第6章
(1)同化
青龍と別れてヤマの町を去った伸広たちは、一路蓬莱国の首都……から少し外れた位置にあるフカミの町に来ていた。
伸広たちがフカミの町に来たのは、当初の予定通りにダンジョン攻略を進めるためである。
フカミの町のすぐ傍には、五大ダンジョンの一つとされている夢幻ダンジョンがある。
蓬莱国の首都であるミヤコの町が傍にないのは、ダンジョン内の魔物の氾濫が起こった際に出来る限り被害がないようにするためだ。
逆にいえば、フカミの町は常にダンジョンの氾濫にさらされる危険にあるといえる。
もっとも、ダンジョンからの資源の採集はそれ以上の利益を得られるとされている。
実際にフカミの町は、ダンジョンにある各種資源を狙った冒険者や商人たちで大いに賑わっている。
五大ダンジョンの恩恵と脅威を一身に受けて発展しているのが、フカミという町なのである。
いつものように町に入ってすぐに宿の確保を終えた伸広たちは、すぐにダンジョンの攻略――を進めるわけではなく、数日の休暇を取っていた。
その理由は旅の疲れをとるためともう一つあった。
それは、詩織が青龍から得た『助言』を有効活用するために、少し時間を欲しがったためだ。
青龍から得た例の光は、神の試練で仲間になった大亀を利用するための知識が満載だった。
ただ得た知識のすべてを一気に利用できるようになったわけではなく、例えていえば頭の中にある辞書のようなものから調べたりして知識を得るという感じだ。
その知識量が膨大であったために、それを整理するための時間が必要だったのである。
そんなある日、詩織からアドバイスを求められてそれに答えていた伸広は、ノックの音と共にもう一人の弟子の突撃を受けた。
余談だが、きちんとノックに対する返答を聞いた後の突撃だ。
「師匠、師匠! 大変です!!」
「灯、そんなに騒ぐとご近所さんに迷惑だよ?」
何しろ現代日本ほどに防音なんてものに気を使われていない建物である。
下手をすれば聞き耳を立てるだけで、隣の部屋の会話が聞こえるなんて揶揄されるほどだ。
もっとも伸広たちが今泊っている宿は、高級宿の部類に入るためそこまでひどい音漏れなどはないのだが。
まさしく駆け込むように部屋に入ってきた灯は、目を丸くしながら指摘した詩織にそれどころじゃないと手をパタパタとさせた。
「ご、ごめんなさい! で、でも! 大変なんです」
「うん。大変なのはわかったから、とりあえず落ち着こうか。まずは話を聞こうか」
そう言って話を聞く態勢になった伸広に、灯は一度大きく深呼吸をしてからこう返した。
「わ、私の……! 精霊がいなくなったんです!」
「精霊……? ああ、なるほど。確かに」
灯に言われて初めて気が付いたと言わんばかりに、伸広は彼女の周りを失礼にならない程度に見てからそう答えた。
詩織は勿論のこと、しっかりと灯の後について部屋に入ってきた忍やアリシアには、まだ青龍からもらった龍の精霊は彼女たちの傍に残っている。
だが灯の周囲には、それらしい存在がまったく見当たらなくなっていたのだ。
流石に伸広は背中側までは見えていないのだが、彼女たちの様子を見る限りきちんと全体を見てからここまで報告しに来たのがわかる。
であれば灯が言った「精霊が消えた」というのは事実で、それに対する伸広の答えも一つしかなかった。
「――うん。とりあえず、そうだね。特に悪いことが起こったわけじゃなさそうだから、本当に落ち着いて大丈夫だよ」
「……ええと? ということは、消えた理由がわかるのですか?」
「まあ、そうだね。正確にいえば、消えたんじゃなくて同化した――かな?」
「「「「同化……?」」」」
伸広の言葉に、女性四人が揃って首を傾げた。
「そう。同化。さっくり説明すれば、もともと青龍の魔力だった精霊が、灯にしっかりと定着して魔力に戻ったってところかな。もちろん灯の魔力にね」
そう短く説明をした伸広だったが、他の四人は相変わらず不思議そうな表情をしたままだったのでさらに説明を続けた。
龍の精霊というのは、普通の精霊のように簡単な意思を持っているように動きをする存在だ。
もとが古代龍の魔力が固まった(集まった?)ものであるだけに、生み主である古代龍から離れてしまうと固まった魔力も霧散してしまう。
それが理由で龍の精霊が生み主である古代龍から離れることはほとんどないのだが、一つだけ例外がある。
その例外が古代龍が離れるように促した場合であり、青龍が灯たちに龍の精霊を譲渡したというのはまさしくその状況であった。
古代龍の意思によって生み主から離れた龍の精霊は、魔力の塊としては霧散してしまうことには変わりはないのだが、一つだけただ離れた場合とは違っている点がある。
それが何かといえば、霧散した魔力が譲渡された相手に同化するという点だ。
「ということは……?」
「うん。恐らく今思いついたように、灯が青龍からもらった龍の精霊はきちんと同化できたということだね」
伸広は、自分の説明を聞いてどことなくホッとした様子になる灯をじっと見つめた。
きちんと集中してみなければわからなかったのだが、今の伸広の目にはきちんと灯の魔力に龍のものが混じっているのが見えた。
これがさらに進めば、きちんと自分自身の魔力として定着するはずだ。
古代龍からの譲渡が上手くいかなければただただ霧散してしまうこともあり得るので、灯は順調に同化が進んでいるといえる。
龍の精霊との同化が済めば、これまで以上に出来ることが増える。
単純に所持魔力が増えるだけではなく、龍に関連した魔法やそれに付随した技なんかも使えるようになるのだ。
そのことから単純に自分自身の魔力として吸収されるだけではなく、元の龍の影響も何らかの形では残るらしい。
らしい、となっているのは、そもそも龍の精霊をもらった者が少なくなかなか検証できないためだ。
いずれにしても、龍の精霊が同化したからといって貰った者(今回の場合は灯たち)に対して悪影響があるわけではなく、消えてしまうこと自体も問題ない。
むしろ消えるのを待っていた――そう説明をした伸広に、灯たちは一様に納得した表情になっていた。
「なるほど。消えるのが正しいのか」
「でも、折角懐いているように見えるのに、寂しいような気がするね」
忍が興味深げに自分の周りを回っている龍の精霊を見ながら言うと、詩織が若干悲しそうな顔になって言った。
「ああ、そうか。それも言っておいた方がいいのかな。同化して消えると言ったけれど、今の関係が完全になくなるわけじゃないから」
「どういうことだ……?」
「うん。要するに、こういうこと――」
忍の問いに答えた伸広が右手の人差し指を眼前に持ってくると、すぐにその指先から小さな青い光の塊が浮き上がった。
その青い光は、外に出られたことがうれしい子犬のように伸広の指先にまとわりつき始める。
その青い光が何であるかすぐに気づいたアリシアが、クスリと笑ってから言った。
「やはりというか、伸広も持っていたのね」
「まあね。というわけで、龍の精霊自体が完全に消えてなくなるわけじゃないから安心してもいいよ。同じように出せるようになるかは、同化したあとの訓練なんかが必要だったりするけれどね。龍の精霊にとっての同化は、龍から離れて存在するために必要な工程だと思えばいいんじゃないかな?」
まだまだ分かっていないことも多いけれど――そう続けた伸広に、他の面々は納得した表情で頷いた。
いずれにしてもまずは同化しないと何も始まらないので、灯以外の三人は少し気合の入った表情になっていた。
もっとも、龍の精霊の同化がいつになるかはわからないので、今はただその時が来るのを待つことしかできないのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます