(4)一致団結?

「――ごちそうさま。美味しかったです」

「そうだな。言うほど味が落ちているとは感じなかった」

「私も気にならなかったかな? 思い出補正?」

 東堂が出したラーメンを食べた後の灯、忍、詩織のそれぞれの感想である。

 その感想を聞いた東堂は、何とも言い難い表情になって呻いた。

「……そうか? 俺はそうは思わないんだが……もしかすると思い出補正がかかっているのは俺の方かもな」

 

 東堂には、父親がラーメン店主だったという思い出が色濃く残っている。

 勿論、その店で食べたラーメンの味もだ。

 となれば、その店で使っていた味噌や醤油の味というものも記憶に強く残っているはずである。

 だが灯たちは、一つの店にこだわって食べるというよりは色々な店の味を楽しんでいた。

 店が違えば当然使っている味噌や醤油も違っているのだから、多少の味の違いはその店の色という判断がされる。

 ということを考えれば、東堂が言った『思い出補正がかかっているのは自分』というのもあながち間違いというわけではない。

 

 そのことを証明するように、四人の会話に伸広が加わった。

「ラーメンの味の記憶が薄れてきていた自分としては、十分すぎるほどに懐かしくて美味しかったですよ」

「私は初めて食べたけれど、美味しいというのは同感ね」

 伸広に続いて、アリシアが現地人(?)としての意見を言った。

 

 それぞれの感想を聞いた東堂は『うむむ』と唸っていたが、そんな東堂を励ますように忍が付け加えた。

「別に先生に思い出補正があってもいいのではないかな? そもそも飲食店というのは、それぞれの味があって成り立つのだろうし」

「……確かにそれもそうかもな」

「いや、ごめんなさい。誤解してほしくないのは、思い出の味にこだわるのは悪くないということ」

「そうね。ラーメンの味は絶対これじゃなきゃ駄目! なんて決まりがあるわけじゃないし、それこそ先生の好きに味を作っていけばいいのだと思うわ」

 少し慌てた様子で言った忍に同意するように、さらに忍が付け加えた。

 結局のところ一つの絶対に決まった味なんてものはないのだから、それこそ店の主人が好きに作ればいいということだ。

 もっともその好きに作った味がお客に求められるものでなければならないのは、どの料理であっても同じことである。

 

 何やら励まされるよな流れになってしまった事実に、東堂は苦笑しながら首を軽く振った。

「――そうだな。あまり思い詰めすぎてもいい結果は出ないか……」

「だから私が何度もそう言った」

「ああ。そうだな」

 反省した様子の東堂に、ここで女性がナチュラルに会話に加わってきて、それに対して東堂もごく当たり前に返答した。

 ちなみにこの女性、灯たちがラーメンを食べている途中でごく自然に東堂の傍にある椅子に座っていた。

 東堂も東堂で、彼女が特に何かの注文をしないうちに、ごく当たり前にラーメンを作って差し出していた。

 

 ここでようやくその女性について触れられると灯たちは、一瞬三人で視線を躱してから東堂を見て一斉に言いはじめた。

「ところで先生。いくら異世界だからといっても、これはちょっと……」

「私はきちんと理解があるからな?」

「可愛いことは認めます。お人形さんみたいで……」

「ちょ……!! 待て、待て! 言いたいことはわかるが、誤解だ! 彼女はお前たちよりも年上で俺の二つ下だぞ!」

 慌てた様子で言い訳めいたことを言い出した東堂に、一瞬三人の視線が集まり――次いで件の女性へとその視線が向かう。

 

 いかにもそこが自分用の特等席だと言わんばかりの態度で屋台の一部を占拠しながらラーメンをすすっているその彼女は、どこからどう見ても身長が百五十センチにも届かない小柄な女性である。

 それどころか彼女が席に座る前に灯がちらりと目算した感じでは、百五十どころか百三十にも届いていないように見えた。

 それにも関わらず東堂よりも二つ下ということは――、

「――ドワーフ?」

「……まあ、そういうことだ」

 灯が望んだ答えに行き着いたと察した東堂は、幾分かホッとした表情になった。

 

 だが、そんなことで見逃すような忍ではなかった。

「――つまりは、これがいわゆる合「だから、待てって!」

 それ以上は言わせないと言わんばかりに、東堂は忍の言葉にかぶせてきた。

「あー……ったく。他の奴らならともかく、お前たちからそんな言葉が出てくるとは思っていなかったぞ?」

 幾分不機嫌そうな顔になった東堂に、灯たちは多少の気まずさがあったのかわざとらしく視線をそらした。

 

 三人の態度を見てこれ以上の追及はなさそうだと判断した東堂は、ほっと溜息をついてから付け加えた。

「彼女の名前はミーゼ。この屋台を作るのに協力してもらっている。それから一応言っておくが、男はともかく女のドワーフに対して礼の言葉を言うと、こっちでは差別とか侮蔑的な意味に捉えかねないからな? 気をつけろよ?」

 その東堂の言葉に、三人のハッと視線が集まった。

「ご、ごめんなさい」

「済まない。先生を揶揄うつもりだったのだが、言い過ぎだった」

「少し調子に乗り過ぎました。懐かしい人に会ってつい……というのは言い訳にならないと思いますが、申し訳ありません」

 

 そう言って三人そろって頭を下げてきた灯たちに、女性のドワーフ――ミーゼは小さく首を傾げてから首を左右に振った。

「特に気にしてないからいい。それよりも――」

 そう途中で言葉を止めたミーゼはしばらく三人と東堂を交互に見ていたが、やがて何を思ったのか座っていた椅子からぴょんと立ち上がってトコトコと灯の近くまで歩いてきた。

「――ハジメがなかなか認めてくれないから協力してほしい」

 ミーゼから耳打ちができるように頭を下げるように指示された灯は、腰をかがめた状態のまま目をぱちくりとさせた。

 

 一瞬ミーゼの言うハジメが誰のことかわからなかった灯だったが、すぐにその言葉の意味を理解してニコリと笑った。

「そういう事でしたら喜んで」

「敬語はいらない。異世界の壁を超えるのは中々難しい。協力してくれるとありがたい」

「あ~。この場合は異世界の壁というよりは、私たちの国の常識が壁というべきか……いずれにしても、あと少しのような気もしますが……」

「その、あとちょっと、が難しい」

「そうかもしれないですね。とにかく、みんなで話してどうにかしてみます。この後遠出する予定は?」

「今回は、少なくともひと月は居座ると言っていた」

「わかりました」

 そう意ってミーゼとのコソコソとした密談(?)を終えた灯は、すぐに詩織と忍、さらにはアリシアの傍に近寄って何やら耳打ちし始めた。

 

 

 その様子を注文が入ってきたラーメンを作りながら眺めていた東堂は、

「……何やら嫌な予感がするな……」

「安心していいですよ。恐らくその予感は間違っていません」

「いや、何も安心できないんだが?」

 それまで黙って成り行きを見守っていた伸広に言われた東堂は、少しだけうんざりした表情になる。

 

「できれば、彼女たちを止めてほしいところなんですがね?」

「ハッハッハ。ああなった彼女たちを私が止められるとでも?」

「だよなあ……」

 そんなことできるわけがないと言外に告げる伸広に、東堂は諦観した様子でため息を吐くことしかできないのであった。

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