(9)アリシアの問い
微妙にこわばった表情をしていたアリシアだったが、一度大きなため息をついてから覚悟を決めた様子で伸広を見た。
「――――一応、はっきりと確認しておくけれど、賢者の石は作れるのね?」
アリシアが妙に据わった顔――というよりは、王女としての顔になっていることに気付いた伸広は、同じように真顔になって頷いた。
「ああ。間違いない。手順さえ間違えなければ、ほぼ確実にできるよ。足りなかった材料もカルラのお陰で手に入ったし」
「そこも確認しておきたいのだけれど、
伸広には作ることができなかった素材だったからこそ、彼女の城にいた時から今に至るまで微妙な顔になっていたのだ。
その素材をカルラが伸広に渡してきたということは、彼女がその素材を作ったと考えてもおかしくはない。
さらにその素材が作れるのであれば、賢者の石を作れると考えるのも自然である。
そのアリシアの問いに、伸広は少し考えてから首を左右に振った。
「はっきりあり得ないとは断言できないけれど、まずできないんじゃないかな?」
「それは何故でしょう?」
「他に必要な素材の一つに、
さらりと出てきた重要な情報に、アリシアは一瞬ポカンとした表情になった後に頷いた。
「なるほど。それは確かに、無理………………」
「アリシア……?」
途中で黙り込んだアリシアに、伸広が疑うような視線を向けた。
「いえ。あの……私のような存在を作ったあの方が、面白がって許可を出すなんてことは……」
「え、え~と……。……うん。世界にとっても割と重要なアイテムだったりするから、そんなに簡単に許可は……」
「……私が言うのもなんですが、伸広には簡単に出したのですよね?」
「だ、大丈夫だよ、きっと。うん」
言外に伸広が絡むことになると途端に信用できなくなると言外に告げるアリシアに、伸広もついに目をキョロキョロしだした。
「あの方は、伸広が絡むと途端にポンコツに――アイタッ!!」
普通に室内にいるのに脳天に雷(電気)が落ちてきたかのような衝撃を受けたアリシアが、頭を抱えてテーブルの上に突っ伏してプルプルしだした。
「だ、大丈夫?」
何が起こったのか、そして犯人が誰であるのかをすぐに理解した伸広は、アリシアを気遣うだけでそれ以上の追及はしない。
まさに『触らぬ神に祟りなし』である。
数秒後にどうにかこうにか復活したアリシアは、若干涙目になりつつ伸広に応じた。
「大丈夫よ。……きっと。私も少しばかり調子に乗り過ぎたわ」
「まあ
「本気を出されたら私は、今この場にはいられなくなっているわよ」
「まあね」
そんな軽口をたたきあった二人だったが、すぐに本題へと戻った。
「とにかく、今の反応でダンジョンマスターの彼女に許可を出したということは考えなくてもいいと思うわ」
「やっぱりそう思う?」
「ええ。もし出していたとしたら私を通すか、伸広に直接話をするなりしているはずだもの」
アルスリアの性格なら間違いなくそうするだろうというアリシアの推測だったが、それは伸広も同感だった。
「今は
敢えて『何をつくるのか』は言わなかったアリシアだったが、もちろん伸広にも言いたいことは伝わっている。
「それはまあ、折角材料が揃ったからね」
「そして作った物は、拠点の倉庫に眠らせておくと」
「軽々しく表に出せない物だからねえ……仕方ないよ」
ため息交じりに言った伸広に、アリシアは首を左右に振った。
「いいえ。ちゃんと表に出してしまいましょう。ただ……そうね。これ以上は三人が戻ってから話をするとしましょうか」
「……アリシア?」
何やら楽しそうな表情になって言うアリシアに、意味が分からなかった伸広は首を傾げるのであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
町の散策を終えて宿に戻ってきた灯たちは、休む間もなくアリシアにつかまってリビングの椅子に座らされていた。
「戻ったばかりで休みもなしにごめんなさいね」
「いや。ブラブラしていただけで対して疲れていないからいいんだが……何かあったのか?」
意外というべきか、当然というべきか、元日本人女子組の中でアリシアと一番仲がいいのは、忍である。
普段のざっくばらんな口調に加えて、本人があまり物怖じしない性格のために他人に対して積極的に話しかける。
アリシアも忍のような口調の人間に話しかけられるのが物珍しいということもあって、急速に仲が良くなったのである。
ちなみに普段はいつもの口調の忍だが、公の場に出た時にはそれなりに気(敬語)を使っている。
女子組四人の関係性はともかくとして、忍に問われたアリシアは真面目な表情になって頷いた。
「昨日、伸広が例のダンジョンマスターから何かを受け取ったというのはわかっているかしら?」
「具体的には聞いていないが、なんとなくは」
「灯じゃなくても、大体は察していますよ」
「ちょっと詩織。私じゃなくても、ってどういうことよ!?」
詩織の茶々に灯がすぐに突っ込んだが、それは皆にスルーされた。
こういったやり取りにいちいち反応していては、話が進まないと皆が理解しているのだ。
特に今回は、アリシアの表情から真面目な話だと分かっているので、特にそうなっている。
そして話を聞く雰囲気になったことを察したアリシアは、先ほど行われた伸広との話を簡略して灯たちに説明をした。
「――――というわけで、この先伸広はほぼ確実に賢者の石を手に入れると思うわ」
「賢者の石って……師匠」
アリシアの話を聞いて詩織が若干呆れ気味に伸広を見れば、灯は目を輝かせている。
「さすがですね。師匠」
「正反対な反応の二人は置いておいて、肝心のアリシア姫の相談とは?」
「伸広は作ったあとは、完全に拠点にしまい込もうとしているのだけれどね。私は敢えて表に出そうと考えているのよ」
アリシアがそう言うと、灯たちは黙り込んだ。
物が物だけに、簡単に答えを出してはダメだとすぐに理解できたのだ。
「隠すというのは師匠らしくて理解はできるが、敢えて表に出すという意図は?」
「あら。それをあなたが……いえ。あなたたちが問うの? ――あなたたちは何のためにあのパーティ名にしたのかしら?」
アリシアからそう聞かれた灯たちは、それぞれ顔を見合わせたあとに納得の表情になっていた。
『隠者の弟子』というパーティ名は、自分たちが有名になって少しでも伸広の名を広めたいという思いも少なからずあるためだ。
今回のアリシアの提案は、それをもっと大々的に行うというわけである。
そんなことをしなくても知る人ぞ知るという存在になっている伸広だが、もっと自由にのびのびと動き回れるようになってほしいという願いが女性組にはある。
自分の問いに黙り込んだ灯たちを見て、アリシアは彼女たちが自分と同じ思いを持っていると確信した。
これまでのように引きこもりでもいいではないかと言われることも覚悟はしていたのだが、お陰である意味でホッとした部分もある。
アリシアとしては伸広が望んで半引きこもり生活を送っているのは理解しているのだが、やはり自由に動ける選択肢を残した上でそういった生活を送ってほしいのである。
そのアリシアの願いを理解しているからこそ、伸広も今のところ口出しをする様子がないのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます