(10)最高のアイテムを利用して
『伸広のために』多少強引に賢者の石を使って世にその存在を知らしめようとしているアリシアだが、実際には当人の許可は今のところ取っていない。
何しろ昼間に話をしてから今まで、灯たちにその話をするまでは具体的なことは何も聞いていなかったのだ。
だからこそ前のめりのアリシアを見て、伸広は多少気後れする――ことにはなっていなかった。
そもそも伸広自身、積極的に引きこもり生活をしていたいと考えているわけではなかった。
これまでは自分が持つ力の大きさに振り回されていたのと伸広自身のコミュニケーション能力の低さのお陰(?)で、世から隠れているような生活をすることしかできなかった。
世間に名を知られて権力を振りかざしたいというわけではないが、少なくともこそこそせずに世界を歩き回りたいという程度の願望は常に持っていた。
アリシアは、伸広のその思いを見抜いていたからこそ、こんなことを言い出したのだ。
伸広にとってアリシアの提案は、突然すぎて驚きが先に来てしまったが外を出歩けるチャンスになるのであれば、積極的に活用していきたいと思えるものだった。
そんな理由から盛り上がりつつあった女性組の会話に、伸広は特に間に入って止めることもなくただ見守っていた。
そして、それをしっかりと見抜いていた女性陣(特にアリシアと灯)は、さらに話を加速させていた。
「――確かに私たちのパーティ名は、『隠者とは誰か』と聞かれたときに答えるために付けた名前だからなぁ」
苦笑交じりにそう言った忍に同調するように、詩織も頷いた。
「確かにそうね~。灯は勿論、それについて反論するつもりはないでしょ?」
「その通りなんだけれど、何か含みがあるように思えるのは気のせい?」
「気のせい気のせい」
軽い調子で返してきた詩織に、灯は小さくため息を吐いた。
いつも通りのやり取りをしている灯たちに笑みを見せたアリシアは、さらに踏み込んで話を続ける。
「そういうことだから少しばかり協力してほしいのよね」
「それは構わないのだが、このタイミングで私たちが動いても大丈夫なのか?」
そもそも灯たちが蓬莱国に来ることになったのは、彼女たちが
わざわざアリシアがこうして協力を願い出てくるということは灯たちも一緒に行動するということであり、余計に騒ぎを大きくする可能性もある。
疑問を投げかける忍に、アリシアは大きく頷いた。
「勿論。というよりも、あなたたちも一緒に認めてもらいましょう。それこそ、私と一緒に」
「アリシアと……ということは、アルスリア様――最高神の転生体だと公表すると?」
「そういうことね。あなたたちと私が、伸広という存在あってこそということを認めさせれば何とかなると思うのよ」
「賢者の石というエサを放り込んで認めさせるわけですね」
アリシアに続いて灯がそう補足をした。
「そうよ。賢者の石を作れる魔法使いとなれば、一気に世間の注目を集めることになる。その彼の傍ににアルスリア様の転生体である私と揃って加護を得たあなたたちがいれば……」
「普通に考えれば、師匠の裏に
アルスリアという後ろ盾が明らかになれば、伸広に対して変なちょっかいを出してくる者は激減するはずだ。
今までもアルスリアの存在は常に伸広の傍にあったのだが、当人がそのことを主張しても戯言や虚言扱いされて終わる可能性のほうが高かった。
アルスリア自身が世界に対して直接力を行使することがなかなかできなかったので猶更だ。
その状態が、女性陣の存在によって間接的に解消されることになる。
それだけなら灯たちが加護を得た時点でも同じことができたのだが、伸広自身が『賢者の石』という世間にとっては無視できないアイテムを用意することによって駄目押しができる――というわけだ。
「話の要点はわかったが、とりあえずの疑問が二つ浮かんだな」
「言ってみて」
「一つ目は、そもそも『賢者の石』は本当に作れるのか?」
これがなければ計画の
皆がそのことを理解しているので、女性陣の視線が伸広へと集中した。
皆の期待する視線を受けた伸広は、右手をあげながら軽く白状した。
「正直なことを言えば、一度も作ったことがない物だから百パーセント成功するとは言えないかな。まあ、九十以上は成功すると考えているけれど」
「そう。伸広にはとにかくできるだけ成功するように頑張ってもらうしかないわね。それに、失敗したところで特に困るようなことはないわよ。できたのを確認してから外部に話を持っていけば良いだけだから」
「確かにそうだな。現物なしでいきなり話をしに行くわけにもいかないか」
「そういうことね。それに、失敗したら失敗したで今まで通りに過ごしていればいいんだから。後々に失敗談として皆で笑いあえばいいんじゃないかしら?」
少しばかりの笑みを含ませたアリシアの物言いに、他のメンバーがそろって微笑した。
皆でひとしきり笑いあったところで、忍がもう一つの疑問を口にした。
「それでもう一つだが、この話を持っていくのはやはりリンドワーグ王国か?」
リンドワーグ王国はアリシアの生国であるために、相手(国王)を説得しやすいという利点がある。
だが、今回はそこよりも適任の組織があるとアリシアは首を左右に振った。
「今回は実家を使うと、疑いの目を向けられやすくなるからリンドワーグ王国にはしないわ。それよりも適した国――というか組織がありますからね」
敢えて「組織」と言い直したアリシアに、伸広を除いた他の面々が首を傾げた。
伸広はすぐにその「組織」がどこか思い当ったのだが、この世界に長くいる経験の差が出た形である。
とはいえ、灯たちもそこまで長く考えていたわけではない。
「――――そうか。教会に話せばいいんですね?」
「「あ」」
「灯、正解よ」
詩織と忍がほぼ同時に声をあげるのと、アリシアが短く拍手をするのが重なった。
灯たちの加護とアリシアの神の転生については、そもそも教会の領域といっても過言ではない。
それに絡めて伸広の作った『賢者の石』を持っていくというのは、自然な流れだと思われるだろう。
さらにいえば、教会には以前アリシアに対して問答無用で組織の側に引き込もうとした瑕疵のようなものがある。
教会側があれを瑕疵とは絶対に認めないだろうが、少なくとも話を持って行って門前払いされるようなことにはならないだろう。
それらに加えて、教会はある意味世界一強大な噂を広めるネットワークのようなものも持っている。
ネットワークといっても、単に世界中に信者が散らばっているというだけのことなのだが。
信者が噂を広めれば、伸広の存在を公に認めさせるのもさほど難しくはないはずだ。
もしかしたら『賢者の石』の管理権をめぐってひと悶着あるかもしれないが、それはアリシアたちが求めている本筋とはずれた問題だ。
もっとも教会が管理するのを良しとしない勢力は多岐に渡ることは想像に難くないので、そこを突けば何とかなるとアリシアは考えている。
というよりも、そうなるように仕向けるつもりでいるのだが。
いずれにしても今回の話し合いで話の大筋は決まったので、あとは詳細をどうするべきかこの後も話し合いは続けられるのであった。
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