(2)灯の不調?

 灯が龍の精霊との同化を果たした後は、残りの詩織、忍、アリシアが当然のように次は自分だと張り切った。

 ただしその気合は、あまり長くは続かなかった。

 理由は単純で、三人の様子を見た伸広がそれにストップをかけたのだ。

「張り切りたくなる理由はわかるけれど、自然に任せるのが一番だよ。変に頑張ると龍の精霊自体が歪んでしまう可能性があるから」

「歪んでしまうとどうなるの?」

 アリシアが少しばかり眉をひそめながらそう聞いてきたのに対して、伸広はごくごく真面目な表情で返す。

「軽いものだと僕みたいに形として表に出てこられなくなるかな。最悪だと折角貰った龍の精霊が霧散していなくなってしまうよ。――ともかく、同化する前の龍の精霊に関しては変にこちらから手を出さないのが正解みたいだね」

 伸広のその答えを聞いた三人が、残念そうな表情になったのは言うまでもない。

 

 とにかく龍の精霊に関してはこのまま放置が正しいという結論が出たので、伸広たちは予定通りにダンジョンの攻略を進めることになった。

 フカミの町の傍にある夢幻ダンジョンは、未だ最奥まで到達されたことがない未到達ダンジョンとしても知られている。

 ダンジョンの中には得られる恩恵の多さから敢えて攻略を進めずに中の魔物を間引きだけして置いておくものもあるのだが、このダンジョンはそれとは違って攻略ダンジョンとして有名だ。

 他の五大ダンジョンも同じなのだが、出てくる魔物やダンジョンの環境、その他の条件によって冒険者たちが奥に到達するのを阻んでいるのである。

 

 そんなダンジョンに入って攻略を開始した灯たちだったが、第一層で最初に行われた戦闘である意味これまでで一番大きな壁にぶつかることになる。

 正確にいえば、その壁にぶつかったのは灯だった。

 それまで壁が迫ってきていると気付いていなかった灯は、自分が巻き起こした事態に呆然とする事態になったのである。

「えっ……え!? どうして??」

「あ~。これは見事な殲滅だな。塵も残らないというのはこういうことを言うのかな」

「そうよね~。これだったら小さな魔石も残っていないんじゃないかな?」

 多少皮肉を込めた忍と詩織の言い分だったが、当の灯はそれどころではなかった。

 

 灯たちが夢幻ダンジョンに入って最初に当たった魔物は、魔物としては少し小さめな個体となるバット蝙蝠と呼ばれるものだった。

 それが三体同時に出てきたのだが、そのこと自体は特に問題はない。

 今の灯たちであれば、それぞれ個別に余裕を持って対処できるくらいの魔物だ。

 それゆえに、遠距離で余裕を持って対処できる魔法が得意な灯が対処することになったのだが、その魔法に問題が発生したのだ。

 

 灯が使った魔法は、火が鞭のような動きをして対象を絡めとるという効果があるものだったのだが、それが灯の想定以上の威力を発揮したのだ。

 もっと具体的にいえば、三体のバットに灯が発した火が巻き付く――のとほぼ同時に、対象の魔物が蒸発するように消えてしまったのだ。

 それを見ていた詩織や忍も驚いたような表情になったのだが、すぐにどうしてそんなことになったのかを理解して件のセリフを発したというわけだ。

 灯が唱えた魔法は、文字通りにバットを蒸発させてしまったのである。

 

 たとえダンジョンの浅い層に出てくる魔物で、灯にとってはうまみが少ないがゆえに蒸発させたというわけではない。

 それは、魔法を使った灯の反応を見ればわかることである。

 では、何故こんなことになってしまったかといえば――、

「――あ~。やっぱりこうなったか」

 その答えは少し離れた場所で見ていた伸広が持っていた。

 

 伸広の言葉に、残り四人の視線が集まる。

 そのうちの誰かが疑問を口にするよりも先に、伸広が答えた。

「ひっぱっても意味がないからさっさと言うけれど、龍の精霊が同化したせい……いや、だね」

「龍の精霊の同化……ということは、やっぱり魔力が?」

「おっ。やっぱり当事者だね。すぐに分かったか」

「それはまあ、魔法を使った時の感覚と結果があって、師匠の言葉があればわかります」

 伸広が頷くのを見て確信できた灯が、少し困った表情になってそう答えた。

 

 灯が困った表情になっているのは、何も伸広に茶化されたと感じたからではない。伸広にもそんなつもりはない。

 灯自身が答えで言ったとおりに、魔法を使った時に何かおかしいという違和感のようなものは感じていた。

 だが、その感覚が具体的にどういうものかわからず、しかも魔法も正常に発動しているように感じたので止めることもなかった。

 その正常に発動したはずの魔法の結果がバットの消し炭化だったので驚いていたのだ。

 

 普通であれば火で絡み取られるだけで終わるはずの魔法が、対象の消し炭で終わった。

 ここに龍の精霊との同化のおかげというヒントが加われば、おのずと答えは絞られてくる。

 その答えというのは、灯自身の魔力の増加。

 魔法自体は灯の魔力制御の高さのお陰できちんと発動できたが、現在の灯の操作できる魔力の量が以前のものと比べても格段に違っていたのである。

 勿論結果からも分かる通りに、今現在の魔力の量が以前とは比べ物にならなくくらいにけた違いに違っているということだ。

 

「――――というわけで、単純に魔法の威力だけなら倍以上にはなっていると思うんだけれど……具体的にはまだちょっとわからないかな?」

 伸広と灯の言葉に不思議そうな顔をしていた三人に、灯が説明をして最後にそう締めくくった。

「倍というのはちょっと低く見積もり過ぎだと思うけれど、それ以外は合っていると思うよ」

「そうよね。倍だと消し炭までは行かないと思うわ」

 伸広の補足に、アリシアが頷きつつ同意した。

 久しぶりのダンジョンで慣らすつもりで敢えて捕らえようとしたバットが消し炭になってしまったのだから、誰も伸広とアリシアの言葉を否定できる者はいない。

 

 ここでアリシアと同じように頷いていた忍が、ふと思いついたような表情になった。

「ということは、しばらくは浅い層で灯の魔法の調整が必要かな?」

「浅いところといっても、他の冒険者と被ったら危ないからある程度潜ったほうがいいんじゃないかな~?」

 忍の言葉を補足するように、詩織がそう提案してきた。

 

 これはどのダンジョンでも同じことが言えるのだが、ダンジョンの浅い層にはランクの低い冒険者が攻略を進めている。

 ランクが低いということは基本的に経験が少ない冒険者と同意であるので、突発的な事態に弱い可能性が高いということだ。

 そんな冒険者がいるところに、ある意味で暴発しているといえる灯の魔法がさく裂した場合、どんなことになるか考えたくもない。

 下手をすれば、灯の魔法に巻き込まれて最悪の事態になる可能性もあるので、詩織の懸念は決して杞憂ということはないだろう。

 

 灯自身もその自覚はあったのか、詩織の提案にすぐに頷いた。

「私もそうしたほうが良いと思う。今の感じだと簡単な魔法の発動自体は問題ないみたいらから、あとは威力の調整をある程度の階層のところでやりたい……かな?」

「そこそこの強さの魔物を相手に威力を調整していくってことか。……いいんじゃないか? 師匠はどう思う?」

「それでいいと思うよ。付け加えるなら灯がいなくても倒せるくらいの相手かそれ以下の強さだとなおいいんじゃない?」

 忍からの確認に頷きつつ伸広はそう付け加えた。

 こうした提案から幾つかのプランが組み立てられて、夢幻ダンジョンでの攻略が始まるのであった。

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