(8)伝説のアイテム

 伸広がカルラとの約束を果たした翌日。

 この日は休みにしようということで、ダンジョン攻略は無しということになっている。

 休みということは各自自由に動き回れる……のは灯、詩織、忍の三人で、伸広とアリシアは取っている宿にこもっていた。

 そもそもアリシアが自由に動き回れるのは伸広という護衛がいるからであって、二人はセットで動くことが必須の条件となる。

 いくら伸広であってもずっと護衛をしっぱなしというのはダメだろうとアリシアが気を使った結果、二人は宿に残ることになったのだ。

 そもそも王女として育ったアリシアなので、自由に動き回れないことに対する不満はそこまで強くはない。

 さらにいえば室内でやれることもたくさんあるので、室内にこもっているとはいっても退屈とは無縁でいられるタネは沢山ある。

 結果として伸広とアリシアは、町に繰り出した灯たちを笑顔で送り出していた。

 

 ちなみに伸広たちが泊っている宿は、一つの大きな部屋リビングから複数の部屋に繋がっている冒険者用にパーティ単位で借りられる部屋が存在している。

 これはこの宿が特別というわけではなく、ダンジョンの傍にある町には大抵こういった部屋があるのだ。

 長期滞在になる場合には家を丸々借りるということもあるのだが、護衛依頼などで来たパーティはこういった宿に泊まることが多い。

 ダンジョンが傍にあるということはそこに通う冒険者が多く来るというだけではなく、そこでとれた素材類を狙ってくる商人なども多いのである。

 

 そして宿に残った二人は予定通りのんびりと寛ぐ……はずだったのだが、何故だか渋面を浮かべた伸広がリビングのソファに座っていた。

 伸広の視線の先には、赤みがかった宝石のように加工された半透明な結晶体があった。

 見ようによっては険しい表情をしている伸広に、ちょうど部屋から出てきたアリシアが話しかけてきた。

「あら。そんな顔をしてどうしたの? ……もしかして、それがあそこで手に入れられたものかしら?」

「まあ、そういうことだね」

 アリシアが言う『あそこ』というのは、言うまでもなく昨日に訪れたカルラの居城のことだ。

 

 アリシアの推測通りに、伸広が複雑な表情を浮かべながら眺めているものは、カルラからプレゼントとして贈られたものであった。

「どういったものか聞いてもいいのかしら?」

 カルラのいる場所では深く聞かなかったアリシアだったが、敢えてこの場では聞いてみることにした。

 何よりもわざわざ人が通るであろうリビングでそんなものを出している以上は、特に聞いても問題ないと考えたのである。


 そのアリシアの予想通りに、伸広は頷きながらその問いに答えた。

「簡単に、わかりやすく言ってしまえば、これは『賢者の石』を作るための材料、かな」

「そう……………………はい?」

 あまりにいつも通りの伸広の言葉に最初は軽く返しかけたアリシアだったが、一拍遅れてその言葉の重要性に気付いて非常に珍しいことに惚けたような表情になった。

 その顔は、伸広の言った言葉自体は理解できているのだが、頭の中にあるそんなものが存在しているはずがないという常識に囚われて上手く呑み込めないという顔だ。

 

 普段では絶対に見ることができないようなアリシアのその顔に、伸広は一度だけクスリと笑ってから頷いた。

「うん、まあ。そうなるのはわかるけれど、残念ながら事実だから」

「…………そう。あなたがそう言うのであれば、本当にそうなんでしょうけれど、ね」

 この世界では賢者の石といえば、伝説どころか神話にさえ登場するかどうかというレベルの伝説のアイテムである。

 遥か古代の昔から現在に至るまで、錬金術師のみならず魔道具に関わるような者たちにとっては夢のような道具とされている。

 詐欺レベルでの再現できたという報告は数多くされているが、実際に賢者の石だと断定されたものは現在のところ一つも確認されていない。

 

 そんな神話級レベルのアイテムであるだけに、賢者の石を作るためのレシピや材料もまた様々な憶測と共に色々な噂が流れている。

 賢者として知られている○○氏の日記から発見された走り書きがそれだの、伝説レベルでの魔法使いや賢者と呼ばれている者たちを引き合いにした『噂』は、上げるだけでもかなりの数があるだろう。

 もっともそのほとんどは後世の者たちが、色々な理由(その多くは金もうけ)で作った創作だったり贋作だったりする。

 話の大元が大元でとんでもないレベルのアイテムであるだけに、そうした詐欺話はいつの時代、どの場所でも聞くことができるのだ。

 

 そうした事情があるだけに、今では『賢者の石にまつわるもの』と言うだけで、胡散臭い顔で見られるのは間違いない。

 だからこその先ほどのアリシアの反応であり、また伸広を信用しているからこその言葉であった。

「そう言ってもらえると嬉しいかな? ――といっても、いや、だからこそ……かな? 扱いに困っていたりするんだよね。これが」

「なるほどね。そういうことならよく理解できるわ」

 今、伸広の目の前にある赤い結晶体を『賢者の石を作るための材料』といって表に出せば、間違いなく何かの詐欺だと疑われるだろう。

 よしんぼその言葉が信じられたとしても、それはそれで大きな騒ぎになることは確定している。

 それゆえに伸広は「扱いに困る」と言ったのだ。

 

 世間体的な意味で扱いづらい素材だと理解したアリシアは、ふと疑問に思ったことを口にした。

「そもそも賢者の石って、なんのために使う物なのかしら? 私が知っている限りでは、それこそ色々な物を作れるとあった気がするけれど? あまりに作れるものが多すぎて、だからこそ賢者の石なんてものは存在しないと主張する研究者もいたわよね?」

「ああ、それね。一言でいえば、何でも作れるというのが正しいかな? 賢者の石って、言ってしまえば色々な魔道具を作る上での最高の中間素材なんだよ。この場合の魔道具は、広義の意味でだけれどね」

 広義の意味での魔道具というのは、簡単にいえば魔力を帯びている道具全般のことを指している。

 逆に、狭義の意味での魔道具は魔法陣や魔石を利用した家庭でも使われる魔道具職人が作る道具のことになる。

 後者の場合は、武器や防具、回復薬などは含まれないが前者は含まれているという違いがある。

 

「中間素材……ということは、触媒的な感じかしら?」

「おおむねそう理解していて間違いないかな。一つ例を上げると、鉄に特殊な加工をした賢者の石を混ぜて剣を打つと、伝説レベルの神剣ができるとかかな?」

「それは…………ただの触媒というレベルを超えているのでは?」

「まあね。だからこその賢者の石なんだろうね」

 半ば絶句しながらのアリシアの言葉に、伸広も何とも言えない顔になって頷いた。

 今は剣を打つ時の合金を例にしたが、賢者の石はそれこそあらゆる分野で利用することができる。

 だからこそ賢者の石と呼ばれており、伝説級の素材として色々な話に登場してくるのだ。

 

「ところで、今あるのはあくまでも賢者の石を作るための素材の一つなのよね?」

「そうだね」

「その割には、何か賢者の石が作れることを前提に話しているように聞こえるのは気のせいかしら?」

「…………………………」

「…………………………伸広?」

 まさかという顔になって問いかけてくるアリシアに、伸広は降参するように両手をあげた。

「はい。恐らくその予想は当たっております」

 具体的なことは何も言わなかったが、それだけでアリシアには伸広が何を言いたいかを理解できた。

 そして理解してしまったがゆえに、先ほどまでの伸広の表情と同じような顔になるアリシアなのであった。

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