(3)久しぶりの。。。
灯の不調は、パーティのダンジョン攻略に多少の不利益をもたらすことになった。
ただし不利益といっても、わずかに攻略が遅くなった程度で目に見えるほどの不利益が出たわけではない。
そもそも灯の不調が発覚したのが第一層で、その気になれば忍一人で身体強化のごり押しをするだけで勝てるような相手なのだ。
それだけで攻略のスピードが落ちたわけではない。
不調が発覚した時点で話し合った結果、灯が調子を探りながら第一層からある程度ゆっくり目に進んだために遅れただけだ。
その上での不利益なので、全員が納得した状態での攻略スピードだ。
それらの結果として初日の攻略は、予定だった転移陣がある第十層まで届かなかった。
攻略としては第七層まで行っていたので、戻るよりも先に進んだ方がいいのではないかという意見も出たのだが、結局安全策をとっていた。
それでも灯たちとしては、全く手ごたえがない攻略だったというわけではない。
むしろこれから先の攻略が楽しみになった状態で引き返すことができていた。
そんなこんなで何とか日が沈む前にダンジョン入口までたどり着いた伸広たちは、取ってある宿まで明るい表情で戻ろうとしていた。
だがその途中で一行の前を忍と共に歩いていた詩織が、ふと何かに気付いたかのように屋台の一つに視線を向けた。
ちなみにダンジョンから町に戻るルートには、腹を空かせて歩いている冒険者を狙って数多くの屋台が並んでいる。
冒険者の通りが少なくなる夜間にはそれらの屋台が一斉になくなって、ある意味で不気味な雰囲気を出すことになるのだが、それもまたフカミの町の名物として町民たちには受け入れられている。
そんな屋台通りともいうべき場所である屋台に注目した詩織は、横を歩いている忍を一度だけ突いてそちらに注目をするように視線を向けた。
「どうした? ……って、おやおや」
「何? 何かあった……あらあら」
詩織の様子がおかしいことに気付いた灯もすぐにその屋台に視線をやって、詩織と忍が気付いたとある事実が何であるかすぐにわかった。
そのことに気付いた以上は、灯たちとしては無視することなどできない。
一応伸広とアリシアに断りを入れてからその屋台へと近づいて、屋台の店主へと声をかけた。
「お久しぶりですね。先生」
「おお。やっぱりお前たちだったか。いつか誰かとかち合うだろうとは思っていたが、お前たちが一番だったな」
忍たちが見つけた屋台の店主は、元担任である東堂だったのだ。
東堂は、灯たちと会話をしながら忙しそうに手を動かしている。
灯たちは屋台の横側から話しかけているのだが、屋台自体は中々に繁盛しているらしくひっきりなしとは言わないまでもそこそこの客は来ているようだった。
「……おや。他は来ていないのか」
「まあ、たまたまだろうな。お前たちよりも先にこの国に入った元生徒がいるという噂は耳に入っていたが、未だ会ったことはない。むしろお前たちが来ていたのを今知ったくらいだ」
一屋台の店主とはいえ東堂はそれなりの情報収集はしているようで、他の生徒たちに関する情報もさらりと会話に混ぜてきた。
「そうなのですね。それにしても……ラーメンですか」
東堂が折角くれた他の生徒たちの情報をさらりと流した詩織は、その視線を屋台の中へと向けた。
詩織……だけではなく、灯や忍も興味は他の生徒の動向よりも食欲のほうが勝ったようだった。
そう思ったのは伸広だけではなかったようで、会話の相手である東堂も苦笑しながら返してきた。
「お前たちにとっては元同級生よりも、食欲が先か。まあいいが……そうだ。この屋台はラーメンのものだな。味噌や醤油があると分かった時点で、これは目指すしかないと思ってな」
少し誇らしげに胸を張ってそういった東堂を見て、灯は内心で感心をしていた。
いくら味噌や醤油があると分かっていても、どこの後ろ盾も得なかった東堂が身一つでここまで来たのは、並大抵の苦労ではなかったはずだと考えたのだ。
「気持ちはわからなくはないですが、ラーメンでなくともよかったのでは? こちらの世界で見たのは初めて出会いましたが」
「ああ、そっちか。いや、今更お前たちに言うのもなんだが、そもそも俺の子供のころの夢は二つあってな。一つは教師だったんだが、もう一つはラーメン屋の店主だったんだ。理由はありきたりだが、親父がそうだったからな」
東堂の説明を聞いた一同は、なるほどと頷いた。
なれるかどうかは別にして、ラーメン屋に限らず子供が親の職業に興味を持つという話はよく聞く話だ。
もっともその逆も少なからずいるのだが。
「こっちにきて味噌や醤油があるということは、すぐに分かったからな。だったら目指してみるしかないだろうと思ったわけだ。……教師は無理だろうと思ったしな」
「確かにそれはそうですね。…………下手に先生の持つ知識をこっちで広めると、困ったことになりかねないですし」
後半のひそひそ話をするくらいに広められた声に、東堂は苦笑を返しつつ頷いた。
ちなみに東堂の専門(?)は化学だった。
「……まあな。それに、味噌や醤油の情報を得た後に、トウモロコシだったりワカメだったりがあると分かったからな。どうにか販路を確保できないかと旅をしていたらここにたどり着いたわけだ」
東堂は笑いながら軽い調子で話をしているが、それだけでもかなりの苦労があったということは推測できる。
自分たちとはまた違った方向で苦労をしてきたであろう東堂に感心をしつつ、ここで忍がちょうど他の客の切れ目を狙って言った。
「それで? 私たちにも食べさせてもらえるのですか、先生?」
「もちろんだ! ……と、言いたいところなんだが、今はまだ、なあ……」
急に歯切れが悪くなった東堂に、灯たちは首を傾げる。
「いや、なに。この国に来たってことはわかっていると思うが、ちょっと味噌と醤油がな……」
「「「「ああ……」」」」
東堂の言葉に、元日本組の面々(アリシアを除いた他のメンバー)が納得顔で頷いた。
蓬莱国に出回っている味噌と醤油は、日本人としては何となくだが『これじゃない』感があるのだ。
勿論、日本でも地方や家庭によって様々な種類の味噌や醤油があるので、探し出せば同じような出来のものはあるかもしれない。
だが普段から慣れ親しんだ味噌や醤油と比べると、なんとなく違っていると思ってしまうのだ。
その味の違いが、生産方法の違いによるものなのか、日本とはまた違った歴史を辿っているからなのかは判断がつかない。
一応江戸自体並みの生産力はあるらしく、全ての一般家庭とまではいかなくとも商売に出来るくらいの価格と量で出回っているのが現状なのだ。
とはいえこちらの世界に出回っている味噌や醤油が、味が格段に違っているということはない。
そのことを踏まえたうえで、灯はそれでもと申し出た。
「私たちもこちらに来て味噌や醤油を口にしていますから、味の違いは分かっています。それがわかってた上で、やっぱり作ってもらえませんか?」
「そうか? まあ、そういうことだったら喜んで作ろう。一応、今のところの俺にとっての最高の出来だからな。……ああ。つけはダメだからな? というか、今はお前たちのほうが稼いでいるんだろう?」
彼女たちがつけている装備を見て判断した東堂に、灯たちは笑いながら同意をする。
その後、灯たちは久しぶりのラーメンを堪能することになった。
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