大な資金を用意したうえで一度きりのアイテムとして使えるかというと微妙になってしまうのである。
勿論、国家クラスで対処しなければならない事態が発生した時には使われることがあるので、全く需要がないというわけではない。
その需要も大体十年に一度発生するかしないかというものなので、普通の消耗品に比べれば超レアアイテムということになる。
それらの事情を知っている上に、かかる手間に関しては一般の者たちよりも詳しく知っているからこその教会関係者が表情なのだ。
そしてそんな珍しいアイテムだからこそ、物資制作担当が首を傾げながらこう聞いてくるのもある意味当然のことだった。
「あの……ご自分で作られたのでしょうか?」
「いや。作ろうと思えば作れなくはないですが、さすがに一人で作ろうとすると手間と時間がかかり過ぎて面倒ですよ」
「では……?」
「今回使ったのは、以前総大教主だった方から譲ってもらったものですよ」
伸広がさらりと漏らした重大情報に、教会関係者がざわりとした。
神ノ宜印石という重大アイテムを他人に譲ったというのもそうだが、まさか総大教主が関わっているとは考えていなかったのだ。
だが、ある意味では納得できることでもある。
伸広が個人で作ることができると断言したことはともかく、サボーニ教のトップから譲ってもらったというのは教会で作ったものであると証明されたようなものだからだ。
神ノ宜印石を作れるのは自分たちだという自負があるからこそ、伸広の言葉に驚き、納得もできるのだ。
とはいえ、今の伸広の言葉には教会関係者として無視できないこともある。
これは自分が聞かなければ駄目だろうと判断したゴーチェが伸広に問いかけた。
「以前の総大教主……ですか。どなたかというのをお伺いしても?」
「問題ありませんよ。というよりも、彼が教会から神ノ宜印石を譲り受けたというのは、きちんと記録にも残っているはずです」
あっさりと受諾した伸広に、ゴーチェは無言のまま先を促した。
「私に神ノ宜印石を譲ってくれたのは、六代前……あれ? 五代前だったかな? とにかく、それくらい前の総大教主セルジョ氏ですよ」
伸広が言った名前を聞いたゴーチェは、少しだけ驚いたような表情になってすぐに、納得の表情を浮かべた。
五代前という年代はともかくとして、セルジョ前総大教主から神ノ宜印石を譲り受けたという話は、ゴーチェにとっても納得できる部分があったのだ。
セルジョ前総大教主は今から百年ほど前の総大教主になるのだが、サボーニ教の歴史上の中でも優秀な人材だったとして知られている。
そのセルジョが総大教主を引退する際に、これまでの恩賞として教会に求めたのが神ノ宜印石だとされている。
総大教主の引退の恩賞としては前例がない要求ではあったが、それまでの功績から特に問題ないとして譲渡されたのである。
ただしセルジョ自身は譲り受けた神ノ宜印石をどのように使うかは明言しておらず、彼の死後に遺品だとが整理された際には既に神ノ宜印石はなかった。
それらの結果から既に使用されたのか、あるいは誰かに譲ったのだろうという話が教会の上層部には伝わっている。
ちなみに、上層部以外に伝わっていないのは別に秘匿していたというわけではなく、元総大教主とはいえ個人に譲り渡したという時点で関心が薄れていたためである。
「セルジョ総大教主であれば五代前になりますが……随分と昔の方だと思うのですが?」
見た目と年代が合わないのではないかという疑問の視線を向けるゴーチェに、言われた当人は無言のままニコリと笑うのであった。
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