(7)納得のいかない伸広と重要な情報?

 ボロボロに負けたザオクとの特訓だったが、まったく得るものがなかったというわけではない。

 というよりもこの時点で足りていないものを一気に教えられた感じなので、むしろこれからやるべきことが山ほどできたといったほうが正しいだろう。

 ダンジョンを管理する側から自分たちに足りない点を指摘されているのだから、ダンジョン攻略をする冒険者としてはこれ以上の財産はないだろう。

 カルラの指示があるお陰なのか、灯たちが不利になるようなことをしているようにも見えなかったというのも大きい。

 少なくともザオクから得られた情報は、現状の灯たちにとって必要なものばかりだったと言える。

 ザオクと比べてそもそもの地力が足りない(低い)という点はどうしようもないのだが。

 

 とにかく灯たちにとっては有意義な時間を過ごすことができていたのだが、二時間ほどで合流できた伸広は何とも微妙な表情をしていた。

「あら。何やら不満そうな顔ね?」

「不満……いや、不満とかではなく、どちらかといえばいいように踊らされた感じがして微妙な感じだ」

「あらあら。あなたにそう言ってもらえるとは思っていなかったわ」

 灯たちが訓練場から戻ってくると、伸広の表情を楽しそうに見ながらカルラがそんな会話をしていた。

 

 この時の伸広の顔は、灯たちから見れば不機嫌というよりは機嫌がいいように見えていた。

 ただ何日もかけて悩んでいた問題が、ちょっとしたきっかけ、例えば灯の呟きなどから一気に解決してしまった時のような顔をしていた。

 主に魔道具の研究をしているときに見ることができる顔なので、灯たちも一度顔を見合わせるだけで済ませた。

 伸広は、そのことに触れてほしければ自分から話題を振るし、触れてほしくなければそのまま黙り込むことを皆が分かっているのだ。

 

 伸広も灯たちが触れてこないと分かっているのか、敢えて話題を変えた。

「――それで? そっちはどうだった?」

「どう……ぼろ負けでした」

「それはまあ、そうだろうね。今の時点で彼に一勝でもできたと言われたら、そっちの方が驚きだよ」

 全く反論できない伸広の言葉に、灯たちは顔を見合わせてから揃ってため息を吐いた。

 伸広の言いたいことは理解できるのだが、もう少しフォロー的な何かがもらえると考えていたのだ。

 

 そんな彼女たちに、伸広が笑みを浮かべながら続けた。

「そもそも彼は、カルラがこのダンジョンのダンジョンマスターになる前のダンジョンマスターだからね。そんな彼に今の段階で偶然でも勝てると思わない方がいいよ?」

 さらりと重要な情報を流してくる伸広に、灯たちは一様に息を飲んでからザオクを見る。

「主に負けた結果今の私があるのですから、あまり誇れることではないですが」

「いやいや。負けたからといっても、その前と強さ自体は変わっていないのだから誇っていいと思うけれどね?」

「そうですか……? いや、あなたにそう言われても嫌味にしか聞こえないのですが?」

「そう……? そんなつもりはなかったんだけれどね」

 あなたにも勝てる要素が一つもないという態度をとるザオクに、伸広は肩をすくめながらそう返した。

 

 伸広のその答えを聞いたザオクは、これ以上は自分の役目を超えると考えたのか、その視線をカルラへと向けた。

「あらあら。まあ、いいじゃない。あなたが強いということには変わりはないのだから。それに、あなたがいるから私もある程度自由にできているのだしね」

「そういうことでしたら」

 カルラから望んだ答えを得られたのか、ザオクはそれだけを答えてそのまま執事としての立ち位置に戻るのであった。

 

 

 その後はとりとめもない会話をしてから、伸広たちはザオクの案内によって第十層へと戻された。

 カルラとしても一度は会うという約束も果たされて、満足のいく結果だったようで終始ご機嫌だった。

 その一方で、微妙な感じだった伸広も話をしているうちに普段通りの機嫌に戻っていっていた。

 その時に交わされていた内容は、この世界についての風景だったり珍しいものに関する話だったので、灯たちとしても退屈せずに話をすることができていた。

 その会話の中で一つの重要な話を聞くことになるのだが、灯たちは以前の伸広とカルラから聞いた話のお陰(?)で、その時は普通に聞き流してしまうのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

「――――というわけで、ここのダンジョンマスターは、某白い家がある国の出身? らしいですよ?」

「…………おいおい。そんな重要な話をこんな場所で、俺にしてもよかったのか?」

 ラーメンをすすりながらそんな重要な話をしてきた詩織に、東堂は戸惑いながら他の面々を見回した。

 そもそも彼(彼女)たちが夢幻ダンジョンのダンジョンマスターに会ってきたということだけでも信じられない話なのに、その当人が転生者(もしくは転移者)であるというのだ。

 この場合は、ごく普通にいつも通りラーメンを啜っている灯たちではなく、東堂の反応が一般的なものといえる。

 

 しかしながら、いい意味でも悪い意味でも伸広の持つ力と交友関係に慣れつつあった詩織は、小さく首を傾げながら返した。

「大丈夫だと思いますよー。そもそもこの話を他の住人にしたとして、誰が信じると思いますか? 先生は以前からの関係があるからこそ、私たちの話をまともに聞いてくれているだけです」

「それは…………そうかもしれんな」

 一瞬反論しようとした東堂だったが、詩織の言葉が紛れもない事実であると認識した時点で諦めたように頷いた。

 詩織の言葉が事実であることは、いつもの定位置でチャーハン(まかない)を食べていたミーゼが、驚いた様子で東堂と詩織たちを交互に見ていることからも分かる。

 普段のミーゼは、こんなにあからさまに他人を見比べるようなことはしないのだ。

 

「それに他の冒険者がこの話を信じたとしても、特にこれまでと対応は変わらないと思いますよ?」

 詩織に続いて灯がそう言うと、東堂は不思議そうに眉を寄せた。

「どういうことだ……? かなり重要な話だと思うのだが?」

「それは、私たちが元同郷(同世界?)の人間だからです。少なくともこの世界の冒険者にとって、転移者だろうと転生者だろうとダンジョンマスターは討伐すべき存在でしかありません」

「中には話ができる――というか、裏で国なりと話をしているダンジョンマスターはいるだろうが、おおむねその認識で間違いはないだろうな」

 灯の説明に補足するように、忍がそう付け加えてきた。

 

 そんな灯たちを見比べながら東堂はため息交じりに言った。

「言われてみれば確かにそうだと納得できる話だな。――だが、この話を元クラスメイトにしたらどうなる? もし俺が会えば、の話になるが」

「それもあまり変わりはありませんね。当のダンジョンマスターが過去の記憶に縛られているというのならともかく、単に昔の懐かしい思い出という感じになっているようですから」

「地球の話を持ち出したとしても、特に対応は変わらないということか」

「むしろ変に同情を誘ったりしたら、逆に容赦なく倒される可能性のほうが高いかと」

「……なるほど。その情報も併せて伝えたほうがよさそうだな」

「ですねー。といっても昔の話で同情を誘うような真似をする人が、そもそも先生の話をまともに聞くかどうかは疑問ですが」

「それも、確かに。なんだ。結局、知ったところで大した有利になるわけではないし、むしろ逆上される可能性のほうが高いということか」

 詩織のダメ押しに納得した東堂の言葉に、転移(転生)組がそういうことだと一斉に頷くのであった。

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